第二十二話「覚醒する天才」
ゴロゴロゴロと凄まじい音を立ててダンプカーは路地を走っていく。
その先には前田、加賀、その後ろには炎山。
「逃げろ、前田さん!!!」
炎山が叫び、後ずさる。恐怖のあまり及び腰で、後ろを見ず後ずさったものだから、側溝に足がもつれ、側溝に倒れこみ、そのまますっぽりと体が挟まった。
前田はと言うと逃げない。しっかりと加賀を抱きしめている。
「一緒に地獄に落ちようぜ」
加賀に笑いかける。加賀も笑う。
武に生きてきた二人。もとより死の覚悟はできている。
「前田さーーーん!!!」
絶叫する炎山の前をダンプカーが疾走していく、ドゴンという衝撃音と共に前田と加賀の体が宙を舞った。
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集中治療室の前のベンチに腰を下ろし項垂れていた。
桜庭数也は全身打撲と頭蓋骨骨折。前田は全身打撲と鼻骨骨折及び裂傷、右大腿骨頚部骨折。
桜庭は豊田と相打ち、前田はもろにダンプカーに轢かれ、生きているだけでも奇跡であった。加賀はと言うと、宙でダンプカーの屋根につかまり、そのまま逃げられてしまった。
二人とも意識不明の重体であった。炎山だけが無事だった。
炎山の胸に去来するのは、何もできなかった、自己嫌悪?不甲斐なさ?それとも・・・
「あの、桜庭さんの意識が戻りました」
その声で我に返る。看護師が呼びに来てくれたのだ。
茫然自失の面持ちで看護師の後について病室に入っていく。
そこには、全身包帯で包まれた桜庭がいた。痛々しい姿であった。思わず目を背けたくなるほどの大けがである。
「先輩・・・!!!」
炎山は桜庭の元まですがり寄る。
「生きているのが奇跡と言えるほどの大怪我です」
看護師が独り言のように呟く。
「先輩…」
言葉が出ない。これがあの桜庭数也なのか。
桜庭数也。三年上の先輩。口うるさい奴。それが炎山の持つ桜庭への印象だった。
練習をサボると嫌ってほど小言を言ってくる。自分とは真逆で華のないレスラー。だからこそ、技と体を磨く、古風な男。
決して性格は合わないがその技量は生意気な炎山も一目置かざる得ない男であった。
新人王優勝。若手ナンバーワン。次期スター選手の最有力株。
そんな桜庭が今弱弱しくベッドに倒れこんでいる。
桜庭だけじゃない、あの化け物のように強い前田までもが死の淵をさまよっている。
「・・・・・・・え・・・・ざん」
ふと、聞き取れないほど微かな息が桜庭の口から漏れる。
「先輩!!!」
炎山はそれを聞き逃すまいと桜庭の口元まで耳を近づける。
すると、ふいに、炎山の手を桜庭はグッと握りしめた。半死の人間の強さではない。
「・・・炎山・・・頼む・・・頼む・・・倒してくれ」
桜庭はグッと目元に力を入れ、包帯の隙間から炎山を見つめた。その眼には涙がたまっている。
それを炎山はしっかりと見つめ返す。炎山の目元にも薄っすらと涙がにじむ。
炎山は桜庭の手を強く握り返した。
「安心して下さい先輩・・・絶対、俺、やりますんで・・・加賀倒しますんで」
それだけ聞くと、桜庭はほっとしたようにすっと目を閉じた。それと同時に手の力も抜けていく。
炎山の胸に去来するのは、自己嫌悪?不甲斐なさ?いや、決意であった。
自分の命と代えても加賀流を打ち倒す決意であった。
炎山はパッと踵を返し、病室を出る。特訓せねば。練習嫌いだった。これから短期間少し練習したところで代わりはしないかもしれない。それでもやらねば、加賀流を倒す確率が少しでも上がるならなんでもしなければならない。
くよくよしている時間は1秒もない。今すぐに特訓を始めねば。
病院の廊下を歩く炎山に誰もが道を譲っていく。その眼には鬼が宿っていたからだ。その気迫たるや、間合いに入ったものすべて粉砕せんとするほどであった。
その時、電話が鳴る。
「はい」
「炎山か?」
寿プロレス社長のアントキノ猪狩であった。
「前田と桜庭がやられたそうだな。もう、任務は終了だ。お前だけでも帰ってこい」
「兄貴二人半殺しにされて、寿は逃げるんですか」
「お前一人じゃ無理だ」
「・・・すんません社長。加賀殺すまで、会社に帰りません」
「おい、炎山・・・!?炎山!?」
炎山は電話を切り、病院を後にした。