エピソード1
寝室にスマホのアラームが鳴り響き、目を覚ます。時間を確認し、もう一度瞼を閉じるのと同時に飛び起きる。
今日は俺の通っている高校の始業式。
人生で一番楽しいとされている高校生活の中でも、入りたてで色々な不安のある1年生でもなく、これから自分の進路と向き合い、多くの人が最も大事な受験勉強に追われる3年でもなく、学校生活には完全に馴れ、部活動などでは後輩も出来、かといって先輩もいるので責任感もなく、さらには高校生活1番の目玉、修学旅行が控えているという個人的に一番楽しいのではないか?と思われる高校2年生の男子高校生です。
そろそろ現実逃避も止めにして、この戻らない時間と向き合い言い訳を考えるか。
『ピンポーン』
などと思いながらも、まずはコーヒー用のお湯をケトルで沸かし、次にPCの電源を入れたところで、招かれざる客に作業の邪魔をされる。
『おい。昼の12時でまだパンツ一丁って…まさか今日が始業式ってこと忘れていたの?あと、俺いつもの。』
流れるようにわが家へ侵入し、迷惑って何?食べられるの?
といった雰囲気でリビングのソファーに腰をおろしだす。
正論を言っているようで、自分だってこの時間に俺の家にいることに何の後ろめたさを持たない男。
病的な白さに、色素の薄い髪色、おまけに欧米系統のハーフのような顔立ち。
こいつの名前は谷口翔。やぐち。と読む。
敬意を込め昔から たにぐち と読み間違のようなあだ名で呼んでいる。
ちなみにいつものというのはココアにこれでもか!!!!
と加糖し、とどめにメイプルシロップを狂ったようにトッピングする飲み物。
いつか糖尿病になるのでは?と不安になる物体だ。
『はい。出来たよ。んで、谷口は何でうちに?』
制服を着ていることを考えると、ちゃんと学校には行ったみたいだし。
『ありがと。学校行ったけどさ、頭が…いや、戸締り忘れ…うん。言い訳のしようがないくらいサボりたくなった。あと、春香また俺と同じクラスだったよ。』
またとは、高校1年、いや、もっと詳しく言えば幼稚園から谷口とはずっと同じクラスで、この何とも言えないゆるさからか?
幼馴染であり、狭く深いがもっとおの俺の数少ない友人の一人だ。
『ふーん。で、他には知り合い誰いた?』
『俺も集会で疲れて、クラス着くなりすぐ帰ったからよくわからない。でも、音無さんと同じクラスだった…本当…本当可愛いよな。』
音無さんとは、学年…いや、学校1との噂もある何人もの男子高校生が当たって再起不能になったか分からない…いわゆるマドンナ的存在だ。
『本当にね。あの人は誰の目から見ても間違いないよな。真面目な話…いつ…いつ告白してくるの?俺の方は準備万端なのに。むしろアップのしすぎで疲れたくらい。』
『春香…お前は本当にキモイな。音無さんは俺のこと好きだし。』
『いーや、俺だし。』
などとくだらない話をしながら、腹の虫の音と共に朝兼昼ごはんの支度を始める。
『パスタでいい?』
『うん。カルボナーラがいい。』
『お。いいねカルボナーラ。ただ、辛子明太子あるから却下。』
『実家から?』
『そう。母さんも一々谷口の分まで送ってくるから…いい迷惑だよ。』
『それはありがたい。』
幼馴染であり、実家もマンションもお隣さんの谷口。
高校進学とともに1年前から1人暮らしをお互い始めたが、双方の親からしたらお互いに息子のようらしい。
たまに谷口を兄弟だと錯覚するときがある。もちろん兄は俺だが。
『で、今日どうする?ちなみに学校は無理。どんな顔して早退した奴がまた登校すればいいか俺はまだ授業で習ってない。』
『俺は見てみたいけどねww』
『春香がそのままパンツ一丁で行くなら喜んで。』
『こんな恰好、谷口の前でしかしないっつーの。言わせんな恥ずかしい。』
『ごめん。俺、女の子が好きだ。ごめん。』
『恋愛の価値観は人それぞれだけど…さすがにロリコンをカミングアウトされるとは思わなかった…』
『いや、女の子=ロリコンって思う春香の思考回路のほうが怖いからね!?』
『女の子=小学生以下。女性=高校生以上。ってイメージない?』
『あ~、ちょっと共感できるかも。』
『だろ?中学生は…女の子か?女性か?』
『う~ん…矢田部に聞いてみたら?あいつなら、喜んでくるだろ。メールしとく。ついでに矢田部に何するか決めてもらうか。お。PC立ち上がってるけど使っていい?』
『いいけど、もう飯出来るから食ってからな。』
あとは、茹で上がった麺に出来上がったソースをからめて…と。
『ピンポーン
』
我が家では非常に稀な1日に2回もの呼び鈴の音。まぁ、だいたい想像はつきますけどね。
『今仕上げ最中だから、谷口出て。真昼間に訪ねてくるのなんて郵便か宅配くらいだから。』
『おう。印鑑ここだっけ?』
『そう。よろしく。』
…よし、完成。この1年での料理スキルの上達を男にしか披露できないのが悔しい…
『お邪魔します春香。今日はどうしたのですか?どこか具合でも悪いのですか?』
まるで目上の者と接しているかのような言葉使いの男こそ、先ほど話していた矢田部。
フルネーム矢田部麻人。
見た目こそ整った顔立ちで、一緒に遊んでる時何度も芸能界にスカウトされるくらい。
ただ、実に残念な奴だ。
大事な事なので2度言う。残念だ。
『いらっしゃい。その辺適当に座って。』
辛子明太子パスタを手に取り、運ぼうという動作と同時にある違和感がこみ上げてくる。
一度その動作を止め、口を開く
『矢田部~』
『にしても、俺がメールしてからあっという間にきたね。春香の家が高校にいくら近くてもこんなに早くはどう考えても…』
そう、そこ。谷口が聞かなければ俺が聞いていた。徒歩10分以内に高校はあるものの、この早さは異常。
と言うよりも物理的に不可能。断言できる。
『谷口、一体どんなメール送ったの?』
どのようなメールを送ろうとも不可能なことは承知だが、メールに何かからくりがあるとしか今与えられている情報では判断できない。
『メールですか?今見てみます。』
差出人:矢田部
宛先:○○○○○○○○@○○○○○.jp
--------------------------------------
件名なし
20○○年4月8日 12:45
--------------------------------------
そういうことだ。後はお前が決めろ。
信じられない。
否、こいつと同じ高校に通う自分が信じられないのかもしれない。
『前言撤回。飯前にPC使っていいから、今すぐ日本語教室か名医のいる病院調べろ。』
冷めては元も子もないので、台所に戻り辛子明太子パスタを運ぼう。
『春香、違います。僕の理解力が常人よりも劣っているだけであって、谷口はこの短い文の中に、優しさ、思いやり…な、謎解きを入れるなどのユーモアさを~』
『やめろーーーーその狙っていない佐野の優しさが罵られる以上に響くーーーー』
『あ。お昼ご飯だったのですか。僕もご一緒させて頂いていいですか?てっきり何かしらの病気だと思っていたので、お見舞いの果物と家で食べようとカルボナーラ買ったのです。』
これが飴と鞭なのか。あんなに必死にフォローしたかと思えば、すかさずナチュラルに放置プレイ。
谷口も何かしらの突込みがくるものだと思っていたようで、今だにわざとらしく両手で顔を覆いながらソファー上でうつ伏せで待機している。
ソファーは占拠されたので、仕方なく向かいのフローリングへと腰をおろし、無言で朝兼昼飯を食べ始める。
気付いて矢田部。お前はやればできる子。
『レンジ借りますね。』
『う、うん。ご自由に。あ、後、果物ありがと。』
早く気付いてーーーー
『…~レン。…~と、~換を~。』
痺れを切らしたようで、体制は先ほどから微動だにしないものの、今にも消え入りそうな声で何かを呟きだした。
正直怖い。
『後は待つだけです。おぉ。辛子明太子パスタですか。相変わらず春香の作るものは何でも美味し、そうです…ね?何か聞こえませんか?』
約16年の付き合いだが、俺の知る限りでは聞いたこともないような声で
『俺の辛子明太子パスタとカルボナーラ交換を望むーーーー』
谷口の突然の大声に驚いたのか、虫…小動物なら昇天するであろう一撃を繰り出す矢田部。
『(あの日のお尻)ぇえぇエーーーーレン。』
俺は全力で、健康のために口の中で20回は噛んだであろう原形の留めていないパスタシャワーを雑巾…
失礼。元、谷口。たった今、雑巾の背中にぶちまけた。
幸いにも喋る雑巾が我が家のソファーを守ってくれた。
彼…あれの16年間で間違いなく1番の働きだ。
『え!?良いのですか?谷口が良いなら喜んで。』
え!?のあたりから、フォークを握りしめ、良いの~からは上手に巻き、谷口~で食べ始めていた。
『本当おいしいです。あと、せっかくまた同じクラスになれたのに春香はお休みだし、谷口は早退して心が折れたので抜け出したついでにお見舞いして帰ろうかと。』
『聞かなくても想像通りだとは思うが…早退すること誰かに言ったの?』
『お見舞いのため春香には会う予定でしたので、今言いました。』
そう、こいつはこういう奴なのだ。本当に誰にも何も言わずに気分で行動する。
1年の時の担任なら知っているが、新しい担任は今頃大慌てなのが目に浮かぶ…
『矢田部…約束したろ?』
1年の時にした大事な約束…
『お二人ともいなかったので…すみません。』
『過ぎたことだし明日謝りに行こうな。ただ、罰として今日何するか決めて。』
『分かりました。では、カラオケと噂の検証はいかがですか?』
『いいねカラオケ。あいつのせいで、歌いたい曲1つあるし。んで、噂とは?』
『世界中で今、老若男女問わず、少しかわったこと言う方々はご存知ですか?』
『あー。あのNEWSでもよく取り上げられてる病気?確か言うこと自体は統一性無いものの、決まって、お前らが間違っている。とかだよね?』
『そうです。最初はオカルト的に取り上げられていたものですが、蓋を開けてみたら世界中で大騒ぎのです。』
『あまり詳しくは知らないは。谷口。ブレザーをそのままの体制でゆっくり脱ぎ、PCで調べて。』
『はーい。』
こういう素直なところは可愛い。
『あれでしょ?事件を全てまとめてネットでアダム事件っていわれている。かなり有名で春香しか知らない人いないかもよ。』
『アダム事件ねー…触り程度しか知らない。』
『得意の漫画とアニメ以外あまり興味なしか。はいどうぞ。』
PCを譲ってもらい、谷口が見つけてくれたサイトを閲覧する。ちょっと長いな…
http//www.
アダム事件
20○○/07/03 PM13時頃 北海道、札幌市、中央区の札幌駅前で男性が、突如頑なに
『お前らの記憶は間違っている。自分の記憶が正しい。』
と街中で暴れだした。
通行人の早急な通報により、すぐ警察に取り押さえられる。
事情聴取するも重要な部分は覚えていないが、信じてくれ。の一点張りで会話にならず。
質疑応答が不可能とみなされ、結局、器物破損と精神に異常があるとのことで病院に。
この話には続きがあり、全国的に…いや、世界各地で決まって記憶が~と訳の分からないことを口走る物が現れ出した。
これに慌てた日本警察は、急いで始まりの事件の男を訪ねるも、病室はもぬけの殻。
唯一病室に残された事件の手掛かりになりそうなものが
・部屋に残された病院関係者以外、誰かの指紋(3人分)。
・事件当時着ていたと思われる衣服
・警察が訪ねた日の日付の千切れた(横に真っ二つ)レシート。
裏面に手書きで(YA)の文字有り。
ちなみに分かる範囲で林檎3個購入した様子。
・食べかけの林檎(一口だけかじられていた様子)
以上4点だけが病室に残されていた。
男が行方をくらませた日、女性が1人訪問したことが分かった。
その日まで誰一人と訪ねる者はいなく、何を伺っても曖昧な解答で病院側も困りはてていた矢先であった。
正し、親族かは不明。何故そのような大事な事が不明なのか?
それは、訪ねてきて女性、はたまた男の顔自体、ある程度の有益な情報だけ都合良く忘れているのである。
覚えているが顔は思い出せない。
と口裏を合わせたように担当警察はもちろん、病院関係者、NEWSを読んだ人、見た人々と少しでも関わった全員が口をそろえて言うのだ。
さらに、男の捜査記録は何故か白紙の状態で保管場所から見つかり、最後の望みのNEWSの映像記録は砂嵐が流れ続けるものとか。
だが、確かにその男はいた。おかしな話、いる。という記憶だけが鮮明に残り続けているのである。
他の患者と大きく異なる点が、症状は同じでも始まりの男に関する記録や記憶の一部のみ失われているといった点である。
同じような患者の原因を突き詰めるには、始まりの男が必要であった。
いや…願望なのかもしれない。
何を基準にこの症状が現れ、ウイルス性なのか、そもそも顔が分からぬまま、始まりの男を異例の世界的指名手配にした。その金額は日本円で約10億にも及ぶ。
今でも少しずつではあるものの、同じような症状のものが現れ、世界中の医学を集めてもお手上げの状態だ。
始まりの男を担当した医師らにより、病名を急性記憶混濁症と名付けた。
今もなお報酬目当ての始まりの男が続々と見つかるも、すぐにぼろが出て現状維持のままである。
そもそも、顔も情報もないのに始まりの男と決める決定的なものは何か?
新しい情報が出次第、随時更新予定。
著者 里舘 葉弥
読み始めからすぐ、谷口の『カルボナーラ食べていい?』と、矢田部の『ダメです。春香の許しが出てからです。』
の3往復くらいのやりとりが気になって仕方ない。心の底から好きにして欲しい…
『だいたい分かった。』
『ライヤー。本当に見たの?』
『街中で暴れ出した。まで読めば大丈夫。』
男らしく言おう。飽きた。
『諦めるの早すぎない!?俺、調べる意味なかったよね?』
『そうですね…簡単にまとめると、過去が間違ってる。と言う人々が世界中で見つかっていて、解決の鍵を握っているのは最初に日本で見つかった男なのでは?といった感じですかね。ですが、男の顔が誰にも思い出せないから迷宮入りしつつあると。』
『さすが矢田部。お前もこんな長文見せないで分かりやすく説明してみろ。』
自分でも驚くくらい理不尽に谷口の横腹を殴った。
そのままうずくまるが、驚くくらいくらい後悔も後ろめたさも感じない。
『う…すみませんでした。お詫びに、カルボナーラ食べていいですか?』
少し息を整えたかと思うと、日本で一番の謝罪の体制。
そう、土下座をパスタを食べながら眺める。
『こんな綺麗な土下座、アニメでも見た事ないは。矢田部が持ってきてくれた果物の皮むいてから食べなさい。』
『はーい!』
台所に向かい、せっせとリンゴの皮むきから始めている。
『それで、何となくは分かったけど噂とは?』
『出るらしいのです…』
『出るとは…?』
『事件の鍵となる男がこの近辺に!!!!』
『珍しくテンション上がってるねw見つけたところで誰も思い出せないってさっき言ってなかった?w』
いわゆる都市伝説とでもいえばいいのか?実際俺も嫌いではない。
むしろ好きと言い切れる。ただ、疲れることはスポーツだけでいい。
『本人だった場合、10億ですよ。』
『行くか。』
そりゃね。多くは語りません。
『スマフォと財布と手錠とお菓子300円以内で大丈夫かな?』
『包丁くらいは持った方がよろしいのでは?』
シンプルに一言で(マジか。)と思った。
否、それ以外出てこなかった。より詳しく述べるのであれば小学3、中学2、高校2。
後ろについている数字は俺の国語と現代文の成績だ。高校は毎回補習。
つまり、こんな自国の勉強もままならないやつに、真顔で(包丁)と言える友達を優しく正しい道へ諭す言葉など出てこない。
『包丁は…た…谷口が使ってるから、ダ、ダメかも。』
自分でも何を言っているのか意味が分からないのだから、言われた矢田部は最悪…
(包丁はお前を刺すためだからな)
くらい思っているかもしれない。この世には絶対なんてない。
という言葉が昔から好きだったが、絶対思っている。
『さすが春香…深いですね…分かりました。何も凶悪犯を捕まえようってわけではないので、武器はいらないですね。』
俺みたいな偽善者などでは到底考えが及ばない領域に、純粋な善人の矢田部…矢田部さんはいるのだろう。
さながら、同じ黄○聖闘士なのに、シ○カだけ8センシズに目覚めたかのごとく。
この例えは分かりづらいことは百も承知だ。ごめん。
『さすがに林檎くらいはむき終えたよね?もう俺ら食べ終えたから林檎歩きながら食べて。』
『あんまりだーーーー』
などと叫びつつも、誰よりも早く玄関へ向かう谷口。
先ほど確認したものなどを小さめのショルダー鞄に詰め込み、足早に玄関に向かう。
振り返るとまだソファーでまったりとしているので
『行こう。矢田部。』
『はい。PCシャットダウンして、火元確認して、ブレザー洗濯機入れて…鞄は置いて行っても大丈夫ですか?』
『いいよ。夜ご飯も3人で食べよう。』
などと、少し会話をしていると痺れを切らしたのか玄関から
『まだー?』
『どれだけ待てないのさ。飼い犬の待て。でもまだ待ててるは。もう行くから。』
『駄犬も待ちきれないようですし、急ぎましょう。』
『そうだね。』
笑顔で返答したものの、駄犬って…普段から敬語使ってる人の口から冗談でも罵声を聞くと少し怖い。
谷口を先頭にたわいもない話をしながら目的地へ向かう。




