決闘と烈火、そして約束
爆発により起こった煙が晴れると、森の中に何もない平地が出来上がった。
私に向かってくる爆風は、全てビリゥヴァが防いでいるので、私にはダメージはない。
「耐えたか、やはりなかなかやるな」
「この程度でやられる位だったら隊長になんてなれていない」
対する棲海破邪子も片腕を身体をかばう盾のように構え、あの爆風を耐えきっていた。
しかも纏う闘気が防いだのか、その身体には傷ひとつない。
いや、闘気だけではなく、着ている道着からも何らかの力を感じる。
おそらくは創造魔法で作られたものだろう、闘気を助長するようにその道着からも揺らめく熱気が放たれているのを少し離れたここからでも感じる。
「突然の爆発、驚いたぞ、あと少し気付くのが遅れていたらやられていた」
棲海破邪子は構えを解き、一つ息を吐いた。
そして、半身になって別の構えをとる。
気付くのが遅れていたら、と言ったか。
私が無声詠唱を使い起こした爆発は、相手から見たら何の前触れもなくただ起こったかのように見えるというのに、どうやって気付いたのだろうか。
事前に無声詠唱の情報を持っていたのか?だからと言って使っている事を気づけるものではない。
爆発が起こったに出来た平地は、森の中にありながら隠れる物がない。
さながら戦うために作られたリング。
私と棲海破邪子はそのほぼ中央に立って、向かい合っていた。
ふっ、と息を吐き、棲海破邪子がまた一直線に飛び込んでくる。
無声詠唱を使い、その背後から光の矢を何本か出現させて放つ。
背後からの音のない一撃、私に意識を集中させている棲海破邪子には避けられるはずない。
「っむ!」
しかし、放たれた矢を棲海破邪子は横に飛ぶことで躱す。
さらに、そこから飛び込んで自分の手足の間合いにまで距離を詰めてきた。
次の踏切で突きを放つか蹴りを放つか。
攻撃しようと向かってくる敵に向かい、私は躱された光の矢をビリゥヴァの中に収納して、矢の勢いをそのままに放った。
いきなり放たれた矢に動揺することなく身を低くすることで躱し、そこから飛び上がりながら拳を放つ。
その拳を放った身体ごとビリゥヴァの中に収納し、反転して出す。
「ぬっ?へっ?」
いきなり目の前から私が消えた事に驚いた声を出すが飛び上がった勢いそのままに棲海破邪子は平地の端のほうまで飛んで行き、地に足をつけてブレーキをかけて止まった。
そして振り返り私を見た。
「便利なものを身に着けている」
棲海破邪子は私のビリゥヴァを指し、そう言う、静かな森の中なので多少距離があっても声は聞こえる。
「そっちこそ何故気付いた」
私は棲海破邪子に疑問をぶつける。
爆発だけではなく、気付けないはずの光の矢にまで反応して躱して見せた。
何かを使っているはずだ。
巨眼から与えられた創造魔法は何でも作れる。
ただ、どうしても魔法であるため、存在させ続けるならば魔力を使い続けなければならない。
その結果、特殊体質で魔力保有量が特別高い人間でない限り、マリィコールズの年齢で創造魔法で作れる物は一つになってしまう。
しかも、棲海破邪子は闘気を使う世界から来ていて、魔力を元からは持っていない。
そういうマリィコールズは巨眼から魔力を与えられるがそれで創造魔法以外の魔法を使うとなると創造魔法に割く魔力がなくなるので出来ない。
棲海破邪子は創造魔法で自らが身に着ける道着を作っている。
という事は魔法ではない何かを持っているという事だ。
聞いても答えないだろうから反応を見る程度のつもりで聞いたが、棲海破邪子は予想に反して口を開き、
私の質問に対して明確な答えを返した。
「我は生まれつき勘が良くてな、危険が身に迫っている時にはなんとなくわかる」
勘、冗談で言っているのかと棲海破邪子の顔を見るが全くの真顔でとても嘘などついていないようだ。
演技力が高いという可能性もあるが、正々堂々の戦いを心掛ける奴が嘘はつかないだろう。
「もっとも、他の奴は全く信じてくれないから我は一人でこうしてきているわけだが」
「そうだろうな、マリィコールズ、というか巨眼はそういうモノを信じない」
自分が魔法とかいう奇妙な力を与えている癖に巨眼は人間に備わった勘だとか超能力とかを信じない。
その影響というはもちろんその下につくマリィコールズにも及ぶ、洗脳状態にある奴らは巨眼を崇拝してやまない、作戦を忠実に遂行するために思考までも真似ている。
マリィコールズの脅威の一つ、統率力はそういう事から生み出される。
なら目の前にいるこのマリィコールズは何なのか。
稀に奴らの中に完全には洗脳されていないが巨眼に従う者がいる、洗脳に抗うだけの精神力を持ちながら何故かマリィコールズとなる者、巨眼のスカウトミスで生まれる奴らだ。
その大半は組織内で粛清されるがマリィコールズは大量にいる、漏れが出ることもあるだろう。
「それでも我はここでガゼル、貴様を倒してみせる、偉大なる主の悲願のためにな」
「どんなモノがあろうと私はお前ごときに止められる程に弱くはないぞ」
「我が奥義を食らってもそんな口が利けるか?」
話はここまでと棲海破邪子は身体から大量の気を放出し、身にまとう。
何かが来る、おそらくはこの攻撃にかなりの力を込めているのだろう事が溢れ襲い来る威圧感でわかる。
「奥義か、そんなものを拝見できるとは光栄だ、見せてもらおう」
私はあえて邪魔をする事は無く、棲海破邪子の奥義を待った。
この少女がその年にして習得した奥義がどういうモノなのか見たくなったからだ。
「見せてやろうとも、冥土への道すがらで思い出すがいい」
言うとともに棲海破邪子の身に纏った闘気が一瞬莫大な大きさに膨れ上がり、その後急速に体の中へと吸収されていく。
最初から身に纏っていた闘気さえも体の中へと入っていき、今、棲海破邪子の身を包むのは赤と黒の道着のみとなった。
「奥義………」
呟いて、その後、息を一つ吐く音が聞こえた。
そして、満を持してかき消える棲海破邪子。
気配はいつの間にか私の背後にあった。
振り返ろうとしたがまったく間に合わない。
かろうじて振った顔で見た背後には、ただ真っ赤な何か。
「らあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!」
それが蹴りだったのか突きだったのか、はたまた体当たりだったのかはわからないがただわかるのは衝撃で私の身体が高く宙へ飛ばされ事だ。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんん!!!!!!!!!!!!!!!!」
次に見たのは身体の中で凝縮された闘気の奔流。
赤き海が押し寄せては私の身体を焦がす。
さらに高く空へ空へと押し上げられていく。
視界一面が赤に染まってそれ以外は何も見えなくなった。
それでも棲海破邪子の叫び声だけは響き渡り、鼓膜を揺らす。
赤の中、気が狂うくらいの温度の烈しさの中、近づいてくる影。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおくうううううぅぅぅぅぅっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
昇ってきた、自らの闘気の中をくぐり、引き連れて、やってきた。
その左拳が私に突き刺さる。
身体の中を回る闘気の熱、拳のから来る衝撃の痛み。
少女の体重以上に重い威力の乗った拳に私は血を吐いた。
赤が流れて行った後、私と棲海破邪子は地面へと落ちていく。
どこまで高く上がったのか森が小さく見える。
意識が遠のいていく、視界が狭まり、心地よい眠りへと私は導かれていく。
さすがは奥義というだけあって苛烈であり隙が無く、流れるようにやられた。
すさまじい威力だ、こんなに痛みを受けたのは久しぶりだ。
それに技の切れもこの年ではありえない位洗練されている。
そしてその見た目、赤の激流を昇る凛々しき姿、美しく格好が良かった。
ああ、今目の前で共に落ちていく少女に感謝する。
何度も言うが本当にマリィコールズであることが惜しい。
「少しだけ、言わせてくれ」
だから私は棲海破邪子に最後の言葉をかける。
「……いいぞ、聞いてやる」
私を見つめる少女の顔は複雑な表情をしていた。
何か思うところがあるのだろう。
私は少しためた後、言葉を紡ぐために声を開く。
「確かにとても良い奥義だが戦う相手の意識は奪えないならまだまだ甘い」
「何?貴様、何を言って――」
奥義をした後の反動で闘気をほとんど使いきっていたのだろう。
一瞬にして棲海破邪子の首から下が消え、空中に首だけが残った。
首だけが私と共に落ち始める。
「なんだこれは!!」
かといって死んだわけではなく普通に生きて声を発している。
「戦いというモノは奥義を決めたからといって勝利という事にはならない、当たり前の事だがな」
私は落ちていく棲海破邪子の頭をつかみ引き寄せる。
なにも難しいことじゃない、油断しているので下に異空間を出現させ、首から下を収納しただけ。
死ぬ事は無く、ただ、身体が異空間にあるので抵抗もできないというわけだ。
「さて、いろいろと言いたいことはあるが、その前にこの戦いは私の勝ちだな」
私は少女の顔を見る、状況を理解した少女は悔しいのか、不機嫌な表情で、
「……負けました」
と降参を宣言する。
これで勝敗は決した、やれやれ身体が痛い、少しだけ休ませてもらおう。
私は詠唱で落下を止め、空中で横になる。
さて、傷を治しがてら、時間つぶしに棲海破邪子の話を聞こうではないか。
きつけに顔を一回叩いて、私は詠唱をした。
・
「それで、何故お前はマリィコールズに付き従う?」
治癒の光に包まれながら私は棲海破邪子に聞く。
棲海破邪子は悔しそうにしながらも、敗者という事実を受け止め、語り出す。
「我は自分の世界にて、修行に励み、武術大会にも出て優勝できるくらいには強く、国からスカウトがくる程だった、家族たちは我を応援し、友たちと競い合い、我は強さのさらなる高みを目指した」
棲海破邪子は遠くを見ながら、過去を懐かしむ顔をした。
「しかし、そんな生活は突然終わってしまった、修行中の事故で我は全身が動けなくなる程のけがをしてしまった、治る見込みは無く、一生を布団の中で過ごさなければいけないと医者に言われた、我は絶望した、
それまで積み上げてきたモノ全てが崩れ落ちて、自分自体が無価値になったからな、布団の中で何度涙を流したか、何度嗚咽を漏らしたか、数えきれない、家族に迷惑をかけた、友を悲しませた、そんな罪悪感で押しつぶされそうになって、ある日、舌を噛んで死のうと思い立った」
「そこに巨眼が語り掛けたわけか」
「そう、偉大なる主様はその時に現れ、我のけがを治す代わりに協力してくれと頼まれた、気でもおかしくなったのかと思ってどうにでもなれと了承すると、奇跡の力でけがを治してくれた、我はその時、主様に一生ついて行くことに決めたのだ」
よくある巨眼の手口の一つだ、願いをかなえる代わりにと誘い、洗脳する、その程度の願いをかなえる事は巨眼の力をもってすれば造作もないことだ。
「どんな悪事を働いてもか?」
一つ私がそう問いかけると棲海破邪子は苦い顔をした、痛いところを突かれたようなそんな顔だ。
「今はわからなくなった、たくさんの世界に行き、たくさんの人を倒している内に、我と同じような境遇を持つものを仲間が殺すのを見たし、何の罪もない世界を滅亡させようとしたり、そんな事を喜々としてやる仲間を見たりして、何だろうなぁ、時々少し変な気分になる」
それはそうだ、洗脳されているからこそマリィコールズはどんな残酷な事でも偉大なる主の悲願のためと実行することが出来る、洗脳が中途半端であればまだ人の心が残っていて、嫌な気持ちもあふれ出してきて当然の事だ。
私は棲海破邪子の言葉を聞き、確信する。
洗脳が完全でないなら解く事は出来る、棲海破邪子はマリィコールズをやめることが出来る、と。
「棲海破邪子、お前にはまだ人の心が残っている、こんな事はやめて元の世界に帰りたいと思わないか?」
私は問いかける、洗脳を解くことは別に了承がなくてもできるが、棲海破邪子自身の意思もなく、勝手に解いてしまうのは意味がない、完全にマリィコールズをやめるという意思がないとまた巨眼によって手下にされてしまうだろうと思う。
棲海破邪子は長く沈黙する。
頭の中で洗脳されている部分とされていない部分が戦っているのだろう。
おそらく今までは嫌な気持ちになっても、そこまで考えは及んでいなかった。
仲間たちに流されてうやむやにされ、考える隙が無かったのだ。
今は違う、一人、考えることが出来る。
洗脳に抗い、単独行動が出来るくらいだ、勝つのは人の心だろう。
そして、答えは出る。
「やめたい」
その時、棲海破邪子の目から光るしずくが高い空から地面に落ちていった。
「それならば、よし」
意志を聞き、私は目をつむり、棲海破邪子の精神の中を覗く。
そこにはどこまでも広がる緑の上、向かい合う棲海破邪子が二人。
片方の棲海破邪子は地面に倒れ伏し、もう一人は静かにそれを見てたたずんでいる。
あれが洗脳された自分と戦い勝利した棲海破邪子の姿だろう。
私は倒れ伏す棲海破邪子に意識を集中させ、その存在に干渉する。
抵抗なく、洗脳された部分は透けていき、無くなった。
目を開くと、棲海破邪子はどこか優しい表情になって私を見ていた。
「開け、開け、何もない場所、我、詠唱す」
詠唱をして、空間を開き、少女の身体を開放する。
「気分はどうだ?」
私が聞くと、棲海破邪子は濡れたほおをぬぐい、
「すっきりだ、ありがとう」
と笑顔になった。
一人の少女がマリィコールズから解放された。
後は、元の世界へと変える手段だが、これは簡単だ。
棲海破邪子は自分の世界を思い浮かべることが出来る。
だから転移の詠唱を使い思い浮かべた世界へと送るだけだ。
ちぎれた腕に再生の詠唱をかけ、棲海破邪子の頭に手を置き、
「行け、移れ、思いの場所へ、我、詠唱す」
そう唱える。
光が現れ、棲海破邪子の身体を包み込だ。
「今度は我から最後に一言、いいか?」
転移していく中で棲海破邪子が私に話しかける。
「何だ?」
「また会う時があったら手合わせしてほしい」
棲海破邪子が今度は先程と違った挑戦的な笑みを浮かべる。
その目は今度は勝つ、と言っていた。
なるほど、その負けず嫌いな気持ちが棲海破邪子という少女を強くしてきたのか。
今、その強さの秘密がわかったな。
「ああ、わかった」
了承すると棲海破邪子は満足した顔でをした。
「もう一度になるが、ありがとう」
そう言って、棲海破邪子は帰っていった。
帰った地でまた修行の日々を送っていくのだろう。
さて、感慨にふけるのは後だ、私はマリィコールズの位置を探り、また移動を開始する。
結構な距離が開いてしまったが、まだ私の探知できる範囲内だ、追いつける。
私は先行したオンジェヤに意識を飛ばした。




