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決着をつけようじゃないか

 金属と炎という全く異なる性質が、鎬を削る。剣と刀という似て非なる形状を以て。私の長剣が閃き、葉隠に迫る。左肩を狙った一撃は、しかし辛くも防がれた。



 歯痒い。普段ならば届いたのではないか。葉隠の火炎による負傷が、私の斬撃の鋭さを鈍らせている。押し切れるはずが押し切れない。



「踏み込みが浅いんだよ!」



 怒声と共に、葉隠が弾き返した。蒼い炎の刀身が反り、真一文字に私を薙ぎにかかる。見極めは出来る。縦にした長剣で、それを受けた。器用に流すような真似は出来ないので、真っ向から受けて立つ。



「ぐ、うおおおっ!」



「おおっ!?」



 私の腕力が予想を超えていたのか、葉隠が驚きの声をあげた。身体強化魔術について知識はあっても、実際に対峙するのは初めてなのだろう。競り合いはごく短時間に終わり、お互いがお互いの隙を狙う。



 私は長剣を振り回す。葉隠の戦闘衣を掠める。血飛沫はあがらず、内心で舌打ちする。それと同時に、葉隠が下段から一気に捲る。顎を狙った一撃は鋭い。だが、これを私は顔を反らしてかわした。火炎の残滓(ざんし)さえもよけきり、反撃。



 "手傷を負ってはいても、技術と身体能力で上回る"



 数合打ち合い、私はそう判断していた。僅かな差だが、この間合いなら私が有利だ。奴の本質はあくまで火炎使いであり、遠距離こそが間合い。接近戦は譲らないし、譲れない。

 また数合、私の長剣と葉隠の炎刀がぶつかり合った。金属が散らす赤い火花に、零れた蒼い火炎が重なる。それらが消えぬ内に、また新たな重なりが生まれる。



「統合協会の犬がっ......! 大人しく燃やし尽くされていれば、まだ可愛げがあったというものを!」



 葉隠の声を、私は無視するつもりだった。だが、何故か反射的に反応していた。



「逆恨みだろう。前線に出て敵と対峙することを、お前ら星火は引き受けたんだ。私の指揮がまずかったというが、ならば誰が他に指揮を取れたというんだ!?」



 どうしても自己弁護になってしまうが、これだけは言いたかった。橘八千草を追い回し、更には玉木往涯さえも相手にしなくてはならなかった。最適の判断を下していたかは分からないが、あの状況下では無傷はあり得ない。



「分かっている、分かっているさ!」



「馬鹿な、分かっていればこんな暴挙になど出ないだろうに!」



 葉隠の理屈に合わぬ言葉を論破しつつ、私は左手で残った最後のナイフを抜く。右手に長剣、左手にナイフの二刀流だ。



「分かってるんだよ、俺が言っていることが八つ当たりで! あんたが言っていることが正しいってのは!」



 けれども、葉隠はそれに気がついたのかどうか。恐ろしい程がむしゃらに、炎刀を振り回す。技術など欠片も感じさせないが、ただその気迫だけで私に抗う。



「だったら、さっさと投降しろ! 仮にこの場で私を討っても、どのみち別の刺客が来る。お前ら黒焔が生存出来る可能性は無い!」



 交差するように構えた長剣とナイフで、鉄壁の防御を築いた。ナイフで炎刀を受け、長剣で隙を突く。あるいは、長剣で防ぎ、裏拳気味に繰り出したナイフで葉隠を狙う。防御を攻撃に繋ぐ技術は、私が一枚上手だった。



「だからどうした。生存が何だ。失って、喪って、それでもまだ頭を垂れて生き続けて――俺はそれを良しとしない!」



 数度私に切りつけられた後でも、葉隠は吠える。その目は未だ闘志を失っておらず、いや、更に燃え盛っている。こういう目をした相手に、私は何人か会ったことがある。劣勢になりながらも、けして諦めない。自分の損得を考えず、全戦力を注ぎ込んでくる。



 その一刀を受け止める。私の目と葉隠の目が合った。



「四ツ葉に送り込まれた星火はっ!」



「現星火燎原の反対派だったんだろう。依頼を受ける一方で、星火の内部分裂を恐れた星火燎原は、邪魔な派閥を消しにかかった。一石二鳥だった訳だ」



 葉隠が息を呑む。動揺を隠すように、炎刀を切り返してきた。未だその斬撃が鋭さを失わないことに驚きつつも、私は長剣で受け止めた。体に走る痛みを我慢して、これを弾き返す。目に映るのは、再び斬りかかる葉隠炎夜の鬼気迫る――だが、どこか痛ましい姿だった。



「反対意見こそあったが、お前らは星火の一員ではあった。だが、あの四ツ葉侵攻を切っ掛けに、いとも簡単に切り捨てられた訳だ」



「......言うなっ」



「その中でも今回離反した六人は、本当に手痛い損失を被ったのだろう。親兄弟あるいは恋人を失い、絶望した。だから星火を離れ、死地を求めて彷徨っているといったところか」



「言うなぁぁああああああっ!」



 図星だったらしい。葉隠は顔面を蒼白に染めながら、私に斬りかかる。炎刀の照り返しが強くなり、その目が炎を映していた。最上段に構えてからの、真っ向唐竹割りか。素直過ぎる。右に軽く交わし、すれ違いざまにナイフで切りつけた。



「浅いか」



 だが、手傷は手傷。「ぐっ」と低く呻きつつ、葉隠は尚も抵抗を止めない。赤い戦闘衣は奴自身の血を吸い、更に色を濃くしている。



「悔しいか、葉隠炎夜」



 私は一歩間合いを詰める。勝ちへの道筋が見え始めた今、手を緩める道理はない。容赦なく追い詰める。



「お前ら黒焔が真に憎むべきは、星火燎原であり、保守派の星火の連中のはずだ。だが派閥争いに敗れ、更に見捨てられたという衝撃から、お前らは自分を誤魔化したんだ」



 抉る。慈悲の欠片も無いことを自覚しつつ、私は剣ではなく言葉で抉る。だが、その一方で私は自分を嘲笑(わら)わずにはいられなかった。裏切られ、自暴自棄となった葉隠炎夜の姿は、私の記憶を刺激するから。




******




「これ以上、お前を傷つけさせはしない」



 ――あの時、私は沢渡井澄(さわたりいすみ)に確かにそう言った。



「……なにが、傷つけさせはしない、ですか……あの作戦で、あなたたちを失ったと思ったとき! あの燃え盛る山で、八千を失ったとき! そして、八千草が失われようとしているいま――――どれだけ、傷つけてきたと思っているんだッ!!」



 ――けれど、彼は怒った。烈火の如く、怒りに身を沈めた。私と村上が良かれと思って仕組んだ事は、彼にとってはこれ以上無いほどの裏切りであり、侮辱だったから。



「他にどうしようもなかった。お前を往涯の手に落とさないためには、お前が暮らす世界を平穏に保つには、ああするしかなかった」



 ――本心だった。他に何も無い私にとって、亘理井澄(わたりせいと)の安全だけが全てだった。それが例え、本人の意思を無視した裏切りであろうと。



「だれが頼んだ。私と、亘理井澄は、たとえ危険に身を晒し己が擦り切れてしまうとしても、大切な人と過ごす日々だけが欲しかった……!」



 ――殺言権(キラーワード)の代償として、沢渡井澄(さわたりいすみ)は自分の記憶を擦り切らせていた。掠れていく自分の記憶の彼方に必死でしがみつき、彼は戦っていたのに。



 私は。



 レイン・エンフィールドは。



 そんな何より大切な彼を裏切り、無理矢理手元に閉じ込めようとしたんだ。




******




 "お笑い草だな"



 口の中で溜めた自嘲を噛み殺しながら、私は長剣とナイフを繰り出す。葉隠、お前の気持ちは分かる。信じていた者に見捨てられ、大事な者を無くしたんだろう。私には分かるさ。何故って、私は既にその罪を犯したからだ。優しさに見せかけた裏切りを、私は犯したからだ。



「かっ......!」



 それだけ手痛い目に逢いながら、お前はまだ抵抗するのか。口から流れる血は、内臓が傷つけられた証拠だろう。掠り傷が多いとはいえ、手数では圧倒的に私が圧しているんだ。勝負の天秤はお前には傾かない。まだ手向かう気迫は大した物だが、お前の打てる手は限られている。



 いくらお前があの日の井澄(せいと)に、井澄(いすみ)に重なるとしても。



 私は負けられないんだ。私もここで止まる訳にはいかない理由があるから。



 がむしゃらに炎刀を振り回していたが、葉隠もそろそろ限界か。よろめきながら、必死で距離を保とうとする。その手から炎刀が消えた。もう維持するだけの力も無いのか。だが、ここで間合いを保たせては面倒だ。追いすがり、一撃叩きこもうとした瞬間だった。



 視界が灼けた。白い閃光が迸り、私の視界を奪った。



「は、はは、引っ掛かりやがったか。ぎりぎりまで溜めた甲斐があったぜ」



「貴様......!」



 葉隠の声は遠い。距離を引き離す為に、奴は、そうか。あまり刀を握らなかった左手か。流体火炎を凝縮させて、一気に点火させたのか。



「レイン。あんたの言う通りさ。俺達は負け犬だ。大した大望も無く、ただ自暴自棄になって、星火を飛び出したちんけな連中さ。本当なら恨みは星火にぶつけるべきだが、それが怖くて出来ねえってだけだ」



「......そうか」



 まだ目をやられたまま、私は呟く。葉隠が距離を離した以上、あの火炎の榴弾が襲ってくるだろう。そうなればお仕舞いだ。だが、そうはならない自信があった。



「だが、だからこそ、あんたくらいは道連れにさせてもらう。吹き飛べよ、レイン・エンフィールド! この俺の最大火力で!」



「吹き飛ぶ? 誰がだ」



 残念だったな、葉隠。実際以上に消耗したと演出して、目潰しを仕掛けたまでは見事だった。私も引っ掛かったよ。だが、そこまでだ。



「は、お前に決まって......な、何、腕が動かな、いだと? な、何だ、これは!?」



「勝負には何が起こるか分からないからな。錬金術士(アルキメエステ)たる私が何回切りつけたと思っているんだ」



「う、ぐおおぉ......がっ!」



 呻きながらも、葉隠は何とか体を動かそうとする。けれど、ぎしぎしと軋むような音しかしない。視力を取り戻しつつある私の目が、葉隠を捉えた。両の手から漏れる炎が揺れる度に、奴の体が煌めく。それは、服の布地や人体ではあり得ない光沢だった。



「金属っ、くっ、くそっ、まさか何度も何度も切りつけていたのは、この為――」



「ああ。武器から金属への逆変成を施しながら、切りつける度に金属を少しずつ刷り込まさせてもらった。お前が目潰しを企んでいたように、私も策は講じさせてもらっていたのさ」



 錬金術には条件が幾つかある。術士が直接手を触れるというのも、その一つだ。だが、ごく限られた分量が対象であり、そして術士からの距離が遠くなければ、遠隔操作も不可能ではない。



 両手両足、肩、腰、背中と、葉隠の体の多数の箇所が銀灰色に染まっていた。かなりの重量がかかっているはずだ。自分の体が思うように動かせない焦燥から、葉隠は思いきり吠えた。だが、それすら苦痛なのか。声は遮断され、夜空に消えた。



「哭け、灰鉄之牢獄(アイゼンゲフェングニス)



 体を蝕む金属の束縛が、葉隠の全身を包む。各所に散っていた戒めが、隣同士を求めて伸び、堅く結束する。異物に蝕まれた体は、動こうとする意志すらも放棄する。



「く......レ、イン......」



 それでも、葉隠炎夜は右手をぎし、とこちらに向けかけた。そこに僅かに燃える蒼い炎に、奴の執念を見た気がする。だが、それが限界だった。



「せめて安らかに眠れよ」



 きし、と金属の束縛が軋む音に重ねて、私は呟いた。葉隠は完全にその動きを止めていた。

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