9-3 国境の町ガルトレイン 3 とある軍人の呟き
私の名はモンテ・オカカ。
グレンデル王国ガルトレイン駐留部隊の司令官である。
部下から、ライセンスを所持せずダッカス王国に入ろうとした少年の身柄を一時拘束したとの連絡を受けて、副官のデカルトを連れて、正門側にある拘留施設へとやって来た。
怪しい人物が訪れた際は、私の『鑑定眼』とデカルトの『真偽眼』を使い、相手の取り調べを行う。万が一、拘束中の少年が暴れたとしても、私とデカルトの二人がいれば難なく対処できるだろう。
いつもなら、もっと多くの兵士が立ち会うのだが、相手は年端も行かぬ少年だというし十分だろう。
ダッカス王国には武闘派の貴族が多く、それに対抗する意味でも、昔からガルトレイン駐留部隊には、グレンデル王国の中でも武勇に優れた者が多く配置されている。その中でも上位にいるのが私とデカルトなのだ。
自分で言うのもなんだが、好きな得物を使っていいのなら、上級冒険者とも互角に渡り合う自信がある。
中にいるのは十三歳の少年だという、出来るだけ怖がらせないように気を使いながら部屋の中に入った。
少年を見て驚いた。ライセンス持ちとは縁のなさそうな華奢な体。部下が年齢を聞いたところ十三歳と答えたそうだが、背は低く、十歳といわれても違和感はない。
なにより、この大陸では珍しい白い肌と、光の反射で時折青く見える銀色の髪、髪よりも暗い黒に近い銀色の瞳に、思わず目を奪われそうになる。
握手をしたが、手も小さく指も細い。武器など握れそうもない小さな手だ。
ショタ好きな貴族が喜びそうな容姿である。
少年は罪人ではない。
与えられた部屋も牢屋ではなく、怪しい人物を一時的に拘留するための部屋だ。この辺りでは顔も売れてしまったため、私とデカルトの顔を見た瞬間震えだす者も多い……のだが、少年は旅人らしく、我々を見ても平然としていた。
私は、部下たちが持ってきた、少年から取り上げた武器を見た。
取り上げたと言っても少年に怪しいところが無ければ明日には返すことになる。それにしても、見たこともない素材で作られた剣とナイフだ。
『鑑定眼』を使いもう一度見る。狼の骨と鉄と木が混ざり合う不思議な武器。骨と鉄と木を混ぜるということが可能なのか、と衝撃を受けた。
考えられるのは、鍛冶に関連する特殊能力所持者が製作に関わっていることくらいか。
少年への興味が沸いてしまった。
私は部屋に入ると早速少年に『鑑定眼』を使う。
結果は――。
名前すら見ることが出来なかった。
少年の持つ能力は『鑑定眼』に対する『隠蔽』のような抵抗系の能力なのかもしれない。
デカルトが少年の素性を確認するための質問を繰り返す。ふむ、デカルトの反応を見る限り少年は嘘はついていないようだ。私は少年に意地の悪い質問をした。〝私は鑑定眼持ちなんだが、キミの能力を何一つ見ることが出来なかった。キミは鑑定眼に対抗する能力を持っているのか?〟と……それに対する少年の答えは傲慢だった。
「いえ、そんなものは持っていません。鑑定眼は力の差がある相手に対しては効かないものだと聞いています。そのせいではないでしょうか?」
少しだけ、身の程を分からせた方がいいのかもしれない。傲慢な性格はいつか自分の身を亡ぼしかねない。問題は、どうやってそれを教えるかだ。そう考えた瞬間、背筋が寒くなった。
頭上から、濃厚な死の気配が圧しかかってきたのだ。部屋全体を包む殺気が身を包み、ダラダラと大粒の汗が流れる。私はいつの間にか床に膝をつき顔を下げていた。
横を見る。信じられないといった表情のままデカルトも同じ姿で固まっている。
ふいに殺気は止み、深呼吸をしながら立ち上がる。
今のは一体なんだったんだ?そんな私の疑問に少年は答えてくれた〝ただの能力です。相手がボクより弱い場合のみ、動きを止めたりすることが出来る便利な能力なんです。自分より強い相手に使えないところは『鑑定眼』に似ていますね〟と……今度は体が動かなくなる。
少年は子供らしくない笑顔を浮かべ指先で私の喉元を触る。
正直、その後のことは、よく覚えていない。夢うつつだった。
私とデカルトは指令室に戻り、それぞれソファーへと深く腰かける。
疲れた……数刻前の出来事が、すべて夢であってほしいとさえ思う。
「モンテ指令……あれは夢じゃないですよね」
「ああ、現実だ。この世界には本当に化け物がいるんだな。ダッカス王国の喧嘩っ早い馬鹿どもに今から同情するよ」
「彼らが戦場を歩くあの少年を見逃すとは思えません。あの国の人間は、戦場に余所者が入ることを極端に嫌いますから。案外内戦は早く終わるかもしれませんよ」
酒が入ったからだろう。副官のデカルトは、そんな冗談すら言ってみせた。
二人で現実から逃げるように、酒を飲み。その後もダッカス王国で暴れまわる少年の姿を妄想して、夜遅くまで語り明かした。
✿
翌日。フィヨルの元には新しいライセンスカードが届けられた。グレンデル王国の軍部が試験免除で発行の手続きをしてくれたそうだ。
武器も無事返された。
ダッカス王国に入る前に、少しでも情報を得ようと町の図書館に立ち寄る。
トマソンさんから貰ったダッカス王国の地図に、本の内容で使えそうな情報を書き写していく。目的の場所は英雄墓地と呼ばれる場所だ。ダッカス王国は、武勇を重んじる貴族が多く、戦場で武勲を立てた者、剣術や武術大会で結果を残した者を、死後英雄墓地に埋葬して崇める風習があるそうだ。
旅の目的のひとつ、神樹の翁と神竜の王の魂を入れるための『仮初めの器』探しである。
戦場で死んだ兵士の死体から『知識の書』を作り、現代の知識を手に入れるのが先ではあるが、やることは山ほどある。
町への入場時とは違い、ガルトレインからの出立手続きはすんなりと終わった。
やばい奴をあえて演じてみせた効果があったのかもしれない。
ダッカス王国は、内戦で荒れていることもあり、これといった入国手続きは必要ないそうだ。
もちろん、町に入る際には、その都度スパイだ、なんだと疑われてかなり面倒なことになるだろうとも言われたが、それを含めて自己責任である。万が一戦争に巻き込まれて死んでも知りませんよ、というのが本音らしい。
それと豆知識も教えてもらった。ダッカス王国の兵士は戦場を神聖視しており、他国の人間が足を踏み入れるのを極端に嫌うそうだ。
このことは特に注意するようにと、ダッカス王国側の門に立つ兵士に何度も念押しされてしまった。王都にボクと歳の近いお子さんがいるそうだ。ボクの十三歳は、あくまで設定なのだが、わざわざ明かす必要もないだろう。




