10 最悪な記憶
残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
この話も含め3話残酷な描写が続きます。
ガルトレインの町を出てしばらく進むと、風景が一変する。
戦争の影響だろう道は荒れ、途中にあった村は、多くの建物が崩れ村人の顔からは笑顔が消えていた。
戦争が産むのは不幸だけだ。
こんなことを喜ぶのは、武器商人と気が狂った一部の貴族や王族くらいだろう。
内戦が激化する国に観光に来るキチガイはいないようで、この道は貸し切り?と思えるほど、道には馬車どころか人の姿すらない。
広々とした道を、浮遊ボードに乗りながら時折地面を蹴っては前に進む。
ヨルトレインの冒険者組合代表トマソンさんと、ライセンス持ちのみんなが集めてくれた地図を、背負い袋から取り出した。地図には赤い字で、危険地帯と書かれた箇所が幾つもある。
本来は、ボクが近付かないように書いてくれたのだが、今回は危険地帯にあえて進む。
現在、最も内戦が激しい場所のひとつが、国境より徒歩で南西に十日ほどの距離にあるパスターユ領である。
パスターユ領には様々な種類の鉱物が眠る鉱脈が複数あり、現在王位争いをしている第一王子と第三王子、それぞれの派閥が、鉱脈の所有権を巡り争っているのだ。
国民からすればこれほど迷惑な状況もないだろう。
二千年前人間の多くは、古代種と呼ばれる知恵を持つ上位個体から身を隠すのに必死で、人間同士で戦争をする余裕はなかった。
お陰でボク自身も戦争については知らないことの方が多い。それでも、大勢を巻き込んでの迷惑な殺し合いが、誰の得にもならないことくらいは分かる。
今回に限っては、戦争に勝てば一気に王位が近付くわけで、得をするのは、勝利をした方の王子とその派閥に籍を置く貴族たちだろう。
こんな場所に、旅人が立ち寄る食事処があるはずもなく、人間の作る料理を味わうことを楽しみにしている神樹の翁と神竜の王の二人もご機嫌斜めだ。
肉体さえ手に入れば、わざわざボクと味覚を共有しなくても、自分の口で人間の作る料理を味わうことが出来るんだ。もう少し我慢してほしい。
「ところで小僧よ、鉱脈といっても複数あるのじゃろう、どこを目指しておるんじゃ」
「黒銅が採掘される第四鉱山を目指しているんだ。この先にあるはずなんだけど……」
「黒銅?はじめて聞く名の鉱物じゃ」
「二千年前はゴミ扱いの鉱物だったからね。ミスリルには及ばないけど、魔力の親和性が高くて人気のある金属だよ」
「そんなのミスリル使えばいいだろうが」
「これだから財宝に埋もれて育った駄竜は……ミスリルはこの時代では物凄く貴重な鉱物なんだよ」
「ほー言うようになったじゃねーか坊主、体が手に入ったらぼこぼこにしてやるからな、図書館で少し本を呼んだ程度でいい気になりやがって」
「ふーんだ。返り討ちにしてやるよ」
こんな感じに僕たちは上手くやれている?
黒銅――。
名前の通り黒い色をした銅だ。普通の銅に比べて加工の難易度は高いものの、ミスリルに近い魔力親和性を持つ金属で、簡単に言うならば魔法武器や魔道具の製作に向いた鉱物だ。黒銅は鉄に比べて硬度や切れ味も劣る、武器としては杖の一部に使われる程度と用途は限られている。
それでも、僕には『合成』がある。黒銅の欠点も他の素材と合わせることで何とかなるんじゃないかと思うんだ。戦場で死体を探しつつあわよくば、黒銅も手に入れようという魂胆である。
✿
既に、パスターユ領に入ってから二日が過ぎた。
目立つ肌の色と髪色を隠すために、手持ちの服に、小さな雑貨入れの袋を『合成』してフード付きローブを創った。二つ以上の素材を合わせる必要があるけど、布の切れ端ひとつあれば、元の服に『合成』することで、自由自在に様々な服を創り出すことが出来る。
成長の水でレベルの上がった『合成』は、万能に近い能力だと思う。
「それにしても、戦争って本当に沢山の人が死んじゃうんだね」
目の前に広がる見晴らしの良い平地には、目測で二百から三百の屍が転がっている。見通しの良い平地故戦場になったのだろう。
戦場は既に移動しており、周囲に動く人影は無く、死体の側で動いているのは、餌を求めてやってきた鳥やネズミといった小動物だけだ。
森からは距離があるため、狼のような大型の獣はいない。
戦場には、死体から持ち物を漁る死体漁りがつきものだと本で読んだのだが、彼らが顔を出すのは戦場が十分遠ざかった後だ。
死体の近くに移動すると、無作為に『記憶の書庫』の本棚に並ぶ、全頁白紙の本に記憶と能力を『合成』していく。成功すれば死体は灰となり、失敗すれば何事もなかったように、そのまま残る。
腐った肉の臭いに顔を顰めながら、失敗した死体には、元々神樹の翁のモノであり、新しく覚えた能力『仮初めの生命の種』の発動条件でもある『生命の種の品種』に登録した。
装備を残して兵士が灰になる。
『生命の種の品種』への登録は成否に関わらず灰になる。言うなれば一発勝負だ。
目の前に落ちている死体の全てを灰にしまっては、動物たちの餌も無くなってしまう……二十近い死体はその場に放置した。
人の死体を動物たちの餌と割り切れてしまうのも、僕が不死ノ神であった期間が人間でいた期間より長いせいだろう。
「これだけ死体があると、持ち物の中にも使えそうな物が色々ありそうだよね。持ち帰りたいけど……流石にこの数は運べないや」
「それなら俺の能力『竜の胃袋』を登録すればいんじゃねーのか、ジジイの『仮初めの生命の種』の異能も登録したんだし、俺の異能があってもいいだろう」
竜の胃袋……大食いになれそうな能力名である。
「竜の胃袋?」
「ああ、竜族は金銀財宝……お宝に目が無くてな。飾っておくのも悪くないが、置いたままでは盗まれてしまう、上位種の竜の多くは宝物をしまうための専用の胃袋を持っているんだ。入れる時には口先で触れる必要があるが、坊主なら病気や毒を受ける心配もないだろうし、便利なんじゃねーか」
不死ノ神の性質上、病気や毒には無縁だ……けど、腐りかけた死体が身に着けている持ち物に口で触るのには抵抗がある。『合成』で他の物と合わせながら、汚れや臭いを『抽出』すれば我慢が出来なくもない……そう無理矢理納得して、新しく取得した『竜の胃袋』に拾った装備や道具を次々と放り込んだ。
胃袋というだけあり、体の一部扱いのようで、竜の胃袋の中身を見たいと念じるだけで、入れた物が頭に浮かんでくる。
他のことをやりながら中身を見るのには、慣れが必要らしい。乗り物酔いのような気持ち悪さが急に襲い、その場に蹲った。
入国早々、新能力『仮初めの生命の種』を登録するために、『成長の水』を基本能力の器に注いでレベルアップ済みなので『竜の胃袋』の登録もすんなりと終わった。
続いて『生命の種の品種』の一覧を意識すると、取り込んだ死体の兵士の名前が並んでいた。
例えば『兵士ノットワルドの種』といった感じに登録されている。一度登録した品種は『仮初めの生命の種』で何度でも種を創り出すことが出来る。種の素材となるのは僕自身の血と肉だ。
試しに〝種〟を創り出し土に埋めると、兵士ノットワルドそのものの肉体が植物として土から生えてきた。勿論裸だ。後は足の裏についた根を切るだけである。これに魂を入れれば、枯れるまで一年近く動き続ける。この能力で作られる肉体は、多年草ではなく一年草だ。
やはり、普通の兵士の肉体では、神樹の翁と神竜の王の魂には耐えられないようで、魂を入れてすぐ枯れてしまった。
『仮初めの生命の種』の能力について神樹の翁に聞いたところ〝わし無敵じゃったし、こんなヘンテコな能力使ったことがあるわけなかろう〟と、何故か胸を張って言い切られてしまった。
別途、検証が必要だね。
✿
数日。戦場を巡り死体漁りを続けたお陰で、この世界の知識――ダッカス王国の兵士限定の偏ったものではあるが、色々知ることが出来た。
善悪の価値については個人差はあれど、二千年前からそう大きくは変わっていない。
兵士たちの記憶を除いた感想は、人間の根本は変わらない。総じて汚い奴が多く……裏の顔は千差万別である。といったところか。
その中でも特にひどい記憶の持ち主がいた。
国同士の戦争であれ、内戦であれ、そのしわ寄せを一番に受けるのが力の弱い人間たちだ。兵士の記憶の中には、自分たちの気を紛らわせるために小さな村の女たちを娼婦のようにぞんざいに扱い、反発するなら平気で暴力をふるう、そんなものまであった。
若く力のある男は荷物持ちや雑用に使い。文句を言う者は例え老人でさえも簡単に斬り殺す。
その兵士の記憶の本を読んだ僕は、表現し難い、とても嫌な気分になったのだ。
「人間という生き物は、欲深く思っていた以上に愚かしいのう」
神樹の翁の言う通りである。
僕はその村が、それからどうなったのか気になってしまい立ち寄ることにした。元々鉱脈で働く人々が作った村だ。第一王子派が抑えている黒銅が多く掘り出される第四鉱山に行く途中に、その村があるのも都合が良い。
村を目指し、浮遊石ボードに乗ってのんびり進む。
結論――。
村はひどい有様だった。至る所に村人の死体が土に埋められることなくそのまま転がっており、死後数週以上過ぎている死体には虫が沸き、口を覆いたくなるような酷い臭いが漂っていた。
せめてこの無残な姿だけでもどうにかしようと『生命の種の品種』に登録して灰に変える。
村を一巡りする途中、荒れた小屋の中に比較的痛みの少ない裸の女の死体を見つけた。髪は長く生前は美人だったのだろう……兵士たちに殴られた痕か、体には幾つもの痣があり、数日前まで生きていた彼女の記憶は、本にすることが出来た。
『知識の書』のページを開く。
この村を襲った兵士の所属先である第一王子派では、兵士が村人を襲うことを禁じている。
もちろん女を犯すこともそれに含まれる。だからといって末端の兵士全ての手綱を握るのは難しく、今回の事件へと繋がった。
この村を襲ったのは、この地区の見回りを担当するヘッケラーという男が指揮をとる部隊だ。
ヘッケラーの部隊は、さんざん村の女を犯して楽しんだ挙句。上にバレるのを恐れ野盗の仕業にして、村の住人全てをその手にかけた。
この女は痩せた体が幸いして、小さな箱の中に身を隠し難を逃れたのだ。だからといって女一人で生き残れるはずもなく、食糧が持ち去られた村で、女は草や虫を食べて飢えをしのいだ。
それでも足りずに、女は、飢えに負け、最終的に死んだ村人の肉にも手を出した。腐った肉を食べたことが彼女の死因だった。それでも、この女の行動を責めるのは違う気がする。
本にした女の記憶には、兵士たちへの恨みと憎しみが何十ページにも渡り記されていた。最期のページを開く。〝誰でもいい……どうか、第四鉱山の要塞にいる全ての兵士を殺して……皆殺しにして〟これが彼女の最期の願いだった。
「坊主、何を考えておる」
「ライセンス持ちとして、彼女の依頼を受けようと思うんだ」
神竜の王の問いに、僕はそう答えた。
※誤字報告ありがとうございました。色々な機能があることに驚いております。




