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ギルバートの世界

 フローベルとパットはようやく休息をとることができたのだが、フローベルの体には未だ疲れが残っていた。気だるげにガムの元に向かおうとするフローベル。しかしそこには…?

 疲れている。おれはもともと人と話すのが苦手なのだ。人は人を傷つけるが、アンドロイドは人を傷つけないのでアンドロイドと話すとき警戒なんてしなくていいのだ。絶対安全だというガムの声が脳裏に響いた。システム上は絶対に安全だろう。「間違っているのはいつも人間なのだ!」フローベルは顔に冷水を浴びせながら鏡を見て、独り呟いた。あまり眠れていない。目の下に隈があるのがフローベルの気にかかった。

 洗面所の蛇口をしめタオルで顔を拭くと、視界がクリアになったので日の光で白くなった部屋が目の奥に飛び込んできた。「パット?」じりじりとした刺激を目の奥に感じて、パットは既におれが起きたときにはいなかったことを思い出した。彼女の荷物は見当たらず、おれ一人だけ泊まっていたのではないかとフローベルは思った。もう何もかもが信じられない。フローベルは窓から外を睥睨した。そこにはいつものように人々の蠢きと日常が維持されていた。ただ一点秩序だけは保たれている。フローベルは彼らに様々な人間像を見た。老若男女を問わず街を歩いている彼らはまるで目の前に敷かれたレールがあるように同じことを繰り返す。「これはギルバートによる洗脳だ、操作だ!」絶対に見つけ出し、この洗脳を解いてやらねばとフローベルは思った。いや、ギルバートに侵されているのは自分だけかもしれない。自分だけがどうしてギルバートという文字が溢れるこの世界に疑問を抱いているのだろう。だめだ!おれは何を考えているのだ。神の視点が欲しいと心底フローベルは思った。

 フローベルはとりあえず端末を覗いてみたが、残る一人のアンドロイドに関する情報は入ってきていなかった。あと一人を仕留められればこの仕事は終わるのだ。パットはおれがこの仕事に相応しいと言い、託されたものだが案外的を射ていたのかもしれない。他のハンターがどれほどの腕前なのか分からないが、おれは比較してみても早いほうじゃないのか。うぬぼれすぎか。フローベルはエレベーターに乗り込みガムの部屋に向かおうとボタンを押しながら神経質そうに目を尖らせた。黄金色に輝くエレベーターが振動しゆっくりと上昇するうちにフローベルは得も言われぬ焦燥感に駆られた。エレベーターが加速をゆるめ止まったとき、開閉の電子音が鳴ったのでフローベルは体を右にずらした。グロリアだ。見まごうはずもない。始末したはずのアンドロイドが今フローベルの目の前にいた。グロリアはフローベルを意識していた。フローベルという存在が何を意味するのかを知っていると彼女の瞳は語っていた。「私はアンドロイドじゃないわ。アメーバよ、いやエイリアンと言ったほうがいいのかしら」フローベルは呆気にとられた。「アメーバだって? 嘘をつくな、そんなものは存在しない」おれは別にアメーバの存在を否定していた人間ではなかった。いやむしろ信じてさえいた。なのにアメーバという得体の知れないエイリアンなどと自称する存在を目の前にすると、その滑稽さに信じられなくなった。彼女の言葉はヤクチュウたちの妄言と同じだ。グロリアはエレベーターの鏡を見つめたあと、背をもたせかけた。「でもアンドロイドの私もここには存在しない。だってそうでしょう? もう一度つくるのならガムがあなたに言っているはず。言わなければ勘違いしたあなたに壊されてしまう」フローベルはそれでも違うと思えた。なぜならエイリアンが目の前に現れれば、おれに組み込まれた探知機が反応するはずだからだ。グロリアはフローベルの思考を先読みしたかのように鼻で笑って言った。「無理よ。もうそれは壊してあるから使えないわ」かわいげもないキリッとした目にフローベルは直後睨まれ、うろたえつつ言った。「何の話だ?」そのときエレベーターの到着時の電子音が鳴ったが、即座にグロリアは閉ボタンを押した。低いうなり声が箱の中に響き、スイッチが切れたようにエレベーターは停止した。「アメーバを視界の中に捉えたとき、ある特定の人間には銀色の靄が見えるようになる。アメーバの発する形を固定化し形状を記憶させるための薬。つまりガスね。それを探知されると困るから私が壊したと言っているの」

 こいつは本当にアメーバなのかもしれない。だがとりあえずガムに全てを報告することが先だ。フローベルはエレベーターのボタンを押したが反応がないことに気づいた。扉に駆け寄り、グロリアを見ると相も変わらず表情に変化はなく無愛想だった。手で開こうと力を入れてみるが当然びくともしなかった。「無駄な努力。それと今は行かないほうがいいわ。だから私はあなたをここに閉じ込めたのよ。ガムに会いたいの? おあいにく様彼は私たちが外に出る頃には死んでいる。残念だけど彼の役目は終わったの」彼女の話に耳を傾ける価値はない。フローベルはただ役目という言葉にのみ反応した。「役目とは何だ? ギルバートが決めるのものか? この世界の神にでもなったつもりなんだろうな。やりたい放題やってるよ。そうだな、アンドロイド管理会社の所長なんて任されてはいるが彼は結局人間だったんだ。お前らと違ってな」フローベルはまくし立てながらグロリアに近づき鼻と鼻をつきあわせた。グロリアはじっとフローベルから離さなかった視線をついに外し、下を向いた。フローベルが見下ろしながら再び扉の前に戻ろうとしたところで股間に激痛が走った。「くそったれ!」その言葉は声にならず、彼は苦悶に体を二つに折り曲げた。容赦という言葉を彼らは持たないのだろうか。「そこから一歩たりとも近づかないで。動いたら足を撃つ」グロリアはフローベルの股間を蹴り上げ、踵に刺さっていた小型携帯銃を引き抜いて言った。「冗談じゃないから」 

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