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正義の味方  作者: 猫又
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3

「さ、君は職員室に行きなさい」

 と言うと女の子はさっと走り去って行った。


「さて、どうするかな。この学校で子供に悪さをするなんて到底許しておけないんだが、未遂となれば情状酌量の余地があるかな」

 と私が言うと、人体模型が、

『未遂じゃないよ』と煽るような事を言った。

 他の者も『有罪、有罪』とつぶやく。

『ネコモコロシタヨウダゾ』

『落ちこぼれ』

『けっけっけ』


「お前達はすぐにそうやって人間をいたぶろうとする。たいした理由もなく。この男が子供に悪さをするのが許せないという思いがあるわけでもない。ただ、面白いから。そんな風だからいつまでもくだらない存在のままでここから上へいかれないんだよ」

 困ったやつらだ。日がな一日子供を驚かして喜んでいるだけだ。

 夏が来て盆になっても、どこへも帰る場所もない哀れな連中。

 私がそう言うと浮遊霊達は怒気を含んだ様子でぷいっと何体か消えていった。 

 霊というのはやっかいで私も様々な霊にあちこちで出会うけれど、中には言葉も通じないし意志の疎通も出来ない者もいる。

 恨みや辛みで凝り固まってしまい、全てを憎んでいるだけの存在もかなりいる。

 だからこの学校にたまっている連中なぞはまだ気のいいほうかもしれない。


 私は男を見た。

 学校の霊達が集まってきたせいできっと彼らが見えてしまっているのだろう。

 怯えた様子で目を大きく見開いている。

「子供に悪さをするのはやめなさい。君はまだ若く、将来がある。つまらない事で警察の世話になって、人生を棒にふるのはばからしいだろう?」

「な、なんだよ、お前ら……」

 と男が言った。

 少しずつ後ずさる。

「もう二度としないと誓いなさい。そうしたら今度だけは見逃してあげるから」

「た、助けてくれ……」

「もう一度だけ聞く。もう子供に悪さはしないね?」 

「うわぁぁぁぁ」

 と男が悲鳴を上げた。後ろへ向いて一気に走り去った。

『ワスレモノダ』

 とつぶやいた一体の霊が男が落としたバッグを拾って放り投げた。

 どうしたはずみかぱかっと蓋が開いて、中からたくさんの何かが飛び出して宙を舞った。

 それは私のような老人でも手に取るのがはばかれるような物だった。

 幼女の下着がたくさん蝶のように舞ってから、ひらひらと地面に落ちたのだった。


 私は男の襟首を捕まえて引き摺り戻した。

 男はかなりの速さで走り去ったけれど、私の腕はそれよりも早かった。

 男はもがいてなんとか逃げだそうとしたが、私は許さなかった。

 この男はあの三年生の女の子の下着を脱がせて我が物にしようとしたに違いない。


「これは、許すわけにはいかないぞ!!」

 

 そう思った瞬間に私の中の何かが爆発した。

 同時に人間の悲鳴のような物が上がった。

 すすり泣くような声と、びちゃびちゃと水っぽい音、同時に鉄臭い匂いが鼻をつく。

 人間の悲鳴はだんだんと小さくなっていき、ぐちゃぐちゃ、ざりざりという音が激しくなってきた。それからぼりぼりと何かを噛み砕く音。 



「そうだ、体育館の方も見回りをしないと。浮浪者が入り込んで寝ている時があるからな」

 私は立ち上がり、また二輪の台車を押した。

 今日はプールの横の雑草も抜いて、ああ、シャワー室の鍵も緩んでいるから直しておくように頼まれたのだった。

 全く、忙しい。

 だが、子供達の為だと思えば少しも苦ではない。

 あの笑顔が見られるなら、私はいくらでも働くし、子供達を守っていく。

「さあ、忙しい、忙しい」

 



『あのおっさん、自分がまぁだ人間だって本気で思ってるのかね』

『さあねえ』

『イインジャナイ、ニンゲンウマイシ』

『おっさん、強ぇからなー。おかげでエサにありつける』

 

 その場にいた霊や妖達は無惨にも用務員に引き裂かれた男を見下ろした。

 胴体と首を引きちぎられ、内臓は引きずり出されぐちゃぐちゃだ。

 口を裂かれて、頭蓋骨から皮が剥がれている。

 ばらばらになった男の身体は霊や妖達が食い尽くしてしまう。

 明日の朝には血痕も残ってないだろう。

『ケケケケケ』 



 吉田美佐子は学校からの呼び出しに駆けつけた。

 娘が怪しい男に声をかけられたという事を教師から聞かされて、身も凍る思いだ。

 自分も昔、おかしな男に襲われた事があるからだ。

「大丈夫? 早苗!」

「うん、ママ」

 早苗は片足を引きづりながら娘に近寄って抱きしめた。

「よかった……」


「用務員さんに助けてもらったの」

 と娘が小声で言った。

「用務員さん?」

「うん」

「それが……」

 と教師が口を挟んだ。

「この学校には用務員はいないんです。過去にはおりましたが、ここ数年はいないんです」

「ううん、いるもん、いつもお掃除したりしてるもん」

 教師は困ったような顔で早苗を見た。

「どんな用務員さん?」

 と美佐子は早苗に聞いた。

「うーん、いつも黒の長靴はいて、薄茶色い服着て……麦わら帽子かぶって」

「タオルをいつも首に巻いてる?」

 と美佐子が続けると、早苗は驚いたような顔をして母親を見た。

「うん、ママ知ってるの?」

 美佐子はうんうんとうなずいた。

「そっか、やっぱりずっとここで子供達を守ってくれてるんだ、用務員さん」

「ママ?」

 嬉しそうに微笑む美佐子に早苗が不思議そうな顔をした。

「二十年くらい前の事なんだけど。この学校に刃物を持って入ってきて暴れたおかしな男がいてね。たくさんの子供が怪我をしたの。ママもそう。でもね、用務員さんが身体ごとママをかばってくれたの。だからママは足の怪我だけですんだの」

「ふーん。すごいね! 用務員さん!」

「そうね、早苗、夏休みが終わって学校が始まってまた用務員さんに会ったらちゃんとお礼を言ってね。ママの分も」

「うん!」


 美佐子は用務員が彼女の身代わりなって亡くなった事を娘には言えなかった。

 包丁のような物で滅多打ちにされ、切り刻まれ、それでも美佐子を身体の内にぎゅっと抱きしめて守ってくれた。

 今でも夢にうなされ飛び起きる時がある。

 しかし、美佐子を命がけで守ってくれたあの大きくて優しい用務員を思い出すと、がんばれる。あの人の分まで頑張って生きて行こうと思うのだ。


 美佐子は教師に礼を言って学校を出た。

 用務員の姿を探したが、大人になった自分には見えないようだ。

「ママ、用務員さんて正義の味方だね」

 と早苗が少し大人びた口調で言ったので、美佐子は笑った。

「ママの事も早苗の事も助けてくれたもんね。正義の味方はみーんなを助けてくれるんだよ。格好いいね!」


『ケケケケ』

 と何かが鳴くような声が聞こえた。

 夏はこれからだ。                      了


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