静かな風と驚き、そして仕置き
静寂に次ぐ静寂、辺りには静かな風が吹くだけだった。
二つになった巨人の身体に動きは無く、再生をしている様子も見受けられない。
目に悪い色の身体はただ、街だった場所に浮かんで漂うのみ。
どうやらあっさりと決着はついたようだ。
何とあっけない事か。
世界を滅ぼす災いと呼ばれ、詠唱を打ち消す轟音を響かせて、天にそびえる巨体を持って、おそらくこの世界の住民が見たら十人が十人、一億人が一億人絶望するだろう巨人は死んだのだ。
手ごたえのなさを感じながら私は地面へと降りていく。
「ガゼルさん、これ、やったんですよね?」
オンジェヤもあまりに簡単にこの世界の危機が去っていったことに驚きが隠せないと言った様子の思念を私に飛ばしてきている。
「油断はするな、この災いがどんなものかわからないから、やったかどうかは私にはわからん」
オンジェヤの周りにいたマリィコールズの反応は消えている、どさくさに紛れて逃げたか、大地に溺れて死んだか、どちらにしてもこれでマリィコールズはこの世界からいなくなっただろう。
杜撰な計画で自滅して逃げ帰って、後の事はほったらかし、いつもいつも愚かな奴らだ。
いい加減うっとおしいから巨眼もろとも滅ぼしてやろうかとも思わないでもないが、頂上世界まで登るのはかなりの労力と時間がかかるし、巨眼は戦うより逃げる方が得意なので、そちらの面倒くささの方が勝って、行動を起こす気にはあまりならない。
今私が暮らしている世界や私自身に危害を加える事がない限り、出来るだけ関わり合いになりたくない。
そういうことは世界管理官にやらせるべきことだ。
マリィコールズの反応が消えた事だし、姿を消す、音を消す詠唱を解いてもいいだろう。
「我、姿あり、我、詠唱す」
降りながら詠唱を唱え、姿を現す。
そして、地面近く、オンジェヤがいたあたりを浮遊する。
「オンジェヤ、どこだ? もうマリィコールズはいないし姿を隠す必要もないだろう」
言いながらあたりを見まわすが、姿を現さない。
思念にも返事はない。
どうしたのだろうか、まさか災いが音もなくオンジェヤに危害を加えた、とかだろうか。
注意深く辺りを警戒していると、静かな空間に少し強い風が吹く。
その風の中で私は背後で布のすれる音を聞いた。
先程見まわした時に周りには何もなかった。
という事は姿を消した何者かが私の背後を飛んでいるという事。
今この場で姿を消しているのは、まぁオンジェヤだろう。
ゆっくりゆっくりと静かにこちらに飛んでくるがローブを着ているのだ、衣擦れの音は鳴る。
思念を読もうとするとつながることを拒否され、はじかれる感触が返ってきた。
何をしているのか、唐突な心変わりか、いや、それは無いだろう、そんな情緒不安定な奴には到底思えない、だとすれば何か。
私は考える、その間にもオンジェヤの衣擦れの音が近づいてくるが、まだ少し距離はある。
とそこで私は一つの可能性に思い当たる。
オンジェヤは背が高く、少し大人びているが顔つきから歳は十代半ば。
まさかこの詠唱を使う世界からスカウトされたマリィコールズなのではないか?
創造魔法と白い闇を持たないことで探知魔法にも引っかからずに私に近づいて油断したところを刺す。
そんな作戦を立てる奴がいてもおかしくない。
そう考えると災厄の巨人のあっけなさに説明がつく。
災厄の巨人とは見せかけで偽物、マリィコールズが創造魔法で作り、それを私に倒させ、安心させ、油断させるもので、簡単に倒せて当然というワケだ。
そうとは思いたくないが、それも計算の内かもしれない。
でないと後ろから気配を殺してゆっくり近づいてくる理由が分からない。
さて、考え事をしている間にも近づいてきたオンジェヤは私の背後三メートルあたりで衣擦れの音をとめた、そして大きく息を吸い込む音。
なにが来るか、そう警戒を強めた、オンジェヤのとった行動は―――
「わああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!」
ただの大声だった。
ちなみにいまだに轟音から身を守るための耳栓をしたままなのでさほどうるさくない。
訳のわからない行動だったが、とりあえず私はゆっくり振り返った。
そこには姿を消す詠唱を解いたオンジェヤがおかしいなと言わんばかりに首をかしげている。
「あれ……?完璧に気配を消したはずだったんですが驚きませんでしたか」
「気配も何も思い切りローブの音が聞こえていたんだが」
「えっ!成程、気が付きませんでした、さすがガゼルさん」
私の指摘にオンジェヤは目を輝かせて私をほめた。
その目にはさっぱり攻撃しようとする敵意などは見えない。
そして、オンジェヤの言葉で何故背後から静かに近づいてきたのかがわかった。
驚かす、つまり巨人の出現前の合流時、私に驚かされたのを根に持って仕返ししてやろうという事だ。
つまり、私の推測、オンジェヤはマリィコールズ説ははずれで、警戒損になる。
その件に関しては安心の一言だが、この状況で驚かしに来るとは警戒がなさすぎる。
仕置きをして私の怖さは叩き込んだのだが、もう一度やり直す必要がありそうだ。
「はぁ……」
「あの、ガゼルさん?どうかしましたか?」
大きくため息を吐く私に近づいてくるオンジェヤ。
「縛れ、封じよ、我、詠唱す」
「えっ!ちょっと、何ですかいきなり!?」
私はその動きを拘束する詠唱を唱え、動けなくなったオンジェヤを小脇に抱えた。
突然の拘束にオンジェヤはまだ自分の状況が呑み込めていない。
「知っているだろう?まだ巨人が死んだともわからないのに警戒もなしに人を驚かすなんて子供じみた事をするような可愛いオンジェヤ、私が愚か者にどれくらい嫌悪を抱くかを」
「えっっと、それは?、まさか」
脇の下のオンジェヤが震える振動が伝わってくる。
どうやらやっと状況が把握できたようだ。
「ごめんなさい!調子に乗りましたぁ!許してください!」
謝る言葉を聞き入れない事を無言で答え、私は飛び立つ。
道中オンジェヤの謝罪と命乞いの声が響き渡るが、静かな風はその声を誰にも届けなかった。




