第二十八話 「ぬくもりと言う名の獣道」
夜更け前、薄暗い4畳半。
ここが前田の全てである。
男は一日中ここで身体をいじめぬく。
前田が自身の部屋に引き籠るようになって早15年である。
小学6年生の頃、酷い虐めにあった。
ガキ大将とその取り巻きに囲まれて袋叩きにされた。
きっかけは特にない、強いて言えば、女の子の様に髪の毛が長く、肌が白く、その上生意気な前田の態度が気に食わなかったからだろう。
それが何日も何日も続き、ある日前田は学校に行かなくなった。
いや、いけなくなった。
それからだ。前田が徹底的に身体を自身の部屋で虐めぬく様になったのは。
引きこもりから2年後、前田が14歳の頃、彼の街で事件があった。
中学生5人がフードをかぶった男に全身の骨を折られ、重症を負ったと。
この5人とは前田を小学生の頃虐めていたガキ大将とその取り巻きで、フードの男とは前田修人のことだった。
前田の犯行はすぐに警察にバレ、前田は少年院に入ることになった。
少年院でも前田は気にくわない奴らを徹底的に叩きのめした。
こんな話がある。少年院を仕切っているガタイのいい青年と前田が小さなことがきっかけで口論となった。
雑居房の中で青年が前田のことを少しからかったのである。「お前、女みたいな顔してるな、俺のをしゃぶってくれよ」青年はそう言った。これに前田がブチ切れたのである。
口論がヒートアップし、青年が前田の胸ぐらを掴むと、前田はその青年の手まで自身の口を近づけた。
すると、ガブリと食べてしまった。青年が前田の口から指を引き抜こうとするが、万力で締め上げられる様な力で抜くことができない。
ブチリ、と嫌な音が聞こえた。
前田が青年の指を噛みちぎったのだある。
青年は思わず身体を丸めて蹲る。顔には涙が流れる。
前田は口からぺっと指を吐き出し、指が床にべちゃりと落ちた。
勝負はあった。が、これで前田は終わらなかった。
うずくまる青年の頭部を前田は何度も何度も自身のかかとで踏み抜いた。
「やめろ…やめろ…やめてくれぇええ」
青年の悲痛な声が聞こえる。
尚も止めない前田に雑居房の同室の少年たちが止めに入る。
しかし、彼らでは止められなかった。
前田の腕を持った時、彼のその涼しい顔とは裏腹、巨木の様に固く鍛え抜かれていることに気がついたのである。
気がついた次の瞬間には止めに入った少年たちも床に転がされていた。
看守が朝部屋を見回りに行くと、そこには血だらけになって転がる青年たちと、スヤスヤと布団で眠る前田を見つけた。
前田は独居房に入れられ、残りの少年院時代を過ごした。
少年院を出た時、前田は17歳だった。
それから前田は簡単なバイトを何個かやったが、どれも長くは続かなかった。
気に入らないことがあるとすぐに手が出るからである。
彼は暴力でしか自分の存在意義を見出せなくなっていた。
強いからみんな一目置いてくれる、強いからみんな自分を怖がる、強いから生きていける。
歪んだ彼の精神を誰もとがめることができなかった。
そんな折、見つけたのが喧嘩凸版であった。
最強を自負する男たちが大勢いた。
誰も彼も気に食わなかった。
強さと言うアイデンティティは前田にしか許されない。他の人間を制裁しなくては。
前田は手当たり次第に叩きのめした。
そして気がついた。暴力って楽しすぎる。
自分のことを強いと思っている人間をぶちのめすのは本当に楽しい。
例えばそれが人格者で日本最強のサンボ使いなら特にだ。
倒れた山口は思う。
スタッフの衣装で擬装し、近づき殴る。
油断していた。
しかし、あの打撃。おかしい。強すぎる。
オープンフィンガーグローブの中に恐らくメリケンサックでも隠し持っているのだろう。
考えを巡らしていると、頭上にかかとが迫っていた。
前田が踏み下ろそうとしているのだ。
それを山口は跳ね起きてかわした。
2人は初めて相対した。
160センチの小柄な山口と176センチの前田。
山口は前傾してタックルの体勢、前田は特に構えを取らずに立っている。
観客席からは大ブーイングの嵐であった。
前田の卑怯な攻めに抗議の声を上げている。
「あんた、自分のこと強いと思ったんだろ…たまんねえよな…ぶっ壊してやる」
前田が無造作に歩を進めて山口との間合いを詰める。
「あんたね、あんたにもね、見せてやりたいんですよ、ぬくもりという名の獣道を!!!」




