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第3話「血の色と純潔の彩り」

 突然、宙空の戦場へと飛び込んできた一機の輸送機。

 その鈍重な巨体が、大質量から発散させる違和感が、乱戦の空に決定的な混乱を招いた。

 そして、入り乱れる声と声との中でユアンは知る。


『しまった、目標が!』

『赤いのに気を取られて、会敵してしまった!?』

『各機、赤いのは隊長に任せろ! 俺たちは目標を、――ガアアアアッ!?』


 目まぐるしく入れ替わる上下左右、空と海。

 その中でユアンは、冷徹な殺意で弾丸をばらまく。

 怒りの激情を冷たく凍らせ、淡々と撃墜してゆく。

 既に趨勢(すうせい)は決した。輸送機だけが悠々と、戦闘機が入り乱れる中を過ぎ去ってゆく。申し訳程度の回避運動でゆらりと翼を(ひるがえ)し、輸送機は高度を落としてった。それを追う者は全て、ユアンが丁寧にエンジンを撃ち抜いてやる。20mmの一斉射(いっせいしゃ)で、敵は簡単に火だるまになった。

 次々と紅蓮(ぐれん)に燃えて()ぜる敵意の中で、ユアンの赤い翼が加速する。

 その時、彼は見た。


「……ッ!? 女っ? それも、子供が!?」


 追い越す刹那(せつな)、ユアンの目が見開かれる。

 輸送機の側面に並ぶ窓の一つに、空と海との狭間の(あお)が見えた。

 蒼髪(そうはつ)の少女が、窓に両手を突いてユアンを見ていた。

 僅か一秒にも満たぬ時間、二人の視線が交錯(こうさく)する。

 海軍の軍服を着ていたが、まだ年端もゆかぬ少女だった。

 同時に、背後で強烈な殺気が装甲越しに伝搬(でんぱん)してくる。背筋を走る悪寒(おかん)が呼び水となって、即座にユアンは機体を海側へと放り投げた。

 Gに軋む機体。

 間髪入れずに、走る火線をなぞるように白い敵機が迫る。

 あっという間に輸送機の姿は上空へと見えなくなった。

 追う者と追われる者とを、激昂の言葉が繋いで引き寄せる。


『ユアン、この短時間で14機も……私の部下をっ!』

「誰がお前をエースの女にしたと思っている!」

『……そうだ、お前が私を女に……それも過去、過ぎ去った日々だ!』

「チィ、かぶられっ(ぱな)しで!」


 エルベリーデの射撃がユアンを踊らせる。

 危ういマニューバで踏む薄氷(はくひょう)の戦場は、繊細にして大胆な輪舞(ロンド)を加速させる。危険なリズムがテンポアップすれば、ユアンの手で舞う愛機は次第に動きを()ぎ落とされていった。

 この時代、半世紀に及んだ大戦が空の戦いを変えてしまった。

 消耗が続く全面戦争で、世界中の成人男性が枯渇した状況。その中でミサイルの進化は止まり、戦闘機の耐久性と防御力は飛躍的に上がった。人的資源の喪失が生んだ、繰り返し使える兵器への帰結……それは、エースパイロットと言われる一部の人間に超高性能戦闘機を与える戦術へとシフトしていったのだ。

 そんな鈍色(にびいろ)の時代の寵児(ちょうじ)が、ユアンでありエルベリーデだった。


『追い詰めてゆくぞ、ユアン……お前の飛ぶ先を今、私は絶えず閉ざしている』

「相変わらず正確な操縦だな! 乱れに乱れたベッドの上とは大違いだ」

『貴様ぁ!』

「部下がいないと昔のままか? すぐにお前は熱くなるっ!」


 赤と白とが雲を引く。

 空飛ぶ竜騎兵(ドラグーン)たちの決闘を、見上げる者たちはドッグファイトと呼んだ。

 互いの尾を()み追い散らす、血に飢えた闘犬(ウォードッグ)のような戦いは続く。

 ユアンは自分の機動が狭まる中、集中力を研ぎ澄ましていた。先程から過度な緊張の連続で、一瞬たりとも気が抜けない。精密機械の塊である愛機に全神経を張り巡らせて、己の肉体も同然に操縦する。

 ラダーの細かな挙動までも、手に取るように伝わる中で繊細に操作する。

 断続的に浴びせられる弾丸の中、ユアンは必死だった。

 僅かな操作ミスが、その先のデッドエンドへ自分を吸い込んでしまう。

 だが、息苦しさの中で挑発する言葉をやめない。

 言わなければ気が済まない言葉は、今も胸の奥で(くすぶ)っていた。


「最後に聞かせろ、エルベリーデ! どうして仲間を裏切った! ……みんな戦後の生き方があった筈なんだ!」

『そんなもの、幻想だっ! 私たちになにができるの? 平和な暮らしの中に、安住の地なんて見つからない!』

「例えお前がそうでも、それが仲間の未来を奪っていい理由にになど!」

『ならどうする、ユアン! 復讐を遂げられるものなら、遂げてみるがいい!』

「そうさせてもらうさっ!」


 急降下で真っ直ぐ、ユアンが真っ逆さまに海面へと飛んでゆく。

 ユアンの全速飛行に、苦もなくエルベリーデはついてきた。鋭く疾過(はやす)ぎる"レプンカムイ"が、その翼に選ばれた男女を駆り立てた。

 みるみる迫る海面へと、ユアンは雄叫びと共に銃爪(トリガー)操縦桿(スティック)へ押し込む。

 白い水柱が屹立(きつりつ)する中へと、そのまま真紅(しんく)の"レプンカムイ"は飛び込んだ。

 そして……極限機動での危険なサーカスが、二人の運命を分かつ。


『――!? 海面に自ら()ちたか? ……馬鹿な奴。それは、私も同じか』


 切なげな(つぶや)きを(こぼ)して、エルベリーデが上昇に転じる。

 その白亜の機体を見送る位置に……真っ赤な復讐鬼(アヴェンジャー)がまだ浮いていた。

 散っていった仲間たちの恩讐をその身に受け、鮮血で塗られたような赤だ。そして、復讐に全てを捧げたユアンの殺意が、絶叫と共に迸る。


「終わりだ……エルベリイデエエエエエエエエッ!」

『なにっ、背後!? さっきのは――』

「お前はこの機体に……"レプンカムイ"に乗ってるだけだろうさ。乗りこなしている。だが、俺は……それを教えた、俺はっ! 既にこいつそのものだ!」

『チィッ!』


 射撃で泡立てた海に波濤(はとう)が逆巻き、射撃が屹立させる水柱がカーテンとなった。

 その中へと飛び込んだユアンは、機体を立てての急減速で滞空したのだ。機体全体をエアブレーキにした、墜落一歩手前の強制失速。倒立に近い状態で海面に風圧を叩きつけながら……飛び去るエルベリーデの背後へと自らを押し出す。

 一発逆転のマニューバを可能にしたのは、ユアンの技量とセンス、そして度胸だ。

 (わず)かな可能性を選択し、それを決断する勇気。

 いつでも戦いの中では、最後にものを言うのは人の意志なのだから。

 上昇で逃げるエルベリーデの背後に、ピタリとついてユアンが親指を銃爪に添える。

 必殺必中の距離で、照準の中に昔の恋人の命が揺らいでいた。

 逡巡(しゅんじゅん)躊躇(ちゅうちょ)も、既に(おか)へ置いてきた。

 仲間たちが眠る大地へ。

 空ではいつも、ユアンは非情な戦士……無冠のエース"吸血騎士(ドラクル)"だった。


「終わりだっ! ……安心しろ、俺もすぐに行ってやる。そこから先は――ッ!?」


 鉄火の銃声が響くことはなかった。

 カラカラと(むな)しく、機関砲の束ねられた銃身だけが回る。

 ユアンの殺意を装填するだけの弾が、(すで)に切れていた。

 そして、一瞬の動揺がミスを生む。

 あっという間にユアンは、絶対的に有利な状況を逃してしまった。終わりを感じたその先へと、エルベリーデの機体が逃げてゆく。

 形勢は五分と五分とに戻ったかのように見えた。

 しかしもう、ユアンは戦えない。

 武器がなくては、戦いにすらならない。


『……幸運と言うしかないな、ユアン。天にも運にも見放されたか』

「もとからどちらも頼っちゃいない。信じてすらいなかった……俺が信じるものはただ二つ。それをお前は!」

『ならば、私と来い』

「なにっ!?」


 突然の言葉。

 エルベリーデの声は、固い中にも昔を思わせる温度があった。

 ユアンが空で唯一信じるもの……それは、自分と仲間。己を信用し、仲間を信頼する。音速(マッハ)の空では、人間同士の命のやり取りはあまりにも刹那的で偶発的だ。だからこそ、可能性と言う名の不確定要素は全て排除される。

 信じていいのは、自分と仲間だけ。

 そして、その不文律をエルベリーデはあの日、引き裂いた。

 その彼女自身が、ユアンの横に機体を並べて問いかけてくる。

 風防(キャノピー)越しにエルベリーデが見えて、目元に表情を拾う。


『私と来い、ユアン・マルグス。また共に戦おう……お前の力を正しく使うんだ』

「正しく? 仲間殺しの飾りのエースが、共に戦おう? 笑わせるなっ!」

『連中は戦後の世界に、自分たちの居場所がなくてもいいと言った。その選択は私にはできない……そして、戦後もまだ、私の戦いは続いている。私が私であるために』

「そんなくだらない理由で、仲間を……もう戦争は終わったんだ! 終わって、新しいなにかが始まってるんだ、エルベリーデ!」

『そう、新しい闘争は既に始まっている。そして……それをお前と二人の暮らしとして、繋げたい』

「……断る。戦友との不義理を精算できないなら、この命はハナからないも同じだ」


 短い沈黙が両者の間に横たわった。

 そして、エルベリーデが純白の愛機を翻す。


『……了解した、お前を撃墜する』


 その言葉への返事は、出てこない。

 そして、彼女が有言実行を貫いてきたことは、ユアンが一番よく知っている。あの長い戦争の中で、少女は美しい女へと成長し、完璧なキルマシーンとなった。その手に手を重ね、導いてやったのはユアンだ。

 協約軍の英雄、反撃の象徴……"白亜の復讐姫(ネメシスブライド)"と呼ばれた空のジャンヌ・ダルク。

 世界の半分を背負った広告塔は、守られ飾られる中で鋭い刃へ生まれ変わった。


『せめてもの情けだ。一撃で仕留めてやる。祈れっ!』

「それも断るっ! 祈り願う前に、俺はっ!」

『そういうお前だから、私は……ん? な、なにっ!?』


 不意にエルベリーデが離脱した。

 弾薬も切れ、燃料すら尽きかけていたユアンを放置して、飛び去ってゆく。

 そして、響く声。


「あーあー、ゴホン! 本日は晴天なり……ん、いいみたい。そこのパイロットさん! 赤い人! これから援護させます、逃げてくださ――あ、あれ?」


 瑞々(みずみず)しい少女の声だ。

 そして、回線を行き交う通信ではない。

 見れば、低空をまだウロウロしている輸送機から、スピーカーの大音量で発せられる肉声だ。

 すぐにユアンには、何故か先程見た蒼い髪の少女が思い出された。


「んー、なんだかもう終わっちゃったみたいですね! でも、ありがとうございますっ! よければわたしの(ふね)に降りてください。えっと、あ、ほら! あれです、あれ! 見えますか、赤い人!」


 あれと言われても、輸送機の中の彼女が指差す場所がわかる筈がない。周囲に気を配って見渡すユアンは、ゆっくりと輸送機に並びつつ目を見張る。

 洋上に今、巨大な軍艦な現れていた。

 それは、どこの国の海軍でも見ない、異様で異質な艦影(シルエット)で波をかきわけ進む。

 少女がわたしの艦と呼んだ、それは航空母艦とも言えるし、巡洋艦のようでもある。前例のない特殊な構造の艦は、見詰めるユアンの言葉を失わせるには十分な構造をしていた。

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