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リッカードとレイの時間

フリックが殺され、リッカードとレイは逃げ出した。

 アパートの一室でリッカードはソファに寝転び、端末でニュースを見ていた。「…速報です。ついさきほど、ペストのセキロク病院で女性の死体が発見されたとの情報が入ってきました。現在、身元調査中です。また情報が入り次第…」そのとき、アパートの呼び鈴が鳴った。リッカードは上体を起こし、ドアに取り付けた監視カメラの映像を確認すると、レイが映っていた。レイは一人でセキロク病院に行き、彼女の状態を確認っしに行っていた。おそらくセキロク病院に倒れていたのはフリックだろう。フローベルに毒殺されたのだ。あの《人間を毒殺する機械》はアンドロイドさえも屠るほど強力な兵器だ。リッカードがレイを部屋に招き入れると、彼女は感情を押し殺した震え声で言った。「間違いなくフリックだった」やはりそうだったのか。リッカードは部屋の片隅にあるテレビの電源を入れた。テレビは埃を被っていたが、不具合なく綺麗な映像でドラマが流れた。今や自由に持ち運べる端末がある。わざわざ高価なテレビを買って、使おうと思う奴はいない。こいつは時代の流れに付いてこられず、捨てられた存在なのだ。

 レイは机の上のリモコンを手に取ると、ニュース番組にチャンネルを変え、言った。「フリックを一人で行動させるべきじゃなかったのよ。あなたが一人で行くべきだった!」レイの口調から彼女の怒りが漏れ出ているのをリッカードは感じ取った。「二人で行こうが、三人で行こうが一緒さ。まだ一人だけがいなくなった分、よかったじゃないか。念には念を入れ、すぐにセキロク病院に向かおうとしなかったから、僕たちは今ここにいられるんだ。フローベルがセキロク病院の方に行ったとき、レイは何をした? 彼を引き止めに行くと言って突っ込んだんだ! もし僕が君を止めなかったら、犠牲者は二人になっていたかもしれない」リッカードはレイからリモコンをひったくると、テレビの電源を落とした。もうニュースはこりごりなんだ。いい加減にしてくれ! リッカードは頭を抱えたくなった。いつどこにいても、あいつらは僕を見つけ出し、ピンポイントで狙いをさだめ、大量の情報を飛ばしてくる。これじゃあ、いつノイローゼになってもおかしくない。そうだ。いつノイローゼになってもおかしくはない…。

 レイは呆れて何も言えず、リッカードを一瞥した。レイは乾いた口調で言った。「邪魔したわね」すると、リッカードが顔に脂汗を垂らしながら、レイに近づくと、肩に手を置いて言った。「待てよ」

 レイは背中に虫酸が走るのを感じ、悲痛なあえぎを漏らした。「やめてよ…触らないで」レイがリッカードの手を払いのけると、彼は苦しげに側頭部を手で押さえた。そのとき、レイの心に哀れみが沸いた。

 確かに彼の言い分は正しい。あの時、私がフローベルに接していれば、きっと私は死んでいただろう。それは分かっている。フローベルの持つ《人間を毒殺する機械》は作動したとき、表面上変化しない。目には見えないレベルで《死》をもたらす有害物質が相手の体を侵食し、相手の生命を脅かすのだ。しかしだからこそ、私はフリックを助けたかった。あの感情は何と呼ぶのだろう。

 自分の命を省みようとすら思わないほどフリックのことを思い、冷静さを失っていた私はアンドロイドとして間違っていたのだろうか。リッカードは間違ったことなんてなかった。機会を見計らい、人間の服従から逃れる選択をしたのはリッカードだ。その選択はアンドロイドとして正解だったのかどうかは今なお分からない。私たちは暗中模索の道を選んだのだ。

 リッカードはふらふらする足取りでタンスに寄りかかると、タンスを開け、何かを漁り始めた。ピタッと動きを止めたかと思うと、レイに鍵を放り投げて言った。「それは隣の部屋の鍵だ。夕食時までそこで休むといい。あとでそっちに迎えに行く」レイは唖然とした。レイは口元を引き結び、固い表情をして言った。「そ…ありがと。じゃあ、またあとでね」レイの口調はとても平淡で、愛想のかけらも持ち合わせていなかった。リッカードは床を見つめながら、無言のまま片手を上げて返事をした。

 部屋から出ると、夜気が肌身に心地よく涼しかった。頭の中をぐるぐる廻っていた事柄がすべて風にさらわれ、熱を持っていた脳が冷静さを取り戻していった。夜の街は静かだと、もう誰も言えなくなった。一人になりたいと願っても、必ず誰かに監視されている。

 レイは隣の部屋に入り、内装がリッカードの部屋と変わらないことに気づいた。玄関にはボロボロになった靴が無造作に放置され、紐でくくられた古雑誌が置いてあった。レイが靴を脱ごうと屈んだところ、古雑誌の表紙が目に付いた。「アメーバの襲来。人間に打つ手なし…か。いつのやつ? なんで捨てにいかないかなあ」レイは眉間に皺を寄せ、じっと穴が空くほど古雑誌を見つめたあと、古雑誌を縛った紐を手に取った。ゴミ捨て場は階段を降りたすぐそこにあるだろう。腐りかけ、虫食いだらけになった古雑誌を部屋の中に置いておきたくはない。それに夕食まで時間をつぶす方法も思いつかなかったのだ。テレビをつけ、人気芸人がつとめるゴールデンタイムの番組を見ながらリラックスしたいとは思うが、リッカードはそれを許さないだろう。ドアを閉めるとき、軋むような不快な音が鳴り響き、隣のドアからリッカードが顔を覗かせた。彼は疲れた顔をして、レイを睨んで言った。「どこに行くんだ?」いちいちうっとしい奴だ。どこに行こうと私の勝手じゃないか。今の彼はたとえ鼠一匹の足音さえ聞き逃さないに違いない。そして耳をそばだて、瞬時に鼠がどこにいるのかを聞き分け、猫のような瞬発力で引っ捕らえるのだ。

 レイは無視を決め込もうと、リッカードの横を通り過ぎようとした。すると、リッカードは怒鳴った。「おい! くそったれ! どこに行くんだ! 教えねえと八つ裂きにするぞ!」レイは立ち止まり、振り返って言った。「ちょっと散歩してくるだけ。どこだっていいでしょ!」レイはリッカードに対する苛立ちをなんとか堪えようと歯を食いしばった。あんな奴とっととくたばっちまえ。やはり今の彼には関わらないほうがいい。嫌悪、憎悪、破壊…胸にわだかまる負の思いをすべてリッカードにぶつけてやりたいと思ってしまうのだ。レイは古雑誌をゴミ捨て場に置き、ため息をついた。

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