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世界を変えてやる

「自己紹介といこうか。俺は葉隠炎夜。黒焔の頭領だ。直接顔を合わせるのは、初めましてだな」



「レイン・エンフィールド。貴様らの怨敵にして、貴様らを狩る者だ」



「統合協会の犬か。星火から離反した俺達を抹殺しにくるとは、中々いい度胸だな」



 寺の屋根に立つ私を見上げながら、葉隠は数歩近づく。私との間合いは、二十間弱といったところか。葉隠の周囲の空間が徐々に赤熱し始めた為、奴の顔がはっきりと見えてきた。



 短い黒髪は逆立ち、活発な印象を与える。半眼に閉じられた眼は、剣呑さを含んだ視線を私に突き刺してくる。通った鼻筋と真一文字に結んだ唇は、若々しい。二十二歳と聞いていたが、もう少し下でも通用しそうだ。



 だが、容姿よりも何よりも、もっと重要な要素がある。これだけの距離を離れていながら、明確に伝わってくる熱波だ。炎術を行使していないにも係わらず、葉隠の周囲の空間が歪んで見える。



 日輪、いや、橘八千草とかつて四ツ葉の五層三区で戦ったことがある。あの時、彼女も似たような現象を発動させていた。炎の熱を高く高くしていくと、その色は赤から青になり、最終的には透明に近い薄青になる。気流の変化でどうにか察したものの、不可視の熱炎は十分脅威だった。



 "落ち着け、あれは単なる陽炎だ。葉隠の体が放つ熱が空気を歪ませているだけで、橘の力とはまた違う"



 恐怖を理性で抑え込む。見た目が似ているだけで、中身は異なる。それを頭では分かってはいる。だが術も行使しない内に、葉隠は陽炎を生み出す程の熱を生じさせている。それはそれで、警戒すべき要因だった。



「ああ、そうだ。統合協会、そして星火の依頼を受けて、私は今ここにいる」



 一つだけ嘘を混ぜ、私は答える。かっての同志に完全に見捨てられたと、葉隠を動揺させる為に。



「そうか、星火もようやく重い腰を上げたか。遅いのさ、色々とな」



「笑っていられる立場か? 貴様ら黒焔の素性はもとより、存在自体が否定されているんだぞ。そして私の手によって、六人中三人は戦闘不能ときている」



 失敗。葉隠の反応をみる限り、動揺など欠片も無い。だが、まだ揺さぶりをかけてみる。



「降伏勧告かい、レイン・エンフィールド。だとしたらおあいにく様だな。こんな日が来ることは、既に俺達は織り込み済みだ。高々六名くらいでは、大した勢力になれないことも」



「滅亡を覚悟してでも星火を離反した、とでも言いたげだな?」



「ああ、ある意味な」



 ザリ、と玉砂利を軽く踏みつつ、葉隠は笑った。若さに似合わない暗い笑顔が、熱で歪んだ空気を通して私の方を向く。



「生きるとか死ぬとか、そんなことは二の次さ。俺達は自分達が納得出来る死に場所を求めて、星火を離反した。こう言えば分かるか?」



「死に場所か。その割りには必死で抵抗するようだが」



「存分に暴れてから散りたいのが、不自然とは思わないだろ。取り敢えずそこから降りてこいよ、レイン。お前に高所から見下ろされるのは――」



 葉隠がすっと右手をかざした。その手が蒼く輝いている。蒼い炎、いや、熱源か。ただの狐火にしては、やけに濃厚な炎に見えた。



 何にせよ、この圧迫感は。



「――癪に触るんだよおおお!」



 やばいだろう!



 炎使いとは戦ったことも共闘したこともある。例えば、橘八千草は狙った視界を瞬間燃焼せしめた。星火の部隊は、手元に狐火を生み出して、それを放射ないし投擲してきた。葉隠は元々星火に属していた男だ。だから、当然同じような炎を使うと想定していた。



「がっ......!?」



 呻きが自然と漏れた。自分の無事を信じられない程、私は衝撃を受けていた。咄嗟に構えた左腕、そこにモリブデン鋼で防御壁を展開したのに。



 "一撃で台無しだと"



 目で追えた限りでは、葉隠の攻撃は圧縮した狐火を炸裂させる術らしい。手のひらを炎を集める器とし、そこに溜め込んだ蒼い炎を一気に放ってくる。



「へえ、流石にこれくらいじゃ倒せないか。じゃ、遠慮なく削らせてもらうぜ」



「黙って受ける馬鹿はいないさ」



 なるほど。超高濃度に圧縮した火炎は、その内側からの反発力で恐ろしい程の速度で飛ぶ。右に左に跳びながら、私は何とかそれを避ける。いや、正確に言えば直撃だけは免れる。



 重い。蒼い火炎の榴弾が右肩を掠めた。衝撃と熱で、私は屋根の上を吹っ飛ぶ。耐火之鎧(フュルフェスト)を纏ってですら、これだ。



 そこに更に追撃だ。右腕の鋼索(ドロート)を振るい、渦巻き状にして受ける。強化鋼の表面は弾け、火炎を巻き込んで消失した。「へえ、いい反応だ」と葉隠の声が聞こえる。馬鹿言え。私の錬金術で変成した武器を、たった一発の火炎で消し飛ばすだと。



 私がいい反応と言うなら、お前のその火力はさしずめ大砲か何かだ。速度と貫通力を考えれば、対人性能は上回るかもしれない。



「っ、調子に乗るなよ!」



 相手の火力に、自分の劣勢を思い知らされる。その弱気を自分への叱咤で鼓舞し、私は思いきって屋根から飛び降りた。幸いなことに、動ける残り二人はかなり距離を開けている。葉隠の邪魔はするまいということらしい。



 防御しきれない炎に身を焦がしながら、私はそれでも対抗手段を考えていた。



 "あの凄まじい威力を誇る収束火炎ならばこそ、そこまで連発は出来ない"



 仮説その一。葉隠炎夜の攻撃には、必ず空白が生じる。思考しつつ、私はピイスメイカーを構える。着地からこの間、僅か二秒程度。



 "攻撃に特化した系統の炎使いならば、防御は手薄い"



 仮説その二。炎使いの中には、火炎を自動防御の手段(ツウル)として使役する者もいる。だが、恐らくそれは無い。これ程の速度と火力を装備した代償は、必ずあるはずだ。



「貰う!」



 右手一本で構えたピイスメイカーから、反撃の銃弾が吐き出された。狙いは悪くない、届け!



「悪あがきを!」



 回避、いや、防御しただと。私の構えから射線を割り出し、左手一本で受け止めた。馬鹿な、拳や蹴りじゃないんだ。ピイスメイカーの通常弾は、鉄の薄板さえも突き破るというのに。



 "火炎を高速で流すことによる流体防御か"



 左手。そこに薄く蒼い炎が流れている。なるほど、そんな技まで身に付けているのか。見誤っていたらしい。右手は確かに攻撃特化だが、左手は防御に回していたという訳だ。射撃を前にして冷静に捌くその精神力を含め、鉄壁の防御と言って差し支えが無い。



 "遠距離攻撃も効果は薄い"



 ならば、接近戦に活路を見出ださねばならない。だが、あの超高速火炎を前にして、どうやって間合いを詰める。迷いから思考が弾ける前に、私はピイスメイカーの最後の一発を撃ち込んだ。止められる。またあの左手だ。



 時間稼ぎくらいにしかならない。



 だが、その時間稼ぎのお陰で、次の一手は決まった。



「弾切れか。大人しく地面に降りてきた礼に、手足の一本も吹っ飛ばしてやるよお!」



 喋りながらも、葉隠には隙が無い。再びその右手には、あの蒼い火炎が集まっている。静かなる業火とでも言えばいいのか。凄絶な笑みを浮かべ、黒焔の若き頭領はこちらに必殺の炎を向ける。



 だが、同時に貴様には見えただろう。私もまた同じような笑みを浮かべていることに。



 そして、私の碧眼が赤い光を灯していることも。



「行くぞ」



 あの予言能力を操る人外、玉木往涯すら一度は退けた奥の手。



「世界を変えてやる」



 沢渡井澄(さわたりいすみ)の全てを賭けた鋼糸の罠すら見破った、究極の反応速度。



「――停滞世界(ヴェルト)!」



 その瞬間、私の視界の全ては動きを止めた。





 遅い。何もかもが遅い。葉隠炎夜の動きが遅い。奴の右手が動く速度も遅い。動き始めてから余裕を持って、私は回避行動を取れる。だが、私の動きが速くなったわけではない。速くなったのは、私の反応速度だ。それも目で捉えた物だけに限定される。



 "だが、それだけでも雲泥の差だ"



 目で見てから実際に動きだすまで、人はほんの少しだけ時間を要する。それは時の流れ全てから見れば、極々僅かな時間だ。けれども、戦闘という極限状況下では、その僅かな時間のずれは生死を分ける要素(ファクタ)となる。



 広い意味で考えれば、停滞世界(ヴェルト)は身体強化魔術の一つになる。視神経を極限まで強化し、動体視力を飛躍的に高める。一見地味ではある。だが、ある程度戦闘経験を積んだ人間が使えば、その効果は絶大だ。



 "右手がこちらを向く"



 葉隠の動き出しの瞬間を捉え、私は即回避行動を取る。ただ単に横に避けるのではなく、斜め前にだ。奴との間合いを詰めなければ、わざわざ停滞世界(ヴェルト)を使った意味が無い。



 撃とうと思った瞬間、既に私が回避していた。恐らく葉隠の目には、そのように映ったはずだ。動き出しの瞬間を捉え、視界から得た情報を瞬時に運動神経へと伝達。その連続が生む結果は、常に私が行動の先手を取ることになる。



「外れただと」



 火炎の榴弾が大きく外れ、葉隠は驚いたようだ。この間に詰めた間合いは、私にとっては黄金にも勝る価値がある。停滞世界(ヴェルト)は長くは使えない。眼球にかかる負荷が大きい為、使う機会はこの一回と決めていた。下手をすれば失明。更には暴走した視神経から得た情報が、脳へと逆流する恐れもあるからだ。



 コマ切れに刻まれた時間を、私は駆けた。抜け、ナイフを。変成しろ、それを。身体強化魔術で手の動きを加速し、私は走りながら左手でナイフを抜く。そして、発動するは錬金術だ。



「刻め、銀之長剣(ズィルバーシュヴェールト)!」



 ナイフ三本を素材にして、私はそれを剣へと変成させた。集中力が削がれ、停滞世界(ヴェルト)が解ける。だが、もういい。葉隠との間合いは、完全に接近戦の範疇だ。



 斬撃が銀色の軌跡を描く。あわよくばこれでと思ったが、葉隠も必死で抗う。銀の刃が噛み合ったのは、奴が瞬時に生み出した火炎の刃だ。狐火を刀の如く収束させ、それをぶつけてきた。



「やるじゃないか」



 私の呟きに、葉隠は無言のまま炎刀に力を込める。何とも言えない軋みをあげて、二つの刃が競り合った。

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