10 決着
理沙達とはぐれた俺達は自分達だけでナイトメア集団から逃げきらなければならない。
ちらりと背後を向けば、それなりに回復した枯谷が、ナイトメア一体の肩に腰かけていた。
驚く事だが、奴等には人間としての理性が少々残っているらしい。
人格はあれだが、研究者としての力量は有能だったのだろう。
それがこんな事にしか使われないなんてのは、怒りを通り越して悲しすぎるが……。
彼女の薬があれば、ナイトメア化してしまった人達の治療にも希望が持てるかもしれないというのに。
さきほどから無言でいる水菜も、その可能性を考えているのだろう。
だが、彼女は私情よりも任務を優先する性格だ。
「やはり、枯谷をこのままの話にはできないわ。彼女の技術は驚異的すぎる。最低でも、彼女だけは確保するべきだと思う」
「ああ、そうだよな」
それが分かってるからこそ、俺もこの場では余計な事は言えない。
「彼女に連絡して、ナビゲートしてもらいましょう」
「彼女? ああ、近藤さんか」
瞳お嬢ちゃんと合流する時に切っていた、組織配布の連絡機でかけて頑張り屋の新人さんを呼び出す。
手早く状況を説明して、上に増援を頼んだ。
そして、逃走ルートのナビゲートもだ。
「任せてください。お二人の現在位置から、最適なルートを案内させてもらいます」
張り切った声で述べる彼女の声は、弾んでいる。
水菜の親子関係の事は彼女はまだ知らない。
細かい因縁やらを知らないから、とれる明るい態度だろうか、凄く助かった。
頼もしい事だ。
「あ、この先に洞窟があるみたいですけど、避けた方が良いですよね」
「ん、洞窟? そんなんがあるのか?」
「はい、防空壕として何十年も前に使われていた様ですけど」
戦争時代の名残というやつだろう。
町が滅ぶ前よりさらに昔に、人にわすれられた場所があるとは思わなかった。
ともかく、それは使えそうだ。
水菜が、俺の表情を見て問いかけてくる。
「何か思いついたのね」
「ああ、これが俺の取り柄だし。水菜で良かったらのっかってくれると、ありがたいんだけど」
「乗るわ。他でもない貴方の提案だもの」
洞窟内は暗かった。
けれど、内部は一本道になってるらしいから、迷わずにすむ。
背後からは複数の足音。
さすがに入り口内では、躊躇いをみせたが結局は置てきたらしい。
理性が残ていると言うのも考え物だ、暇な時に考えに考え抜いた俺の煽り文句が効いたのだろう。
奴らは順調に後をおいかけてきてくれる。
そして……。
「崩落してたら、危なかったけど。よっしゃ」
洞窟の出口がみえてきた。
枯谷がこの町に潜伏していた期間は一週間。
最近の入居者である彼女等が、こんな地元住民ですら忘れてそうな場所に気が付くわけがない。
洞窟の出入り口前で待ち構えるように立って、俺は水菜に確認。
「ええと、本当に良いのか?」
「構わないわ」
「そ、そっか」
俺は水菜の肩を掴んで、緊張しながら顔をちかづける。
何だか、支部に迷い込んだあの時とは逆になってるな。
水菜は彼谷のせいで、普通の一般人となってしまっている。
だが、それは簡単に克服できるものだった。
今度は自分から、唇を奪って自分の血を相手に分け与える。
顔を離すと、心なしか水菜は満足そうだった。
「ごちそうさま」
「それ、俺の台詞だよね!?」
もう数か月一緒にいるし、そろそろ彼女の言動になれてきたと思ったが、やはりときどきよく分からない。
そこに近藤さんナビで別本面から合流してきた理沙と瞳お嬢ちゃんも加わる。
連絡機は、俺達の方は三人で一人の所持だが、合流する前に一人で行動していた瞳お嬢ちゃんも持っていたようだ。
「水菜! 無事ね、話は聞いたわ」
「そちらも無事だった様ね」
合流の喜びでだきついた理沙は、俺が視認できない角度で何かしてる。
詳しく言うと、あれだから言葉を濁すけど。
ようするに、水菜の戦力を増やすためにする、俺と同じアレだ。
「こ、これって変な気分になるわね」
「そう?」
見ない分、ひそひそ声でよけい想像がかきたれられるから俺の男の子の部分が大変。いや、だからって女の子の部分なんてないけど。ちょっと何期待してんのよっもー!
ふぅ、気が紛れた。
「水菜、よく無事でおった、誉めてつかわす!」
で、得意そうな瞳お嬢ちゃんがかけよって、しゃがみこんだ水菜に抗体付与。
あ、普通に微笑ましい。
子供枠って特別だよな。
何とも言えない気持ちをもてあましたり、ほっこりしていたが、時間にしてはわずか十数秒。
洞窟の内部に視線をむける。
そろそろやってくる頃だ。
気配が近づいてきた。
頭上からはヘリの音がしている。
「じゃあ、ぶっとばすか」
「ええ」
「任せて」
まず、はじめにあらわれたナイトメアたちの時間を理沙がとめる。
そして、俺がダイヤモンドダストで、相手の動きをにぶらせる。
あとは、
「水菜は立派だよ。お前は、お前の娘の成長を喜べないんだから、損だよな」
「さようなら、お母さん」
水菜が能力をはつどうさせた。
相手に幻の苦しみをあたえるというもの。
三人がけした能力を喰らった相手はきっと地獄の苦しみを味わっているだろう。
だが、同情はしない。
きっと水菜の方が何倍も苦しかっただろうから。
この時点でほぼ無力化されているが、それは一時的なもの。
追い打ちをかけるように、ヘリから洞窟にミサイルがふりそそいだ。
崩落した洞窟のないぶから、増援のエージェントたちが枯谷一味を掘り出してつかめている。
至近距離にいたためか、俺達もちょっと余波をくらったので、手当されていた。
そんな中、最初にミサイルぶちこんできたヘリから、奴が降りて来た。
「んな。あいつ……」
別に前人未到の場所でもないだろうし、こういう機会なんだから、いてもおかしくないのだが、出会いが出会いだっただけに身構えずにはいられない。
「一応来るんだな……」
父親としての自覚があるのか、組織の長の仕事としてなのか、分からないが。
奴はこっちを一瞥した後、枯谷の回収作業へ加わって行った。