術式と宥め、そして忘れた事
こうなったら術法を使うか。
この世界で使われている術法は、他の世界で名前は違うものの原理はそっくりな力の使い方を習得している私にとっては使う事は容易だ。
ただ、それが使える事がばれると少し面倒になる。
この世界では国家機関の検査で才能がある者が選ばれ、教育を受けて術法を習得する。
それなのに、何も知らない一般人が術法を自在に使う事が出来るというのはおかしい、たまたま偶然にも発動できたと言い訳したとしても、才能があるとみなされて機関に送還されるかもしれない。
機関の目をごまかすくらいなら余裕だが、マリィコールズとの戦いの準備をしているのにあまり目立ちたくない。
あの頂上の巨眼がスカウトをかけるのは少年少女、才能の検査は基本的に人間の年齢で五歳から実施されて、十六歳まで国家の作った教育機関に入る事になるという事は中にはマリィコールズになる人間がいてもおかしくない。
それども初希が友人と喧嘩するところを見たくはないな。
悪いが退下の記憶を後でいじればいいか。
術法を発動する。
この世界の術法は、思念や祈りに強い関わりがあり、呪文を口で唱えずとも、心の中で唱えて強く思えば、一言すらいらない。
思念を操る術を持ち合わせている私にとっては容易だ。
私を拘束する枝が急速に枯れていく。
力を少し込めれば、拘束は簡単に崩れ落ちた。
「落ち着け初希、何も問題ない、退下……さんも初希の事を思ってやった事だ」
「なっ! あなたどうやって!?」
「でも、ガゼル!」
退下は一旦無視し、私は初希に近づき、その両肩に手を置き、目をのぞき込んだ。
「怒ってくれる事は嬉しいが、落ち着いてほしい、確かに私は怪しい奴ではあるだろうからな」
「……うん」
部屋の中に吹く風が弱まっていく。
一旦は怒りを収めてくれたようだ。
「退下さん、それで、私はどうでしたか? あなたの言うダメ男でしたか?」
そばに立つ退下を見ると、彼女は呆けていたが、我に帰って、少し不機嫌な顔をした。
「いいや、違ったわ、あたしの心配は杞憂だったみたい……お礼は言わないわよ」
私にだけ届くようにぼそっと言った言葉、内心まだ何か思う所はあるのだろう。
だが、これ以上は探られることはないだろう。
「初希、ごめんね」
「ううん、わかってくれたのならいい」
初希は先程まで抱えていた怒りをどこかへやり、あっさりと退下を許した。
元から仲が良い事もあり、初希も退下の気持ちも分からないではなかったのだろう。
とりあえずよかった、私は息を一つ吐く。
「おなかが空いた。初希、晩御飯にしよう」
「うん、そうだね、小波ちゃんも一緒する?」
「いやいや、晩御飯いただくのは悪いから帰る、じゃあね」
初希に手を振り、私をちらりと一瞥した後、退下はすぐに出て行った。
その後姿を見送り、私達はいつもの二人の生活に戻るのだった。
退下の記憶をいじくるのを忘れていた事に後で気づいて急いで探しに行く事になったが。