SCENE-006 >> 魔なる杯
隘路をみっちり塞がれて、どくどくと注ぎ込まれた魔力が、お腹に刻まれた魔法刻印を輝かせる。
(せっかくいい気分だったのに、最悪!)
そのせいで、波が引くようスーッと頭が冴えた。
「フェイ……これは?」
私の体に起きた異変に気付くなり、私の中からさっさといなくなってしまったジルが、大丈夫なのかと窺うような声をかけてくる。
私がジルの立場でも、下腹部の魔法刻印を明々と光らせているような女の中になんていつまでも居座っていたくはなかっただろうけど。それはそれ、これはこれ。
「ぎしき、つかう、まりょく、ためる。わたし、うつわ。――ベル!」
むっすりとした私が気怠い体を半分起こして引っ張ると、それまでただの飾りのような顔で首回りを一周していた琥珀の蛇がするりと解けた。
(これ消して)
――無理。
私の要求を素っ気なくはねつけて胴体をくねらせた蜜色の蛇が、今はもう、すっかり輝きの失せている刻印の上に体を落とす。
「フェイ?」
「ベル、こくいん、けす、できない。やくたたず」
私がむくれながらベルの腑甲斐なさを告げ口すると、ジルは慌てたように距離を詰めてきて、お腹の上のベルには触れないよう私のことを抱きかかえた。
――他人がつけた刻印を弄るのは難しいんだよ。
「フェイ、この刻印は無理矢理つけられたものだろう? 奴隷紋と同じように考えているのかもしれないが、魔法刻印と奴隷紋はまったく違うものなんだ。同意のない施術に一度は耐えられただけでも奇跡的なことで、この刻印を刻んだ魔法士以外が下手に触れると、あなたの命にかかわる。だから――」
――さすがにこのままだと不便だろうし、魔力を外に出せないよう堰き止めてある部分だけはなんとかしてあげるから、それで我慢して。
二叉に裂けた舌をチロリとさせた小蛇の体があっという間に形を崩して、蜜色の粘液が私のお腹をべちゃりと覆う。
次の瞬間、熱々の焼きごてを押し当てられたような痛みが下腹部を焼いた。
「きゃああああっ」
奴隷紋による縛りがない体は痛ければ悲鳴を上げるし、そこから逃れようと暴れもする。
「フェイ!」
身構える暇もなく与えられた突然の痛みに、自分ではどうすることもできなくなった体がジルに捕まって。
口に無理矢理ねじ込まれた指からは自分以外の血の味がした。
熱くて痛いのが苦しくてたまらないのに、ぞんざいな扱いにすっかり慣れてしまっている体は、私に気絶することを許してくれない。
下腹部に刻まれた魔法刻印を覆ったベル――蜜色の粘性体――が剥がれて落ちるまで、止まない痛みに散々暴れる私を、ジルは辛抱強く抱きかかえたままでいてくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
強烈な痛みとその余韻が過ぎ去った頃。
疲れ果ててぐったりとした私をベッドに寝かせてどこかへ行ってしまったジルは、しばらくすると水差しとコップを手に戻ってきた。
「飲めそうか?」
水差しから水を移したコップを、ジルが口元まで運んでくれる。
「のむ……」
「俺が支えるから、無理に動かなくていい」
差し出されるコップを受け取ろうにも、肝心の腕が持ち上げただけでぷるぷると震えるような有様だったから、私はジルの甲斐甲斐しさに甘えて口を開いた。
一口、二口とコップの半分にも満たない水を喉に流したところで、ぐっしょりと汗に濡れた体から力が抜ける。
「……フェイ?」
呼びかけたところで伏せられた瞼はぴくりともせず、見るからに憔悴した様子で意識を失ってしまったフェイジョアを、ジルベルトは慎重にベッドへ横たわらせた。
悲鳴を上げた拍子に喉を痛めでもしたのか、ぜいぜいと苦しげに息を継ぐ体から汗を拭い、片手で簡単に支えられてしまう痩躯の隣へ体を滑り込ませる。
(熱が出るかもな)
フェイジョアの些細な変化にも気付けるよう、ぐったりとした肢体を腕の中に抱え込み、浅い眠りへ意識を委ねた。