向かい合う二人と秘密、そして静寂
温かい緑茶の入ったカップが二つ、テーブルの上で湯気を立てている。
私の部屋、そこで私は初希と向かい合って座っていた。
初希はこの部屋に来てからずっと無言で、私の顔を見ず、うつむいている。
その反応を見るに私がただの一般人ではない事をもう確信しているのだろう、だが、それをどうやって切り出していいのかを迷っているようだ。
私から話を切り出そうかとも思ったが、何を言ったらいいのかわからない。喉まで言葉が出かかっては戻っていくを何度か繰り返していた。
沈黙の時間が続く。
思念を探り胸中を聞く事は容易な事だが、できればそんな事せずに初希の言葉で聞きたい。
そうは思うが、静かな時間は続く、せっかく入れた茶が冷めないようにカップを持ち、一口飲んだが味がよくわからなかった。それほどに緊張しているのか。
まいった、様々な世界を旅してきて、成長してきたつもりだったが、まだまだ私の心は弱いようだ。覚悟を決めているはずなのに言葉が出ない。
言えばいいんだ、私がこの世界の人間ではない、と、それで初希に嫌われようが、敵とみなされて攻撃されようが、記憶を封じて去ればいい。
なのに、目の前にいる、いつも笑顔を向けてくれる彼女にそんな目で見られるのがたまらなく嫌だと思っている。どうにもならないのにな。
「ガゼル、わたしね、さっきまで煙みたいな魔物と戦っていたの、それでね―」
と、初希が話を切り出した。やはりあの時の事か。
「ちょっと失敗しちゃって魔物にやられそうになってね、その時に知らない人が助けてくれたの、何故か魔物と同じような魔力を持っていてね……その人は長くてきれいな髪を持っている女の人だったんだけど……でも、おかしいとは思うんだけど、変な事を聞くんだけど――」
ここで初希は意を決したようで顔を上げて私の目を見た。私の心臓が跳ねる。
「ガゼル、だよね、あの女の人、わたしを助けてくれた人って」
その目は確信をしている目だが、同時に体が震える、私が得体のしれない何かに見えているのだろう。
こちらの世界での私は何の術も使えない一般人で通してきたのだから。
返答しようとして、茶を一口飲んだばかりだというのに喉がからからに乾いて、声が出てこないので、もう一度カップに手を伸ばす。
初希は私の行動に対し過敏になっているのか、びくっと震えるが、私の顔から眼をそらさない。
言わなければならない、いずれは明かさなければいけないと思ったが、いや、いずれ明かさなければいけないからこそ、今言うべきなのか。運命が今がその時と言っているのだろうか。
そういう事は全く信じないがそれでも、私は茶を一気に飲み干す。
喉から胸を通り、あったまって少しだけ心が落ち着く。さて、言うか。
私はカップをテーブルに置き、口を開いた。
「そうだ、私だ」
「っ! ……そう……」
初希は一度大きく目を見開いた後、またうつむき、ポケットを探り、何かを取り出す。
「じゃあ、これって本当の事なの?」
そして、机の上に出されたのは一枚の便せんだった、手に取って、開くと、そこには私が世界を害する化け物だ、というでたらめが書かれていた。
だが、それよりも、私はここでそんな事よりも別の疑問を覚える。
「初希、本当の事か、と聞いたが、これを読めたのか?」
「? 読んだけど、何かあるの? わたしは馬鹿じゃないからわかるもん」
私の疑問に初希は一瞬呆けた顔をしたが、次の時には怪訝な顔で私を見た。
意味不明な質問だから当然だろう、だが、私にとっては意味のある質問だ。
この手紙の文字は、言語は明らかにこの世界には存在しないモノだから。
初希はこの世界で生まれた人間であると私は調べてある、という事はこの手紙の主が世界の外から来たという事。
「この手紙に書いてある事はでたらめだ、私は――」
話そうとして、私はこの部屋に世界の外から近づく者に気付いた。
初希の後ろに世界の狭間への穴が開き、そこから一人、パーカーのフードを深くかぶった何者かが現れて、初希に手を伸ばす。
「初希! 飛べ!」
「へ? 何を言ってい」
初希の言葉を最後まで聞く事は出来なかった。
何者かは初希の肩を持つと、転移を使ったのか、初希と共に姿を消す。
詠唱を使う暇もなかった、静寂がまた部屋に帰って来て、世界の狭間との境界が閉じて風が吹いた。




