59 面倒そうでチョロい面々
ちゅんちゅん。
ちゅんちゅん。
朝の高原で2羽の小鳥がさえずっている。
パタパタパタパタ。
俺の気配を感じ取ったのか、小鳥は澄み渡る大空へと羽ばたいていった。
「おいセシル、今のとっ捕まえて食わなくてよかったのか?」
「はっ!? アンタ、何朝っぱらから喧嘩売ってんのよ! いい天気だねとか言うのが普通でしょ!?」
「いや、オマエだし逆に失礼かなって……」
「アンタ、あたしを何だと思ってんのよ!! まっ、いいわ。ほら、早く寄越しなさいよ」
クーリエに寝起きのボサボサ頭を櫛で梳かしてもらって朝食まですることが無いのだろう、暇そうにぼへーっと突っ立っていたセシルに話し掛けたら朝からキレられた。
それだけならまだしも、ついで感覚でマジックポーションを要求してきやがる。
末恐ろしい奴だ。
手首をパタパタさせて今出せ直ぐ出せ早く出せとアピールするセシルに渋々ポーションを投げ込むと何時も通り2秒で飲み干された。
「やっぱ朝はこれに限るわね」
「何が朝はこれに限るわねだ。魔法も使ってないくせにジュースみたいに飲むなよな。いつか魔力暴走すっぞ」
「やぁね、あたしにそんな事起きる訳無いじゃない」
警告する俺の肩をピタピタ叩いてセシルはその場から去っていった。
うーん、今日も朝から謎な奴だ。
でもそれ以上に謎な奴が居るからセシルの異常さが霞んでしまう。
「にーさんご飯だよー」
『それ以上』の筆頭が来た。
「うん、やっぱお前のせいだよな……」
「えっ!? 何の事?」
「ああ、気にすんなよ。取り合えず全部お前が悪いで片付く話だから」
「ええーっ!? そんなのダメだよぉ」
「ダメなのはお前の存在価値だ。今日の探索が済んだらうっかり忘れて置き去りにして行くから忘れるなよ」
「にーさんの言ってることが訳分かんないよぉ……」
ったく、下僕の分際で反抗的な態度を取ってきやがるじゃねえか。
俺達は決して噛み合わぬ会話を交わしながら昨夜焚火をしていた場所へ向かった。
昨日、櫓を囲んだ場所に腰を下ろす。
あれ?
この匂いは……。
「サム様、お口に合うか分かりませんが……」
「ああ、有り難うクーリエ」
クーリエから差し出されたキノコスープ。
ベーコンの代わりに干し肉が入っているけど間違い無い、母さんが好んで作った毒キノコスープの香りだ。
俺は無意識にお椀の中のキノコをひっくり返して毒キノコが混ざっていないか確かめた。
よかった、今日のは命に至らないようだ。
「なあクーリエ、このキノコって……」
「はい、昨夜、皆様がお休みになられた際に採取したものです」
「あ、そうなんだ……」
皆がグースカ爆睡している間に集めていたのか。
しかも全て安全なキノコ。
何処かの姫様とは大違いだ。
「あーん、くーちゃんは将来絶対いいお嫁さんになるんだよぉ」
キノコスープをがっつくルシオンが褒め称えるとクーリエは頬を赤くしてこちらをチラ見してきた。
つーか何だよそのオッサン臭漂う褒め言葉は……。
ルシオンがしょうもないことを言うので俺まで気恥ずかしさを覚えて敢えてその視線に気付かないように努めた。
クーリエは俺に次いでマズルカさんにキノコスープを差し出した。
「へー、たっぷりのキノコと干し肉とコンソメかぁ。有り難く頂くよ」
マズルカさんはスープの入った器を受け取ると胡坐をかいたまま大きく口を開いて豪快に流し込む。
「うん、美味しい。くどくなくて飽きの来ない味だね。こりゃいくらでも飲めちゃうなあ」
「まだ沢山ありますので……」
その言葉通り、マズルカさんはあっという間にスープを飲み干してしまった。
彼の好意的な感想にクーリエは小さくお辞儀で返し、空の器を受け取ると並々と注がれたおかわりが手渡された。
それを再び口の中に流し込むマズルカさん。
その振る舞いから決してお世辞で言っているのではないと伝わってくる。
「これ、母がよく作ってくれたスープなんです。しょっちゅう毒キノコが混ざっているから毒消し草のサラダとセットなんですけど……」
「それは斬新だね……。ところでお母さんは元気にしてるのかい?」
「母は……、多分変わりないと思います」
「あっと……。申し訳無い、触れちゃいけなかったみたいだね……」
不意に母さんの事を尋ねられて思わず声のトーンが下がってしまった。
空気を察知して咄嗟に謝罪の言葉を入れてくるマズルカさん。
とはいえ謝られる理由も話を切り替える理由も無いので俺は母さんについて話す事にした。
「いえ、そうじゃないんです。ところでマズルカさんって歳いくつですか?」
「僕? 僕は今年で44だけど」
「44ですか。その位の歳の軍人さんでしたらイリス・カーネリアってご存じですよね?」
「そりゃ勿論! 僕がまだ騎士団に入りたての頃に1度だけお会いしたんだけど品格があって噂に違わぬ美しい方だったのは今でも鮮明に覚えてるよ。その直ぐ後にご結婚なされてカーネリア王国から属国に移ったと聞いたけど何処に嫁いだんだろうね」
「イセリアですね。王族から離れてイリス・エルバードとして第2の人生を謳歌しておりました」
「へぇー、そうだったんだ。イリス・エルバード、……えっ? ええっ!?」
点と点が繋がってある結論に達したのだろう。
マズルカさんは目と口を大きく開けて俺の顔を見つめてきた。
「まさか、サム君のお母さんって……」
「はい、旧姓カーネリアです」
「ええーーーーっ!?」
そのひと言が彼にとって余りに衝撃だったのか、前傾気味に胡坐をかいていた巨体が両手で地面をついて後ろに大きく仰け反った。
大半の人は俺の母親がイリス姫だと知ると素っ頓狂な声を上げて驚く。
正直そのリアクションには慣れたものだ。
俺はマズルカさんが驚き戸惑っている傍らでまだ胸の奥で燻ぶり続ける熱を吐き出した。
「王国制度が刷新されてもうかれこれ10年になります。同時にキャスバルとの交易禁止令が発令されました。税制改正が発表され、属国への締め付けが一段と厳しくなりましたよね。あれ以降、イセリアでも職を失い路頭に迷う市民が格段に増えたと聞き及んでいます。慌ただしく世間が揺れ動く中でエルバード家は爵位を剥奪され、事業の縮小を余儀なくされました。でもそんな事は全部どうでもいいです。ただ今は母さんがどうしているのか知りたくて……。何処かで元気にしているのか、それとも……」
話していると段々と暗い気持ちが湧き上がり、気が付けば俺は下を見つめながらぼそぼそと喋っていた。
「そっかぁ。見つかるといいね、お母さん」
「はい、有難う御座います」
「あの時はサンチャーフォもめちゃくちゃでね、独立運動の声がそこらじゅうで上がるし、内戦とまではいかないけど至る所で小競り合いが起こって手の付けられない状態だったんだ。それでも結局終わってみれば何も変わってなくてね、だからサム君もお母さんが何も変わっていないと信じてあげてくれないかな」
「そうですね、悪い方に決めつけたらこうしてパーティー組んで協力してもらってる意味も無くなりますもんね」
「そうそう、その意気!」
思う所は山ほどある。
だけど今日はこれから洞窟の探索だ。
俺は気持ちを切り替えようと、パンを強引にキノコスープで流し込んでその場に立ち上がった。
ぐっと腹に力を込める。
「ほら、もたもたしている暇なんてねーぞ。食べ終わったら直ぐに行くからな!」
「なんちゅう自己中な奴なのじゃ……。こんな輩をリーダーに選んだ奴の顔を拝んでみたいわ」
「オメーだろが!!」
下なんて向いている時間は無い。
俺だけが辛いんじゃない。
今、この時代に生きる全ての人が先の見えない不安を抱えながら過ごしているんだ。
「おいルシオン」
ターゲット捕捉!
「えっ? にーさんなぁに?」
「お前何か悩み事あるか?」
「悩み? えっとねぇ……」
「嘘つくな!! お前が悩み事なんて抱えてる訳無いだろ!!」
「私にだって悩みくらいあるよぉ……」
ふう。
やっぱり気合いを入れたい時はこいつをいびるに限るわ。
カチカチのチーズを齧る堕天使に喝を入れて俺はスッキリと気持ちを切り替えた。
………
……
…
俺は靴紐をきゅっと結んで立ち上がり、鞘をベルトに固定した。
思えばセシルと出会ったあの日にイノシシを狩って以来まともに剣を振っていない。
なあ、俺の剣はこの先役に立つ時が来るのか?
グリップを握り、その重みを確かめながら俺は皆が集まる場所へ向かった。
「それじゃあ隊列と人員配置なんだけど、魔法陣の中がいちばん安全なので馬車はこのまま此処に停めて、見張りを1人置きます。それと洞窟の入口にも1人置きます。河食洞の中は少し狭いから2列縦隊で進みます。1列目を魔王様と僕、2列目をセシルちゃんとルシオンちゃん、3列目はサム君とクーリエちゃん。この並びで行くけどいいかな?」
「ウム、問題無いのじゃ」
「はーい」
まあ事前に俺達の普段のフォーメーションは伝えてあるから、そこから少し形を変えての隊列に不満なんて無い。
それよりもこのリアクションの違いだ。
マズルカさんの案内に首を縦に振るスカーレット。
それにルシオンも声を出してマズルカさんに応じた。
この2人は基本的に発声して意思を示す。
はいの場合も、いいえの場合も。
スカーレットは意思を示すように、ルシオンは簡潔に。
セシルは案外人見知りなところがあるようでこのような流れの中でいちいち反応を示さない。
不満があれば後で俺に言いに来る。
クーリエも己の意思はスカーレットと共にあると言いたげなのか、自発的にアクションを起こさずスカーレットが首を縦に振ればそっと頷く。
俺は俺以外の誰かが仕切っているのを眺めながら妙に客観的な位置から分析をしてみた。
多分大きく外れてはいないと思う。
此処まで何日間行動を共にしてきただろうか。
種族も見た目も性格も全く違うけどクーリエは元々主張が無いとして他の3人も食い物で釣ればおとなしくなる。
この先も上手く言いくるめてさっさとガレオンに辿り着きたいものだ。
「それでは探索隊出発します。悪いけど留守番宜しくね」
マズルカさんは部下の1人に視線を向けると如何にも規律に則ったような敬礼が返ってきた。
俺なら1人だけ残されたらだらだらごろごろするのは間違い無いがこの人になら安心して任せられそうだ。
上司に敬礼を行うという何気ない動作だけど割と馬鹿にならないものなんだと感心してしまった。
さて、魔法陣を展開した大樹から緩い下りの小径を進むと直ぐに目的の場所がその姿を現した。
「さあ着いたよ。なんて言うほどの距離じゃないけど此処が第6ハイテホーテ河食洞、前々から君達に探索をお願いしてきた場所になります」
小径の先は窪みというか浅い谷底のような形状をしていて、坂を下りきった所に崖の裂け目が口を開いていた。
裂け目からは俺の背丈の倍程の川幅があるが膝にも届かない程の水が湧き出ており、その穴のような裂け目を囲うように木の枠が掛けられている。
「この木枠は何か意味があるんですか?」
「うん、これは神聖なる場所って意味があるんだ。第6ハイテホーテ河食洞は乾季でも関係無く水量が安定しているから昔から恵みの水の水源地として崇められてきた歴史があってね。だからどうしても魔力汚染の原因を突き止めて安全な水を取り戻したいんだ」
その熱意ある瞳。
マズルカさんが国王すらも動かし、別の国の俺達に調査を依頼するまでに執着する理由が分かった気がした。
どうしてマズルカさんが国王親衛隊長にまで上り詰めたのか?
いや、逆にサンチャーフォという国がマズルカさんを必要として国王親衛隊長になるべくしてなったのではないか?
上手く言葉にできないけどやっぱ凄いわこの人。
崖の裂け目に向かって歩き進める彼の背中を見て敬意の念が湧き上がってくるようだった。
「ホレ、ぼさっとしとらんで行くぞ」
「ん? あ、ああ」
スカーレットが振り返って俺に行動を促してきた。
そうだ、こういう何があるか分からない場所なんだから気を引き締めないと。
立ち止まって俺に目を向けるクーリエと共に前へと進んだ。
目の前に佇むは第6ハイテホーテ河食洞。
入口である崖の裂け目は狭く、水が流れている所から入り込むしか方法は無さそうだ。
「この水って触っても大丈夫なんですか?」
「少しなら曝露しても身体には影響無いってセイレーンが教えてくれたけど実際どうなんだろうね」
俺とマズルカさんは川の近くに立ち、2人揃って不安そうに流れを見つめた。
川に入らないと河食洞に入れない。
でも異常な量の瘴気が含まれてると聞いたら、そりゃねぇ……。
じーーーーーーっ。
俺は首を回してスカーレットを凝視した。
「何じゃその無言の圧は」
「瘴気って魔力なんだよな? じゃあお前効かないじゃん」
「だから何だと言うのじゃ?」
「泣いて喜べ。貴様に1番手を譲ってやる」
「頭足りておるかの? スカーレット様お願いしますじゃろが」
「ぐぬぬぬぬ……」
スカーレットは牙を剥きだしにしてほくそ笑む。
折衝の場において決して劣勢に立たされない魔王の聡明なる弁舌。
それがまさに今、俺に襲い掛かってきている。
だがやすやすと頭を下げるのは何だか癇に障るってなもんだ。
あいつに弱点なんてものは見当たらない。
俺は少し考える。
取り敢えず道具袋から飴玉がパンパンに詰まった袋を取り出してスカーレットにちらつかせ、奴の視線があからさまに飴ちゃんに向いたのを確認してサッとしまった。
エサで釣る。
今までに幾度となくルシオンに仕掛けた基本技であるが俺の読みではこいつにも通じる筈。
スカーレットから余裕の笑みが感じられなくなったところでどう出るか、俺は様子を見ることにした。
「魔王様申し訳ありません! 僕が率先して動かないといけないのに」
だが予想外にも静寂を切り裂いたのはマズルカさんだった。
俺とスカーレットがジト目で睨み合っているのを察しての判断だろう。
彼は謝罪の言葉を口にしながら川のほとりに向かって歩き出した。
「待て、マズルカよ」
その言葉を受けて今にも川に足を踏み入れそうなマズルカさんの歩みが止まる。
「はぁ~~、お主ではないのじゃ」
「と言いますと?」
「いや、独り言じゃ。気にするでない」
スカーレットはマズルカさんを制するとザバザバと川に入り前傾になって右手を水面に当てた。
何かしたんだろ。
知らんけど。
「これで大丈夫じゃ。サムのようなヘボでも瘴気に侵されることもあるまい」
身体を起こし、へッと鼻で笑うクソ魔王様。
この野郎、魔王の分際で頭下げさせる対象絞ってんじゃねえよ!
とはいえあいつもやる事やった訳だし何時までも強情貫く理由も無い。
俺はチラつかせた飴玉の袋をスカーレットに放り投げた。
「ウム、献上品であるな。こういう物は出し惜しみせず存分に振る舞うがよい」
バリバリと飴ちゃんの断末魔が響き渡る。
ったく、結局エサでゴキゲンになるんだけどコイツといいセシルといい、いちいちめんどくさいんだよな。
「なーんかにーさん楽しそうだね」
楽しそうなのはお前だろと言いたくなるような笑顔を振りまきながらルシオンが喋り掛けてきた。
「はあ!? こんな真面目な俺を差し置いてバカなこと言ってんじゃねえよ」
「あはっ、くーちゃんもにーさんが楽しそうに見えるよねー」
その言葉を受けて右に顔を向けると微笑み返すクーリエの姿が。
くしゃくしゃ。
「あわわわわ……」
俺はクーリエの艶やかな黒髪を掻き回して崖の裂け目へと向かった。




