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13.番外編1:満点怪盗、追試アリ! 前半

 



会誌に載せた方の短編です。

なぜ、どうやって、《五月革命》は盗まれたのか。『鬼門組』の視点からお送りします。



 

1.依頼来たる!


 (いろ)(みね)海人(うみと)には、学校を出ると真っ先に向かう場所がある。高校から家までの通学路の途中を、少し外れた裏通りある、小さな喫茶店だ。コンクリート造りの武骨な外観に、古びた木の看板がぶら下がっている。《喫茶店Milky Way》手書きらしい下手な字は、風雨に晒され掻き消える一歩手前だ。ちょっと通りすがっただけでは、これが店であるとは気付けないだろう。

 営業中、の札が掛けられたドアノブを捻り、中へ。

 橙色のランプは店内に暖かみをもたらしていたが、それでも、コンクリートむき出しの壁は冷ややかだった。ゆとりをもって設置された家具には店主のこだわりが見え、カウンター、椅子、テーブル、観葉植物の鉢にまで、同じ意匠の装飾が彫り込まれている。大した広さは無い。カウンターの向こうに酒瓶やグラスが並んだ棚と、小さなキッチンがあって、さらに奥に階段がある。階段の裏側に小さなシャワー室があって、二階へ行くと店主の住居になる。

 店内には、二人の男がいた。一人は足沢(あしざわ)雪人(ゆきひと)。金髪の成人男性。この店の主である。カウンターの向こうでタブレットをいじっており、海人に気付くと軽く片手を上げた。もう一人は、足沢の向かいに座ってオレンジジュースを啜っていた。同じ高校に通う同級生、()()両祐(りょうすけ)である。海人はひょいと彼の隣に座った。

「いよっす、リョウ。相変わらずお前、早いな」

「お、ようやっと来たか、ウミ。お前んちクラスはいっつもおっそいよなぁ」

「タニーの話が長ぇんだよ」タニーとは谷弓先生――彼の担任のこと。「あ、アシューさん。俺、いつもの」

「はいよ。アイスでいいよな?」

「うん」

 簡単なやり取りを済ませると、不意に両祐がこちらを向いた。

「そういやぁよー、ウミ。聞いてくれよ。俺、今日の週テストの追試、落ちちった」

「はぁ? 嘘だろお前。まさか、またやったのか?」

「うん。寝てた」

「アホか。何度繰り返せば気が済むんだよ」

「追々試月曜なんだよなー。最悪ー、起きれる気ぃしねぇ」

「あーあ、知ーらね。ま、せいぜい頑張れよ」

 海人が突き放すと、両祐は謎の呻き声を上げながらカウンターに突っ伏した。

 足沢が「学生さんは大変だな」と苦笑ぎみに、アイスコーヒーを卓上に置く。

「あざーっす」

「ところでお前ら、明後日の夜って暇か?」

 足沢の声のトーンは通常通りだったが、目が仕事用になっている。高校生二人は目敏くそれに気付いて、顔を上げた。

「俺は暇ですけど」

「俺も暇ぁー!」

「追々試あるぞ。大丈夫か?」

「……だ、大丈夫! 補講なんかもう怖くねぇし!」

「そこまで行くといっそ清々しいな……ま、とにかく、俺ら二人は空いてますよ」

 聞かれたこと以上は口に出さない。それがここの流儀である。

 足沢はニヤリと笑って、一言「依頼だ」と言うと、カウンターを出た。

 二人も、同じように笑う。


 ドアノブの札を〈準備中〉に変え、鍵をかけると、足沢は定位置に戻る。こうしてしまえば、完全防音の店は絶対の安全圏となる。盗聴など決して許さない。

「で、アシューさん? 今回の依頼は何さ」

「これだ」

 両祐の問いかけに、足沢はタブレットを示した。そこには随分不鮮明な画像が出ている。

「へぇ、絵か」

「そう、油絵だ」

 薄くモザイクが掛けられていて、絵の内容はよく分からない。画面は、出展表示か何かのようで、下に〈油絵 title 五月革命 2,000,000~ size F50〉と書かれていた。

「今週の日曜――十五日だな。その夜七時から、オークションの見本市が開催される。主催は、古美術商の老舗《黒兎堂》。場所は、駅前のA().A().C().ホテル十二階にある、大催事場だ。分かるか?」

 海人と両祐は揃って頷いた。駅北にある最も大きなホテルだから、地元民で知らない人などいないだろう。

「この絵は作者不明だが、曰くつきの代物でな。歴代の持ち主が片っ端から、倒産したり殺されたりしている。その所為で、一部のオカルトマニアから熱狂的なファンが発生してしまったらしい。今回は、前の持ち主の意向で、競売にかけられることになったんだ」

「その、前の持ち主ってのはどうなったんです?」

 好奇心から海人が尋ねると、足沢は肩を竦めて言った。

「死んだよ。交通事故だ。この絵の噂は知った上で所有していて、『もしも私が死んだら、速やかに黒兎堂のオークションに出品しろ』という遺言を残していた」

 両祐が好戦的に目を光らせて「へぇ、おもしれぇ」と呟いた。

「で、誰かが買っちまう前に、俺らにこれを盗め、って?」

「そういうことだ。報酬は五百万。いつも通り、六・四」――と、足沢は人差し指を振る――「で分配する。いけるか?」

「俺らの取り分は百五十ずつか……どうする、リョウ?」

「そりゃあもちろん――」意味深に間を置いて、両祐は拳を突き出した。「――いかねぇーわけねぇだろ、ウミ!」

「だよな!」

 握り拳を力強く打ち合わせる。

 足沢が満足げに頷いた。

「んじゃ、マップや何かはこっちで用意する。他に必要なもんあったら調達しとくから、早めに申告頼むな」

 アイスコーヒーを一口飲んで、海人が聞く。

「オークション会場って忍び込むんすか?」

「どっちでも行けるぞ。会員制のオークションだけど、招待状は既に入手してある。一枚で二人まで入れて、二枚は確保したから、正面から入りたいなら使ってくれ」

「身元の確認とかは」

「されない」端的に答え、足沢は声を潜めた――潜める必要など無いのに。「そもそも、このオークションな、集まってんのは貴重品ばっかりだが、その内のほとんどが盗品や何かだったりするんだ。目立たないように普通の品を混ぜたり、カモフラージュしてあったりするけどな。……要するに、その筋の人間が集まりやすいってわけさ。よって、ボディチェックは入念だが、身元の照会はされない」

「サツは?」

「動いてる。けど、いつも決定的な証拠を捕まえられず、すごすご泣き寝入りしてるらしいぜ。主催者側は気付いてるが、わざと放っておいてる。ばれない自信があんだろ。今回も客に混ざって来るだろうから、充分気を付けろよ」

「オーケーっす」

「ちなみに、場所の提供者……A.A.C.は、一応まっとうな会社だけど、『金さえ払えば何をしようが、一切干渉しない』っていうスタンス貫いてるってことで、けっこう裏では有名どころだから、潜入は楽だろうけど、客といざこざ起こさないようにな」

「なぁ、その、あーく、って何の会社だっけ?」と、両祐。

「総合商社、ってやつだよ。手広く何でも扱うのが売り」

 海人がそう答えると、足沢が「ま、基本は貿易と、ホテル事業、あと観光だな」と簡単に補足した。

「ふぅん」両祐はどうでもよさそうに相槌を打って「あとさー、この依頼人って大丈夫なん? 俺らに五百も出すくらいなら、普通に買っても競り落とせるんじゃねぇの?」

「そこは俺も確認したさ。したら、どうしても盗んでほしいんだと。依頼人の詳細は、悪ぃけど、明かせない。でも、危険は無いから安心しろ。そこは俺が責任を持つ」

「おっけー、アシューさんが言うならそれでいいや」あっさり納得すると、両祐はニィッと笑ってみせた。「あとは、俺たち怪盗・鬼門組に、お任せあれってな!」


 怪盗・鬼門組

 正式名称ではない。複数犯であることと、犯行現場に残されていたメッセージカードの内容から、新聞記者が勝手に付けた、ただの愛称だ。……当人たちはちょっと気に入っていて、最近は自称もしているが。

『物から人まで、情報から思想まで、何でも盗みましょう』

 と言うのが売りである。

 情報屋でもある喫茶店《Milky Way》を活動の拠点とし、手がけた盗みはここ一年で七件に及ぶ。(足沢からの細かな依頼を含めたら、到底数え切れない。)その内、世間の話題になったものもならなかったものもあるが、失敗と言えるような結果になったのはただの一度だけ。それも、ちょっとした怪我を負ったぐらいで、ターゲットはきちんと盗み出したのだから、「狙ったものは必ず盗む」と言っても詐欺にはならないだろう。

 夜陰に紛れ、優雅に現れ、大胆不敵に犯行を繰り返す――現代に生きる華麗なる悪。

 その正体が、どこにでもいるようなこの男子高校生二人、木志両祐と色峰海人であることは、ここにいる人たちだけの秘密である。


 コーヒーを飲み干して、改めて海人は思った。

「にしても、準備期間短いな」

「仕方ないだろ。そのオークション、開催日時と場所が分かるの、三日前なんだよ。その上、商品の搬入も当日までしないし」

 両祐が眉を顰める。「うっわ、すっげぇ厳重じゃん」

「だからお前らに頼んだんだよ、鬼門組さま。そろそろいいか? 店開けるぞ」

「うーい」

 札を戻しに、足沢がカウンターを出る。

「リョウ、お前明日、部活は?」

「午前練で終了。そっちは?」

「一日」

「やっぱバスケ部は熱心だなー」

「こういう時だけは嫌になるけどな。――じゃ、しょうがない。明日の夜、またここで」

「おう、そうしよう。その間にやっておけることあるか?」

「手口いくつか考えといてよ。あと、現場の下見」

「オッケー」

 店が再び営業中になって、入ってきた女性――知っている顔だ。確か闇医者ってやつ――を横目に見つつ、海人は言った。

「……それから、追々試の勉強な」

「うっ」

 ちょうどジュースを飲んでいた両祐が、それに毒が入っていたかのように唸った。


2.Ah-u-lady?


 堂々と振る舞って違和感を無くし、空気に溶け込んで存在感を消す。それが潜入の基本である。両祐は普段着で平然とA.A.C.ホテルに入り、受付を素通りして横のカフェへ行くと、高級なオレンジジュースを(六百円とか高っ! アシューさんのとこならタダなのに……これ経費で落ちるかな…?)などと思いながら飲み干した。それから、適当なタイミングで客の一団に混ざって、さも当然のように七階で降り、ぶらぶらと歩き回る。一通り見終わると、ふらりとリネン室に入り込んだ。

 ここまでで、防犯カメラの類が、大体決まりきった位置にあることを確認できた。だが、一応別の階も見ておくべきだろう。業務用のエレベーターがありそうな場所に無かったことが気にかかった。あとは、非常階段とトイレ、搬入口、例の大催事場、できれば厨房や従業員室まで――見るべき場所が案外多いことに、両祐は「うげぇ」と舌を出した。

 両祐はリネン室をきょろきょろと落ち着きなく――その実、きちんと間取りや物資を把握していたのだが――見回しながら、帽子を被り直した。無闇に顔を晒さないよう、青い帽子を被っていた。明るい茶色の地毛も、一日限りの特殊な染料で黒に染めている。

(さっすが高級ホテル。シーツからタオルから、全部高そーだなー。でも結構溜め込むタイプ? 使用済みがこれだけ山になってるってことは……っとー)

 その時ドアが開いたので、両祐はことさら驚いた風を装って振り返った。

 入ってきたのは若い女性の清掃員で、目を見開いて両祐を見ていた。なかなか可愛らしく、魅力的な顔立ちで、小栗鼠のような印象を持った。空のカートを押してきていることから、おそらく、これから溜め込んだ洗い物を運んでいくのだろう。

「あっ、ちょうどよかった! ねぇねぇ、おねーさん」両祐は機先を制してにっこりと笑った。「新しいタオル欲しかったんだけどさぁ、ここにはねぇの?」

 清掃員は少しして、自分の職務を思い出したらしい。「……あっ、はいっ、こちらは、使用済みの物を回収するところとなりますので……新しいものをご要望でしたら、お手数ですが、フロントの方にお申し出いただけますか?」

「そっかー、ありがとう。このシーツの山、これから運ぶの? 一人で?」

「はい、そうです」

「へぇー、そいつは大変だ。あ、ごめん、お仕事邪魔しちゃって」と、両祐はひょいと脇に退いて道を開けた。

 最初は緊張していた清掃員だったが、一息ついた今となっては、この変わった客人に対して好意的な、というより、面白がるような雰囲気を出していた。

「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 両祐は空いていた棚へ無造作に腰掛けた。

「おねーさんは、このホテルに長くいんの?」

「いいえ、この間ようやく一年経ったところです」

「え、そうなんだ。ここの前はどこに?」

「専門学校ですよ」彼女は想い出に浸るように穏やかに微笑んだ。「高校を出て、専門学校に行って、一年学んですぐに就職しました」

「へぇ、それじゃあ、俺とほとんど歳違わないじゃん。おねーさん、なんっつったら、むしろ失礼だったな、悪ぃ」

「構いませんよ。……お客様は、おいくつなんですか?」

 質問がきた、ということは、心を許し始めている証拠だ。「俺?」両祐は悪戯っぽく笑った。「いくつだと思う?」

 彼女は作業の手を止めて、両祐を振り返って見た。「……十九、くらい?」

「お、すげぇ、惜しい! あと二カ月向こうだったら、大正解だったのにな」

「それじゃあ、」

「そ、十八歳。なりたてほやほやの大学一年生さ」両祐は息をするように嘘を吐いた。「ここへは家族で来たんだけど、俺、あんまし観光とか興味なくってさー。それよか、こういうホテルの中を隅から隅まで探索する方が、ずっと楽しいもんでね。それで、朝から親と喧嘩しちまった。参っちゃうよ、ほんとさぁ」

 彼女はくすくすと笑った。

「面白い人」

「褒めてる? それ」

「もちろん」

「ならいいや」彼は肩を竦めて「ところで、このホテルってさ、業務用のエレベーターって無いの?」

「無いわけないじゃない。ちゃんとあるわ。とっても見つけにくいところに、だけど」

「うっそ、あるんだ! 俺けっこうマジで探したんだけどなー、見つけらんなかった。うわー、悔しいなぁ。どこにあんの?」

「教えてあげてもいいけど、その代わり、ちょっとだけ手伝ってくれない?」

「お、いいよ、喜んで!」

 二人が協力して、すべてのシーツをカートに積み込むと、彼女は器用にカートを引いて狭い部屋を出た。「こっちよ。来て」

 L字型に曲がった廊下の、短い方の辺の先にリネン室は置かれていた。客用のエレベーターと階段が角の部分にあり、その前を通り過ぎて、彼女はL字の先端へ向かっていく。突き当たりの壁には〈非常口〉と書かれた金属の扉があった。

「実は、ここにあるの」と言って、彼女はそのすぐ隣の704号室のドアに従業員証を差し込み、開けた。「ほら、見えるでしょ?」

 言われて覗き込み、両祐は驚いた。そこは客室でなかった。細い無機質な通路が真っ直ぐに伸びていて、その奥には確かにエレベーターが三機、横並びになっていたのだ。

「うわぁ、すっげぇ、カッコイイなぁこれ! 秘密基地みたい!」

「ここより上の客室で、四番の部屋は全部こうなってるの。面白いでしょ?」

「面白い! すげぇよ、びっくりしたー! くっそ、こんなん、見つけられるはずねぇじゃん!」

 彼女は両祐のリアクションを面白そうに眺めて、くすくすと笑いながら言った。「これは秘密だからね。それじゃあ、私はそろそろ、ちゃんとお仕事しないと」

「うん、サンキュー! 仕事、頑張ってな!」

「ありがとう。旅行、楽しんでね」

「おう!」

 彼女が扉の向こうに消えるのを笑顔で見送ってから、両祐は踵を返した。本当に、良いことを聞いてしまった。これで随分と犯行が楽になったような気がする。彼女には悪いけれど、大いに有効活用させてもらおう。

   ★

「大催事場は、十二階の廊下の奥の方に両開きのでっけぇ扉があって、そこから入った」と、両祐は海人に語った。「横に長い部屋でさ、なんか……体育館をちょっと細長くして、天井を低くしたみたいな、そんな感じのとこだった。だだっ広くて何も無い。扉入って真正面の壁が、一面ガラス張りでさ。市内一望できる、ってーのが売りのあれだよ。厚手のカーテンが四か所にまとめられてた。他の三方の壁は、普通の白壁。床は固めのカーペットで、まったく滑らないね。上にシャンデリアが五つ。えーっと……入って、右側かな。そっちに従業員用の扉が、隠し扉みたいな感じであった。こっち側――客側から開けようと思うと結構めんどうだな。鍵はかかってなかったけど。扉の向こうは倉庫になってて、業務用エレベーターに直結してた」安っぽいオレンジジュースを呷る。「ま、そんなとこかな」

「なるほど。お疲れ、リョウ」

「うーい。で、どうする?」

 シンプルな問いに、海人の答えもシンプルだった。

「騒ぎを起こして奪う。以上」

 氷がコーヒーの中で硬質な音を立てた。


3.状況を開始する!


「まったく……」日曜の午後七時五分前。ホテルに着く頃には、海人は満身創痍だった。「なんでお前、ネクタイ一つまともに結べないんだよ……」

「そりゃ、今まで結んだことねーんだもん、仕方ないだろ。高校は学ランだし。中学ん時はブレザーだったけど、なんかこう……片手でカチッてやればくっついてくれるタイプのネクタイだったから」

「それネクタイって言わねぇから」

 二人はスーツに身を包んでいた。両祐は、細いストライプの入った光沢のあるスーツに、黒いワイシャツと青いネクタイ。地毛の茶髪と相まって、ホストのように見えなくもない。海人は、シンプルなダークスーツに、品の良い薄青のシャツで、ネクタイは緑のチェック。育ちの良さを感じさせる。元々一八〇を超える長身の二人なのだ。髪と服を少し整えれば、年齢を三つ四つ上に見せることなど容易い。

 これで八件目となる鬼門組としての仕事だが、どうしても事が収まるまでは緊張など薄れない。二人は鏡を覗くように、強張った互いの顔を見合った。

「準備は?」

「九割方済んでる」

「残りは?」

「不確定要素。――気まぐれな女神さま次第だな」

「オーケイ。か弱い人間は、臨機応変に、しぶとく行こう。――ミッション、レディ?」

 スタート、は音にせず、二人は拳を打ち付け合った。緊張感はそのままに、表情だけが自然体に戻る。

 入念なボディチェックを難なく抜けて会場に入ると、中は退屈な雰囲気に包まれていた。既に七十人ほどの人がいたが、いやに静かである。三、四人ごとの小さな塊が、ホールの全体に散らばっていて、互いに交流する様子は見られない。わざと接触を断っているのだろう。新たに入ってきた両祐たちのことも、ちらりと横目で見たきり、それ以上の関心は示さなかった。

 会場には、浮島のようにテーブルが点在していた。布が掛けられているが、膨らみから察するに、壺や彫刻と言ったものから刀剣の類まで出品されているらしい。壁際には絵。こちらにも布が掛けられていた。窓際には、小休憩のためか、椅子がいくつか置かれてあるだけだった。隅に、飲み物をサービスする即席のバーカウンターが設けられていて、ホテルの従業員が緊張した面持ちで立っていた。

 両祐と海人は「それじゃ」「あぁ、また後で」と、実に無難な会話を最後に二手に分かれた。両祐はバーカウンターへ。海人は、絵が並ぶ方へ。

『お集りの皆々様、本日はようこそお越しくださいました――』

   ★


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