二十話:侵食
「リンクス!ちゃんと答えてる!」
「野郎、何て?」
「どうにも僕達を番号で認識してるみたい。それに、〈Hopes & Technology〉だって……」
「一字一句メモしとけ。デバイスは使うなよ。ブリキみてぇに干渉されるかもしれねぇからな。それから、そっちの情報は出たそばから教えてくれ」
頷き、鞄から取り出した雑紙にログ内容を書き殴っていく。地道な作業にはなるが、リンクスの言う事も間違いじゃない。あれが本当に対話できる禁忌なら、その技術力は間違いなく未知であり、自分達よりも遥かに高い。それはコールドスリープやアイ、そして彼女が口にした『ニューロン識別番号』と『N.E.E.D』を考えてみれば嫌でも想像がつく。
「〈アルバトロス〉。お前は最下層に居た子供の事を知っていたな。全部証拠が消されちまったんだ。誰がその子供のベッドを壊した?裏で誰が動いてる?」
「〈意思〉、〈逃避〉、〈責任〉、〈怨嗟〉、〈殺害〉……クソッ、何だってんだ……!ゴメン、コイツ急に単語だけ羅列させてきたっ」
「別にいいぞー。物騒だが、今日は随分お喋りしてくれんだな。じゃあ次。その子供は何だ?」
再びキーボードが動き出し、画面に現れていく文字を、ボーディはひたすら写していく。
「〈子供〉、〈定義〉、〈存在意義〉、〈人間〉、〈新世代〉……何か、遠回しな言い方をされてる気がする」
「じゃあ聞き方を変えてやるよ——お前にとってのアイ・バーンズは、何だ?」
初めてキーボードの動きが止まった。リンクスは〈アルバトロス〉に向けて笑みを浮かべている。
「……答えろって。とっくに定義出来てるんだろ?」
キーボードが、ゆっくりと音を立てる。
呼吸しながら、言葉を選ぶように。
そうして導き出された回答は――。
——あいたいよ。おかあさん。
「……なんだよ、それ」
「どうしたー?」
「お前ッ!何なんだよッ!」
自分でも驚くくらいの声量だったと思う。ホール内に声が反響するせいで、見回りの誰かが居ればそれだけで人を呼び寄せてしまうかもしれない。ただそれよりも、怒鳴りつけてやらなければ吐いてしまいそうだった。実際喉まで出かかっていたと思う。
眼の前の機械が別の生き物に見える。嫌でも理解した。こいつはただのスーパーコンピューターなんかじゃない。紛れもなく人が接してはいけない"何か"だ。人間の皮を被りたがっている、或いは被ったつもりでいる、気色の悪い生き物——。
「ボーディ」
いつの間にかこっちに来ていたリンクスに胸倉を掴まれた。
「落ち着けよ。なっ?」
「……ゴメン」
「で?どうした、急に」
「アイツが……おかあさんに……会いたいって」
「キッショ。ぶっ壊すか」
本気で言っているのか分からない内に、リンクスは銃を構えた。
あまりにも早く、それでいて突然すぎる判断。制止を掛けようとした、その時だった。
一発の銃声と共に、彼女の手から銃が吹き飛んだのは。
「リンクス!」
「……んだよ、ただの冗談だろ。随分なご挨拶じゃねぇか。出て来いよー。挨拶は返してやらねぇとなぁ、あぁ!?」
声だけが反響する。辺りは薄暗いが、決して全く見えないというわけでは無い。けれど。
――誰も居なかった。足音もしない。人の気配も、少なくともボーディは感じない。
途端にポケットで端末が震え出した。自分だけじゃない。それはリンクスも同じで。彼女はいつもの様に顎でこちらに指示を飛ばしてきた。自分が警戒すると言っているのだろう。
押しつぶされそうな圧の中デバイスを取り出せば、メッセージが届いていた。
——危害は加えない。すぐに帰れ。
「……何もしないから、帰れって……」
「他人様に銃ぶっ放しておきながら説得力ねぇんだよ、糞が」
再びデバイスが震えた。
——やる事がある。このコンピューターが必要だ。全部終わったら好きにして良い。頼む。
メッセージをリンクスにも見せる。頭を掻き、不服ながらも観念したように両手を上げてみせた。
「……わーったよ。帰る。どこにいるかも分からない奴に喧嘩売ったって仕方ねぇ。降参だ。でも銃は壊れちまったしよー。足音も聞こえないんじゃ不安でしょうがねーなー」
とんでもない大根役者ぶりだ。絶対に納得していない。出来るわけないんだ、リンクスも、自分も。
〈アルバトロス〉の事。ブリキの事。誰かがこちらのデバイスをハッキングしてコミュニケーションを図ってきた事。
何も解決していないどころか、新しい謎が増えてしまったんだ。リンクスの奴、言葉とは裏腹に何とか一矢報いてやろうとしているに違いない。何となく、今の顔はそういう顔をしている。
そうして――カタン、と。
目と鼻の先に現れた銃が、落ちた。
——やる……そのメッセージと共に。
姿の見えない人間。謎のメッセージの主は、この部屋のどこかに居たんじゃない。
今の今まで、自分達の真ん前に――。
「テメェッ!」
リンクスが銃を拾って向けるが、そもそもどこを狙えばいいのかが分からない。出来うる限りの警戒状態を取る事しか出来ないこちらを他所に、露骨なまでにコツ、コツ、と鳴り響く足音が、入口の方へと遠ざかっていった。
「……みっ、見逃して貰えた……んだよね?」
「……頭にくるぜ畜生。しょうがねぇ、帰るぞ」
「うん……まぁ、その、ここまでの情報はメモしたからさ。また来ようよ」
「……おー」
渋々と言った様子なのは見て取れる。でも、ここで素直に引いてくれる潔さを持っているあたりは流石の現場主義と言うか、ダンパー達の娘と言うか。
一先ずは問題が解決した。ボーディがアルバトロスと接続している機器類やパソコンを回収しようと視線を向けた時だった。
リンクスのパソコンの画面が、真っ赤に染まっている。
それは〈アルバトロス〉からの――。
「リンクスッ!」
「今度は何だよ……」
「〈アルバトロス〉が干渉されてるッ!」
――〈error!!//no:name〉外部からの強制介入を確認しました。対応不可。
――〈error!!//no:name〉緊急遮断プロトコルに基づき、全てのネットワークを遮断。対応不可。
――〈error!!//progress〉コロニー内全ネットワークが外部接続により掌握されました。対応不可。
一瞬だけ画面が点滅する。
そして――。
——〈install//personality:6th gen//〉対応完了しました。これより短時間の限定プロトコルを実行します。
〈アルバトロス〉が――乗っ取られた?
回収作業も忘れて画面を眺める二人に追い打ちをかけるかのように、〈アルバトロス〉だった何かは、ログを残し始めた。
――単刀直入に。リンクスさん。ボーディさん。今すぐに第三地区へ帰って来て下さい。
「……何だコイツ」
「ぼ、僕達、何もしてない……よ、ね?」
――何もしていません。これは私の意思です。繰り返します。今すぐ第三地区に帰って来て下さい。アイ・バーンズの保護を依頼します。
もう叫んでしまいたかった。吐き出したい。限界だ。
度重なる異常事態。透明人間とのコンタクト。乗っ取られた〈アルバトロス〉に、リアルタイムでこちらとやり取りする何か。
自分達だけじゃない、アイの名前まで知っていて……もう、勘弁して欲しかった。これ以上何が――。
――これより三十分後、第四世代自律式AI搭載型のアンドロイドが襲撃してきます。アイ・バーンズを保護して下さい。繰り返します。彼女を……渡さないで。
〈アルバトロス〉は機能を停止し、何事も無く再起動を始める。今までのログデータが全て消えるというオマケを残して。
リンクスとボーディは顔を合わせ、大きく息を吸い込んで――。
「「クソがッ!」」
この日……ボーディは生まれて初めて、激怒した。
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