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23-1 崩壊を止める 1

 迷宮は魔物を産む。

 迷宮とは、魔力暴走によって既存の世界に異空間が結びつき生まれる特殊空間の総称である。

 外から見れば小さな小屋なのに、扉を開けると中に城が建っていたり、浅い洞窟のはずが、一歩足を踏み出した途端、何千キロもの穴が続く長大なトンネルになっていたりと、様々な事象を引き起こす。


 共通するのは、元の空間より広くなるという事実だ。


 迷宮は、若ければ若いほど魔物と呼ばれる独自の生物を多く吐き出し、長い年月と共に吐き出す数が減っていく、いずれは力を持たない生物をゆっくりと吐き出すだけの廃迷宮となる。


 迷宮で産まれた魔物は、産まれた迷宮でこそ最大の力を発揮するのだろう。

 そのため、迷宮が崩壊しても、外の環境によっては思うように魔物が行動できないなんてことも起こりえる。

 例えば、突如砂漠に出現した迷宮が水に関連した魔物が住む迷宮だとする。

 迷宮が崩壊したとしても、外に吐き出されるのが魚の魔物であれば、退治しなくとも勝手に死んでくれるだろう。


     ✿


 黒い木の巨人たちも、乾季で十分に栄養が摂れないせいか弱体化していた。


「こりゃ、てんで手ごたえがねーな、俺らが倒さなくても勝手に死んだんじゃねーのか?」


 神竜の王は、戦うたびに弱くなる黒い木の巨人に、些か不満気な顔をする。


「死ぬかどうかは分からんが、崩壊する迷宮の種類によってはそう慌てんでもいいのかもしれんのうー。例えば魚のような魔物が多く住む迷宮の崩壊なら、水のない場所に放り出された魚の魔物どもは勝手に死ぬじゃろうしな。天災どころか近くの町や村は大儲けじゃわい」


「黒い木の巨人の死体も、伐採したての木のような面倒な乾燥もいらないし、木材としての質もいいから、僕らのようにサクサク倒すことが出来れば、美味しい獲物なんじゃないのかな?問題はこんな大きな木の塊をどう運ぶかだろうけど」


 黒い木の巨人の死体を使い『合成』で幾つか家具を作ってみたのだが、二人からの評判は上々であった。

 見ただけでも呪われそうな、真っ黒な所々に歪みのある木の化け物から、これだけ質の良い木材が採れるのだ。迷宮産の魔物の素材が高値で取引されるのも納得である。


 ボクらにしてみれば、弱体化がなくとも倒せる魔物だ。

 討伐は当初予定していたより順調に進み、予定していた半分の時間で赤錆山迷宮に到着することができた。

 ふと後ろを見る。

 首都エラトニアを出た時から、ずっと一定の距離を保ち僕らを見張る視線を感じていた。


 国の命運がかかった依頼だ。見張りをつけるのも当然かもしれない。……迷宮の外に出て時間が経ち弱体化した黒い木の巨人なら、中級冒険者でも数さえいれば倒せるんじゃないだろうか。

 魔物の弱体化は見ただけでは分からないだろうし、黒い木の巨人たちを容易く倒す僕らを見た見張りが、どう報告するのか少し怖い。


 一番の化け物は、あの三人です!なんて言われるのがオチかな。


 迷宮の中に入ってからは、視られている感覚も消えた。


 外では元気の無かった黒い木の巨人たちが、本領発揮だとばかりに嬉々として襲ってくる。戻った歯ごたえに神竜の王もニヤニヤが止まらない。

 迷宮の中でなら、黒い木の巨人たちも、陽の光に関係なく動くことが出来るみたいだ。……四六時中戦えるって意味ならボクらも同じだけど、その気になれば十日だろうが一月だろうが一年だろうが、永遠と眠らず戦い続けることも出来る。

 こうなると、疲れを知らないボクらの方が、魔物よりもよっぽど化け者らしい。

 前回潜った時は、迷宮化がはじまったばかりで未完成だったんだろう。明らかに迷宮の中の森が広がっていた。


 妖精の鐘が鳴り、迷宮がその形を大きく変えた後。神樹の翁と神竜の王、二人の魂が宿る仮の肉体が持つ能力『直感』を頼り、迷宮の出口探そうとしたが道に迷ってしまった。

 その反省から取得した能力を使う。

 迷宮内で重宝される『方向感知系統』の能力の中から僕が選んだのは、狼の魔物の記憶と能力を白紙の本に合成して創った『知識の書』の中にあった能力『獣の嗅覚』だ。


 獣は遠くにある水場を本能だけで探すことが出来るといわれている。その強化版とでも言うんだろうか、探したいものを頭に浮かべることで、大まかな方角を知る能力。

 この迷宮で一番強い生物の居場所を知りたいと強く願う。


 襲い来る魔物を倒しながら、森を彷徨い歩くこと四日――。ついに目的のモノを探し当てた。


 高さ、二十メートルはある黒色の大樹。木から伸びる枝はどれも長く、そのすべてが人の手に酷似した枝の形をしている。迷宮の異物である僕らの存在を感知したのだろう。黒い樹皮から次々と新たな枝を伸ばし、僕らを捕らえようと腕を伸ばす。

 百に届きそうな枝が、意思を持ったヘビの如く襲ってきた。


 奇妙な大樹の魔物を前にしても、神樹の翁は、植物の原始とも呼べる者の矜持か、不敵な笑みを浮かべたまま向かってくる枝を槍で払い続けた。


「三百年しか生きとらん若造のくせに、随分偉そうじゃのう……生意気なやつじゃ」


「結構大きな木だけど、古代種じゃないんだよね?」


 押し寄せてくる木の枝を鉈で捌きながら、ボクは神樹の翁に確認する。相手がもし古代種であれば倒す前にやることがある。


「あの程度で大きいじゃと……小僧、二千年前のワシの姿を思い出さんか、こいつは恨みつらみを吸って狂っただけの若い妖樹でしかないわ、ひよっこじゃよ」


 確かに、二千年前の神樹の翁は、世界樹の近縁種だけあり大きかった。雲にも手が届いていたような……高さ三、四千メートルはあったと思う。幹の太さも何百メートルあったか……あれに比べれば目の前の木など若木だろう。今思うとよくそんな化け物を他の生物と合成しようなんて狂った考えに至ったものだ。

 あの頃の僕は、正気からほど遠い精神状態にあったんだろう。


「駄竜……小僧。こ奴の相手はワシ一人に任せてもらえんか」


「いいぜ、ジジイ」


「任せるのはいいけど、属性付与は禁止だからね!」


「分かっておる。元神樹が山火事を起こしては笑い話にもならんじゃろう」


 ボクと神竜の王は、妖樹から大きく距離をとって下がる。


 古戦場や処刑場にたまたま植わっていた木が、生物の血と肉を長年吸い続けることで、自我を持ち、中でも怒りの感情を好んで喰らい成長した木の魔物を妖樹と呼ぶ。

 木の種類で呼び名も変わるのだが、あくまでそれは人間が魔物を分類するために付けた名前だ。


「そろそろ町に帰って美味い飯を喰いたいんだ。ジジイとっとと終わらせろよ」


 大岩に腰かけながら、取り出した塩気の強い干し肉を食いちぎりながら神竜の王が煽る。


「まったくうるさいのう、集中できんじゃろーが、少しは黙って見ておれんのか。これだから駄竜は……そうじゃ小僧、すまんが剣のように使える槍を作ってくれぬか?この手の生き物は根っこ付近をこうズバッと斬れば終わるんじゃが、どうもこの槍という武器は刺すことは得意でも斬るのことには適しておらん」


「了解!すぐに創るよ」


 ボクは、神樹の翁の期待に沿う武器を、『知識の書』のページを捲り探した。

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