元一の日記より
202×年10月某日
山が赤やオレンジ、黄色に染まり始めると君はいつも紅葉が見たいと言っていたね。
そう言えば、新婚旅行はこの時期の京都だった。
いま思い返せば、君はあの頃からあの紅く染まった木々を見るのが好きだったんだね。
形から入る君は「京都を和服で歩きたい」と言って、わざわざ着付け教室に通っていた。
昭和の時代、まだ若いせいもあって旅行もこういう時じゃないと、なかなか行くことができなかった。
結婚式やら何やらで、費用がかかる中、なんとかやりくりして行った京都めぐりの二泊三日。
一日目、県北の田舎から都内に出て、新幹線に乗って京都へ。移動に時間がかかってしまったので、京都めぐりは早めに切り上げてホテルへ。
二日目、君は念願の和服で京都を散策。
君が言った通り、京都は和服が似合う。普段とは違う君の姿に、つい見惚れてしまっていた。紅葉の綺麗なところで一枚撮ろうと言って、ファインダーを覗いた時、風が吹いたんだ。
この時、普段と違う君に見惚れているんじゃないと、気づかされた。
赤く染まった葉っぱが、その風にあおられて舞い落ちる。
そして、君が振り返って、「綺麗ね」って笑って言ったんだ。
振り向いた君の笑顔がとても美しくて、思わずシャッターを切った。
ずっと、君の笑顔に惚れ直していたんだ。
君は「まだ、ちゃんとしていなかったのに」って怒っていたけれど、この一枚は絶対綺麗に撮れている自信があった。
カメラの撮り方を兄貴から教わって、撮る練習をしておいて良かった。
旅行から帰ったら、一番に見たい。
帰った時の楽しみが一つ増えた。
その後、『湯豆腐』を食べに行ったんだ。
君は、着慣れない和服に苦労させられながら食べていたから「やっぱり、洋服が一番楽ね」と言って、笑いながらホテルに帰ったよね。
三日目は、おいしいものをお腹いっぱい食べたいからと言って、結局洋服にしていたのを覚えている。
君のそういうところも、好きだったな。
旅行から帰って、フィルムの現像を頼みに、写真屋さんへ真っ先に向かった。当時は現像するのに時間がかかったから、写真ができあがるのが待ち遠しかった。
写真が仕上がる当日、受け取りに行って、店の前であの一枚の写真を確認したんだ。
思った通り、とても綺麗に撮れていた。
背景の紅葉、綺麗な着物。そして君の笑顔。
素人のカメラにしては、ものすごく完成されたものだった。
この一枚は、すぐに自分の手帳に忍ばせた。
あんな綺麗な君を他の人に見せたくなかったんだ。
できあがった他の写真は見せたけど、思わず撮ったあの一枚の存在は君も知らない。
今でも誰にも見せずに、取っておいてある。
あれからずっと、君は隣で一緒に歩んでくれた。
君には感謝しか言えない。二人の子供と幸せな家庭。
始はちょっと、やんちゃなことをしていた時もあったけれど、今は仕事を真面目に頑張っているみたいだ。
初香は何だか、好きなモノは多いみたいだけど、共に歩んでくれる人も見つけてくれたら、と思うことがある。
君とはいろんなことで、何度も喧嘩をしたよね。だけど、君がいないとダメなことに気付いて、すぐに謝った。君もふくれっ面をしながら「しょうがないな」といいながら、「私もごめん」って謝ってくれた。
その後は決まって馬鹿みたいに笑ったね。
去年、病気で亡くなるまで。
君がいなくなって一年。無性に会いたくなる時がある。
そういう時は、あの写真を見るんだ。
それと、君と最後に行った旅行の時の写真。
ずっと変わらない君の笑顔が、この寂しさを埋めてくれるんだ。
君のもとに早くいきたいと、何度も思ったけれど、最近、ちょっといいことがあったんだ。
始が今度、一緒になりたい人を連れてくるそうだ。
始の彼女がどんな方なのか……しかも、春には孫もできるんだ。君もおばあちゃんだぞ?
初香は『お義姉さんができる』と喜んでいたし、これからちょっと、楽しみなんだ。
だからもう少し、君のもとに行くのは待ってほしい。
その代わり、土産話はいっぱい持っていくからね。結子。




