22 指名依頼
シュフタールの救出作戦失敗を受けて、町は依然混乱の最中である。
そんな様子を、横目に、ボクらは村人の救出依頼の報酬である、高級牛ステーキを食べるために!首都エラトニアにあるレストラン『ステーキ専門店:金のかぼちゃ亭』を訪れた。
神様に奉納する特別な牛と聞いて、期待して来たのだが、その期待を易々と上回るほどに、この肉は美味しかった。最高だ!
咀嚼するたびに甘みのある肉汁が口の中に広がり思わずニヤけてしまう。
目の前にクアリスさえいなければ、もっと食事を堪能できるのに……ボクのクアリスに対する印象は、かなり悪い。
今回だって、黒い木の巨人があたかも弱い魔物であるかのように、一部の人間の印象を操作した疑いすらある。
国やクアリス自身にとって、マイナスとなり得る人間をあぶり出すために行ったことなのかもしれない……けど、それに巻き込まれて多くの罪のない人が死んだのも事実である。
人は国にとっての宝である。幾人かの悪を追い落とすために消費していいモノではない。と思うんだよな……こんなことを思うようになったのも、ボクが少しは人間に近付いているからなのかもしれない。
ま……三千人近い兵士の命を奪った、ボクが言えた義理じゃないな。
ボクの頭の中にあるのは、死んだ住人たちが可哀そうという感情よりも、大事な人という資源が無くなったことによる、勿体無いという感情なのだから。
「ねークアリス、聖地管理委員会を解体したばかりでキミも忙しんじゃないのか、こんなところで油を売っていていいのかい?」
「平気、平気!僕はこの国に英雄を招いた者として国民からの人気が急上昇中だからね。少しくらいさぼったからといって、誰も文句は言わないよ」
ボクは他人の影響を受けやすいのかもしれない。彼のペースに引っ張られ、巻き込まれている自覚がある。長く人間に触れていなかったから、染まり易いのかもしれない。
「そういうものなのか……まーボクが理解できることではなさそうだね」
ボクはいま次から次へと焼いて運ばれてくる、肉を口に運ぶ仕事で忙しい。クアリスの言葉には適当に相槌を打ち食べることに集中した。
クアリスの話の大半は愚痴だ。聖地管理委員会の解体後に他の部隊に移動したが、書類仕事が増えたとか、今までは仕事中お菓子を食べても怒られなかったのに、今度の職場は怒られるんだといった、中身のない話ばかり……神樹の翁と神竜の王は、無視を決め込み食事に集中している。
そんなクアリスを無視できずに、相槌を入れたり、たまに言葉を返してしまうのは、ボクが元は人間だったからなんだろう。
喋り続けるクアリスに神竜の王もウルサイと感じたのか、手を止めて顔を上げる。それを見たクアリスがニヤリと笑った。絶対、何か企んでいるよ。
「で……お前は何の用があって、ここに来たんだ」
「やっと顔を上げてくれたね、ダリューンさん」
「俺はお前より肉の方が大事なんだ。言いたいことがあるんならさっさと話せ」
「アハハハ、ごめん、ごめん、キミたちにお願いしたいことがあって来たんだ。赤錆山の迷宮化の引き金になった魔物を探し出して倒してほしいんだ」
「断る!といいたいところだが、この肉が毎日食べ放題ってんなら考えてやってもいいぞ」
神竜の王とクアリスは、どっちも物凄く悪い顔をしている。……いい勝負だ。
「無理言わないでよ。キミたちが食べている牛は、元々神様への奉納品として育てている特別なものなんだ。僕だって一度しか食べたことがないんだよ。今日だって内心一口くれないかなーって思っているんだから」
「これは全部俺たちの肉だ。無理なら、その依頼は諦めろ」
「話くらい聞いてよ、肉は無理だけど、アンドリューさんが探している古代種に関する情報と、古代種と思しき生物が目撃された土地の調査権を報酬にするって言ったらどうする?」
神樹の翁が、食事の手を止めた。
「実に興味深い話じゃな、その場所にいる生物が古代種だという確証はあるのかの」
「ごめん……まだ、確証はないんだ。でもね、その生物は自分のことを古の王の一人であると調査員に話したらしいんだよね」
「ほほう、人語を自在に扱う生物か、興味深いのう。ところでその未知の生物と言葉まで交わしたというのに、なぜ、そんなに中途半端なことしか分からないのじゃ、調査は続いておるのじゃろう?」
「残念ながら調査は長らく止まっていたんだよ。色々と問題のある土地でね、なかなか手を出すことができなかったんだ。珍しい薬草の群生地が、その場所にはあると言われていて、その土地の所有者であるお金持ちが、調査も自分たちだけでやるといって、国の介入を拒み続けていたんだよ」
「ほー神の国を名乗っておるのに、そのような権力者がおったのか、なるほどのう。で、何らかの理由でその土地を自由に出来るようになり、ワシらへの手土産に選んだというわけじゃな」
「大正解だよアンドリューさん。その土地は元八司教の一人ガリウス・ベルジェの私有地でね、今回、起きた騒動のお陰で彼の財産を抑えることが出来たんだ」
クアリスは、八司教ガリウスの裏の顔を話はじめた。
裏というか、国のトップに近い人間が暗躍することは割と普通のことであると、兵士の記憶が記された『知識の書』にも書いてあった……神様を信じ、他国よりも山や森、手つかずの自然が残る神聖国家エラトニアは薬草の宝庫であり、中には他国で禁止薬物扱いのものも豊富に自生している。
毒は勿論だが、幻覚作用や中毒性が強い薬草を禁止にしている国は多い。
それに比べて、神聖国家エラトニアは、神とひとつになれるといった理由から幻覚系の薬草の使用は推奨されており、副作用を減らす研究も積極的に行っている。
幻覚を引き起こす薬は、他国では嗜好品として高値がつくことも多く、輸出が解禁されていない薬も、ガリウスは地位を利用して積極的に配っていたそうだ。
これについては、一緒に地位を追われた元八司教ヘーゼル・ケディラも一枚噛んでいたという。
ガリウスの薬品工場があったのが、迷宮の崩壊で外に出た黒い木の巨人たち、魔物の被害にあった町シュフタールだ。
死んだ住人の多くが、ヘーゼルの薬品工場で働いていた人間で、通常の薬に比べて副作用の強いランク五以上の禁止薬物の製造に関わっていた。
「表に出ていないけどね、彼らが脱出するのが遅れたのは、禁止薬物の証拠隠滅のためだったんだよね。一番上に立つ王様を罰することが出来ないように、この国には大司教と八司教を罰する制度がないんだよ。王権の場合なら、暗殺かクーデターなんだろうけど、大司教と八司教は神の遣いとも言われているからね、それも難しいんだ」
神聖国家エラトニアでは、人間を表立って殺すことを禁じられている。
大半の国がそうなのだが、この国は神の意思により、それが出来ないようになっているのだ。この国では、故意に人を殺すことが出来ない。
例外があるとすれば、神の誓いを破った者であれば殺すことが出来る。
クアリスがベースキャンプで隊員を斬れたのも、隊員の男がボクが神様の名にかけた誓いを否定したからだ。
神竜の王がライセンス持ちたちを殺せたのも同様の理由だと思われるが、あくまでこのルールは人間たちのものだ。
ボクや神樹の翁と神竜の王は、このルールには当てはまらない可能性もある。
魔物が人間を殺せるのであれば、ボクらにもそれは可能だろう。
この国全体が、殺人が出来ない特別な能力で縛られている。
殺さない程度に痛めつけるのであれば、ルールには引っ掛からないが〝殴られた意味が分からない。神の名にかけて決闘を申し込む〟と宣言すれば殺し合いは可能になる。
一々許可をだすのだから、神様は意外に身近なとこにいるのかもしれない。それとも、ルールの監視官的な役割を持つ人物なり道具があって、条件をみたしたら一定時間人を殺せるように解除するのか。
片方が殺すことが可能になった時点で、相手にも同様の権利が与えられる。
騎士物語に登場する騎士たちのように、お互い名乗り合わなければ殺し合いが出来ないのだから、悪人には住みにくい国なのだろう。
八司教まで登り詰めてしまえば、不正もやり放題である。
それを利用したのが、元八司教のヘーゼルとガリウスとその家族たちだ。
依頼については渋々受けることになった。
ボクらとしても、旅の目的でもある古代種の情報を目の前にぶら下げられては、食い付かないわけにはいかない。報酬が欲しいから依頼を受ける。実にライセンス持ちらしい生き方である。
黒い木の巨人の対応も進んでいるようで、植物の魔物だけに、黒い木の巨人たちは、陽の光の無い場所では思うように行動出来ないようだ。迷宮の中では制約は受けないが、迷宮が崩壊して外に出ると何らかの制約が発生する。
いまが雨季でなく乾季の時期ににあったのも彼らへの対応を楽にした。
当初は、首都エラトニア近郊まで、魔物の群れは進軍してくるだろうと予測されていたのだが、魔物の活動域は、赤錆山からシュフタールの町周辺に限定されている。
シュフタールの町から三キロほど北にいったところに川があるのも、魔物がシュフタールに居座る理由のひとつだ。
シュフタール川と呼ばれる、その川の畔には広大な農地が並んでおり、植物の魔物にとって栄養豊富な畑の土はご馳走である。
そこに居座るのも納得だ。
彼らが火を恐れる習性を持つことも判明した。魔物も生物である。何らかの弱点を持つモノが多い。
最後に体の構造についてだが、木の巨人だけに解剖というより解体という言葉が似合いそうだが、僕が持ち込んだ死体を調べた結果。
黒い木の巨人の体は植物に準じており、木の幹の一部を生物の口のように開き人間を捕食したように咥えてみせたのも、捕食目的ではなく単に遊んでいた可能性が高く、石を投げるといった道具を扱ったことから、それなりの知能を持っていると思われる。
大司教を中心としたこの国の意思決定機関は、乾季であるいまが勝負所と決断したようだ。
僕らに希少な薬草の群生地がある土地を差し出してまで、依頼を出したのもそのせいだろう。




