闘気と右腕、そして対等
「さあ、姿を現せ!我が拳の餌食にしてやる」
誰もいない方向に向かって構えながら棲海破邪子と名乗るマリィコールズが声を上げる。
私はその姿を見ながら隣にいるオンジェヤに思念を飛ばし、気づかれる事のないように指示を出す。
「オンジェヤ、私が奴と戦う、今から群れているマリィコールズの座標を君の頭の中に送るからそれを頼りに先に行ってくれ」
急に脳内に私の声が響き、オンジェヤは一瞬戸惑って私を見たが、状況を理解しているので声を上げずに思考の中で私に言葉を返した。
「あの程度の相手一人ならわたしでも倒せそうですけど、それにわたしが先にマリィコールズを追ったとしても何も出来ないんですが」
「奴は隊長と名乗った、ならその実力は一人でもオンジェヤと互角かそれ以上だ、貴重な戦力である君を失うのはまずい、そして、君に私から出来ることを与えよう」
巨眼が隊長と任命するという事は、厄介な事にそれだけ与えられた力の扱いに長け、それ相応の実力を持っているという事になる。
「わたしに出来る事?」
「マリィコールズが何をしようとしているのか、それを探ってほしい」
本人も言っている通り、オンジェヤでは大群を相手にしてもやられるだけだろう。
だが、隠れて動向を探る事は出来る。
オンジェヤが今使っている詠唱は隠密に効果的であり、マリィコールズがどうやってこちらの居場所を探知したのかわからないが、あちらに姿は見えていないし、オンジェヤの実力なら捕まる事は無いだろう。
「わかりました、ガゼルさんに言われたからには絶対に果たして見せます」
「あまり気負うなよ、いざとなったら逃げていい」
張り切るオンジェヤに私はそう声をかけ、脳内にマリィコールズ達がいる場所を映し出す地図を送る。
「わかっています、ガゼルさんは心配いらないですが、頑張ってください」
「ああ、わかっている」
オンジェヤは静かに飛び立ち、棲海破邪子を迂回するコースで飛んでいく。
それを少し見送り、私は自分にかけた姿を消す詠唱を解き、一度、手を叩く。
「貴様は我が主の、そして我らが宿敵ガゼルっ!やはり我らの障害とは貴様かっっっ!!」
慌てて私の方向に向き、構えなおした棲海破邪子はあらぬ方向を向いていた恥ずかしさからか顔を赤らめ声を荒げる。
「とんだ間抜けが来たと思ったら隊長と名乗るので少し驚いてしまったよ、お前らの言う偉大なる主様の目は狂ってしまったのかな?奴には眼しかないがな」
あいさつ代わりに試しも兼ねて挑発をする。
並のマリィコールズであれば怒りに身を任せ、挑みかかってくる言葉、棲海破邪子はその言葉を受け止めたが、襲い掛かってくる事はなかった。
「黙れ宿敵、その程度の挑発に乗る程我れは小物ではない」
「なるほど、さすがは隊長なだけはある」
「話はそれまで、口先ではなく、拳で語ろう、ガゼル」
棲海破邪子は口を閉じ、静かに、纏ったオーラのような何かをみなぎらせた。
同時に地面が揺れ、木の葉が音を立てる。
目の前の少女を中心として激しいプレッシャーが発生し、その周りに落ちた石や葉は飛んでいった。
それは闘気、気の力の一種である。
戦闘者の昂る闘志と共に増加するそれは気の力の中でも主に武芸者が使う。
棲海破邪子は闘気を使う者達の世界から来た者とこれで判明した。
さて私はどうするか。
使う詠唱を選ぼうとした時、
「そういえば貴様、右腕はどうした」
プレッシャーを放ったままの棲海破邪子は私のまだ肘まで再生していない右腕を見てそう問うてきた。
「聞いてないのか?世界の外でお前の仲間にやられた、まあハンデとでも思っておいてくれ」
「そんなハンデは不要だ、決闘は正々堂々やる神聖なものだからな」
私の言葉に棲海破邪子は首を横に振った。
そして、一度構えを解き、赤い道着の右肩を左手でつかみ、先程の私のごとく、力を込めて引きちぎる。
吹き出た血液が深紅と漆黒の道着に血の色を加えた。
「これで対等だ」
そしてそれをどこか遠くへと投げ捨てた。
宿敵を相手にしても平等な戦いを心掛ける。
闘う者として、その思い切りの良さに私は敵ながら賞賛を送りたくなった。
だが、相手は残念なことにマリィコールズなのでそんな思いは言葉にせず、態度に出さない。
本当に残念だ、マリィコールズでなかったら元の世界で強者として名をはせただろうに。
内心ため息を吐く、が、だからと言って戦わないわけにはいかない。
せめて正々堂々と戦おうという心意気に答えて、こちらも正々堂々戦おう。
「塞げ、止めろ、我、詠唱す」
私が詠唱をすると棲海破邪子の噴き出ていた血が止まる。
「これで、対等だろう?」
私がそういうと棲海破邪子は血が止まった右側に少し目をやり、
「そうだな、ありがとう」
と少し微笑み、素直に礼をしてきた。
ますます、マリィコールズであることが残念だ、という気持ちが大きくなる。
構えなおす棲海破邪子と向かい合い、私も無声詠唱を使う。
「いざ参る」
炎の闘気が空間に赤く尾を引き、棲海破邪子が懐に飛び込もうと距離を詰めてくる。
こぶしの届く範囲まで迫ろうかという時、私の詠唱が効果を現した。
辺りもろとも吹き飛ばす大爆発、轟音が響き渡り、私へと向かってきた棲海破邪子は爆発の中へ消えた。