41 海辺の町を見下ろしながら
ザ―――――……
ザザ―――――……
耳を澄ませば微かに聞こえる波の音。
そっと目を閉じればほのかに漂う潮の香り。
「ふぅ……」
俺は小さく息を吐き、眼前に佇む緩やかな丘を見上げた。
何の変哲もない丘だがあの頂上からはユスアの町、そして南北に走る海岸線が一望できる。
イセリア湖のキャンプから3日、草原を貫く一本道をひたすら東に歩いてきた。
そんな代わり映えの無い景色もあと少しの辛抱。
遂に目的地まであと一息のところまでやってきた、となれば幾度と見てきたユスアの街並みとはいえ否応なしに心が躍ってしまう。
だが俺は小走りしてしまいたくなる衝動を抑えながら衝動が抑えられない奴等を目の当たりにしていた。
「お主は何をモタモタしているのじゃ! まさかあの波の音が聞こえぬとでも言うのか!?」
「そうよそうよ、あーもうじれったいわね!」
「だったら2人で先に行けばいいじゃねえか」
俺は表情を崩すことなく冷静に答える。
「かぁーっ! 他人の気持ちも察せぬ奴め! だからお主はちいとばかし見栄えが良くてもモテんのじゃ! クーリエが居らねば孤独な老後間違いなしなのじゃ!」
「ホンット無神経ね。クーリエもこんなのがいいなんて考え直したほうがいいんじゃないの!?」
「こいつら……」
マジで何の躊躇いも無く抉るようにディスってきやがるじゃねえか……。
この後の展開が楽しみで仕方ねえわ!
それはさておき、あの2人が言うには5人で同時に頂上へ望んで達成感を共有したいらしい。
そういう仲間思いなところは純粋に感心させられるものである。
「ったーく仕方ねえなぁ……」
俺は軽く悪態をつきながら逸る2人に向かって駆けだした。
ルシオンとクーリエも俺の横に並んで駆ける。
タッタッタッタッ、タンッ――
雲ひとつ無い晴天の下、全員で同時に丘の頂上に辿り着いた。
横並びに影が5つ。
「はぁーーーっ」
俺は大きく息を吐くと思わず両膝に手をついてしまった。
草を薙いで登ってくる潮風が汗ばんだ額を撫でながら吹き抜けてゆく。
眼下に広がる真っ白な砂浜は太陽の日差しを存分に受けてキラキラと輝きを解き放つ。
俺は背筋を伸ばすと余りの目映さに目を細めながら辺りを伺った。
ついさっきまでギャーギャー騒いでいた罵声コンビはその雄大なる景色を前に身動きひとつ起こさない。
その光景に心を奪われているのか、瞳と口がこれほどかとまでに開いている。
「海ってこんなに綺麗だったんだ……」
セシルの口からポロリと言葉が発せられた。
「そうだけど、イメージと違ったのか?」
「うん。神護の樹海は海岸がずっと崖になってるから。波も荒いし、大きな海獣もいるし、それにいっつもどんよりしてるから誰も近寄らないの」
「マジか……、東と西じゃ全然違うのな」
「アンタ、ユスアの町が海岸の近くにあるって言ってたじゃない? だからルシオンに大丈夫か聞いたのよ。そしたらあそこの海はキラキラしていてすごく綺麗だって……」
「そっか」
西海岸がそんな環境だとは知らなかった。
でもよくよく考えてみればそんな過酷さも神護の樹海が流刑地として選ばれる理由の1つなのだろう。
改めてセシルが大変な場所で暮らしてたんだなとしみじみ感じさせられてしまった。
「のうサムよ、あれが魔石機関車の線路であるな!?」
スカーレットはユスアの町を指さすとそのまま指先は南に向かってなぞられていく。
「おっ、よく気が付いたな。夕方になったらイセリアから機関車が来るからそれに乗って明日の昼前にはコバルクに着いていると思うぞ」
「そうであるか! やはりお主にくっついて正解だったのう。クーリエもそう思うであろう?」
彼女はウンウンと腕を組みながら感慨深く頷く。
気が付けば俺の右側が定位置となっているクーリエもコクコクと小さく首を縦に振っている。
この無邪気さを見るとつくづく魔大陸にはこういったモノが無いんだなと感じさせられる。
まあ感じたところで俺に打つ手は無いんだけど……。
「ねっ、ねえっ! それより早く町に行きましょうよ!」
よく分からないけどセシルの中の何かしらのリミッターが壊れたのだろう、土煙を立てながら興奮のままに坂を駆け下りていった。
ただでさえエグい身体能力にロック鳥の羽の加護が加わってあっという間に俺の視野から消えていく。
実に挙動不審で残念なダークエルフさんだこと。
「まったく仕方ないのう。セシルの面倒は妾が見ておる故、お主達も遅れぬよう付いてくるのじゃぞ」
スカーレットは然も自分はお目付け役であるとアピールを残してセシルの後を追った。
偉そうなこと言ってるが俺からすりゃお前も同類だっての。
「しーちゃんとすーちゃん行っちゃったね」
「ああ、行っちまったな」
互いに呟きながら駆け出した2人が西門を潜るのを確認。
俺はルシオンと目を合わせるとどちらともなくニタニタと笑い出した。
「あーん、にーさんが凄く悪いこと考えてるよぉ」
「バカ言うなよ、お前こそニヤニヤしてロクでもないこと考えてるんじゃねえのか?」
「えー、それは秘密だよー」
俺達がほくそ笑む姿にクーリエは焦りと戸惑いの表情を浮かべながら佇んでいた。
話は今朝に遡る。
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「ねぇサムー、本当にあと少しで次の町に着くのよね!?」
皆でキノコスープ(微毒)を啜っているとセシルが気怠そうにに話し掛けてきた。
3日同じ景色が続いただけでこのザマである。
「だからもうすぐって昨日も言っただろが! なあルシオン」
「そーだよー。こっからだと多分お昼までには着くんじゃないかなぁ。ねぇにーさん」
「そういうことだ。悪いが昼はユスアで済ますつもりだから少し急ぐぞ」
「まあルシオンがそう言うなら本当なんでしょうね。それならさっさと出ましょ」
「俺の言うことは信用ならねえのかよ……」
セシルは巨大プリンを飲むように胃に流し込むといちばんに立ち上がった。
ついさっきまで怠そうだったってのにいきなり急かしだしてホント朝っぱらから忙しない奴だ。
身支度が整い全員が立ち上がる。
俺は焚火に土を被せて忘れ物が無いかと辺りを見渡した。
「よっし、じゃあ行くとするか。なあ見てみろよ、あそこの山のてっぺんに木があるだろ?」
俺が指さすその先に横に大きく広がった大木がぽつりと1本。
ここからだと随分離れているがこのメンバーならすぐに認識できるだろう、俺は勝手にそう判断して話を進めた。
「あそこが此処からユスアまで中間って感じかな。なっ、もうそんなにないだろ?」
あとどの位歩けばいいのか視覚的に訴えてやった。
ゴールが見えてる分闇雲に進むより文句も出ないだろう。
優しいな、俺。
「あ、そうだ、歩きながらでいいから聞いてくれ」
「何じゃ?」
「お前らカーネリア通貨持ってるの?」
「バッ、バカにしないでよね! あたしだってそれくらい持ってるわよ!」
「別にバカにしてねえよ……」
俺の質問に噛み付くような反応を見せるセシル。
こいつに関しては持ってはいるけど余裕は無さそうな感じだろう。
「お主は妾がどのような状況から転移させられたか知っておるであろうが……」
「そうだったな……」
イセリアギルドでキャスバル通貨を持ってるのは見たけど流石にカーネリア通貨までは持ってないか。
「私も持ってないよー」
大丈夫、オマエには訊いていない。
「私も滞在の予定ではなかったものでして……」
確かにそりゃそうだわな。
「で? 結局イセリア育ちのおぼっちゃまは何が言いたいのよ」
「やけに引っ掛かる言い方だな。別に深い意味なんか無いっての」
樹海育ちの天然ダークエルフがあからさまな嫌味を含ませてきたが面倒なので軽く流して話を続けた。
「ホレ受け取れ」
俺は道具袋から小振りな革袋を4つ取り出してホレホレと見せつけた。
「ナニコレ」
「流れで少しは察しろよ……。一応この中に金貨1枚分の銀貨と銅貨を入れといたから好きに使ってくれ」
「えっ、いいの!?」
セシルの瞳がキラリと輝いた。
たかがこの程度の金額でそんなあからさまに喜ぶなよ……。
「町で買い食いするだけならこれだけありゃ十分だからな。もし手持ちを超えるような物が欲しくなったら言ってくれれば買えるだけ渡すから」
俺は手短に中身を教えてホイホイホイと革袋を全員に渡した。
「何から何まで尽くしてもらってかたじけないのう」
「いちいち気にすんなよ」
この場を代表したようなスカーレットのお礼に俺は素っ気なく返した。
余計な言葉はスムーズな流れを堰き止める障害にしかならないしな。
「何処でもいいから落としたり掏られたりしないようにしっかり結んでおけよ」
「私の分はにーさんが持っててよー」
「ダメだ、オマエも少しは自分で使う金くらい自分で管理するように意識しなさい」
「えー、めんどくさいよぉ……」
ルシオンが返そうとしてきた革袋を華麗にスルーして俺はスタスタと街道を歩きだした。
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とまあ、こんなやり取りがあったのだが実は巧みな仕込みだったりする。
「よーし、そろそろいいかな。それじゃあ俺達もユスアに向かうぞ!」
「はーい」
ルシオンが気の抜けた返事を返しながら俺の左を陣取る。
斜めに被った麦わら帽子。
そのつばをくいくいっと弄りながら彼女はすこぶるゴキゲンな様子である。
「なあクーリエ」
「はい、何でしょう」
「お前ならあの町の名物と聞かれたらどんな物を想像するんだ?」
俺は海辺に広がるユスアの町を指差してクーリエに問い掛けた。
「名物でございますか……。そうですね、やはり地の利を踏まえると塩であったり海の幸であったりと考えられますが」
クーリエは俺の指差す方向に目を向けると当たり障りのない回答を示した。
普通なら正解だ。
普通なら。
だがクーリエの回答を聞いてルシオンがあははと笑った。
「なんだかくーちゃんも引っ掛かっちゃいそうだね」
ルシオンは後ろ手で手を組みながら前かがみになると、俺を挟んでクーリエの顔を横目で見上げた。
後ろ髪を垂らしながら無邪気な笑顔で忠告めいた言葉を発する我が下僕。
その言葉の内容に理解が及ぶ訳もなくクーリエはきょとんとしながら俺とルシオンの顔を交互に見つめた。
「申し訳ございません。何分状況が把握できないものでして……」
「あー、気にすんなよ。別にお前に何か言いたいとかそういうのじゃないから」
「はあ」
クーリエ1人だけが置いてきぼりの空気だが怒る訳でもなく悲しむ訳でもなくただ流されるような反応を見せる。
まあここはひとつ俺の事を完全に信用しているからであろうと勝手に解釈しておこう。
「こんな所で立ち話も何だし俺達も行こうぜ」
右に黒翼、左に白翼。
これってアゼルネアに向かう時と全く同じフォーメーションだなと思い返しながら俺はユスアへと繋がる坂道へと踏み出した。
…
馬車も通れるように配慮された浅い傾斜のワインディングロードを見下ろしながら3人並んで歩く。
「さっきの話だけど、名物というかユスアに来たら取り合えずコレってのがあるんだけどな」
「あっ、それって海辺のフカフカのことだよね!?」
「……海辺のフカフカですか?」
「そーだよー、すっごく美味しいんだよー。絶対にくーちゃんも好きになると思うなー」
ルシオンは恐ろしい程中身の無いレビューを引っ提げて海辺のフカフカの素晴らしさをクーリエにアピールし始めた。
うーん、やはりこいつに解説を任せるのは無謀だったようだ。
「鉄道駅から少し海寄りの所に『海辺のフカフカ塩饅頭』って店があるんだけどそこの饅頭が絶品でな、俺もルシオンもユスアに行ったら必ず立ち寄ってるんだわ」
「にーさんもあのお饅頭大好きだもんねー」
「ああ、あれはマジで最高だ」
裏ごしした蒸かし豆に砂糖と微かに酸味が残る柑橘果汁を加えた餡。
それをユスア産天然塩を使った生地で包んで……、とかカチルが言ってたな。
模倣してみたけどあのフワフワ感は再現できなかったとぼやいていたのを覚えている。
あー、考えただけで食べたくなってきた。
昼はあそこの饅頭で決まりだな。
「と言う訳で今からそこに向かうんだけど、ここからだとユスアにはあそこの西門から入るのがいちばん近いよな?」
「はい」
俺は坂下に佇む西門を指さすとクーリエは僅かに頷きながら返事をした。
「今まであの西門なんて誰も使わなかったんだけど、ユスアからコバルクまで機関車で移動してもよくなってからは今俺達が歩いているこの道が冒険者の証を目指すメインルートになったのよ。そしたらずっと誰にも気付かれなかったとある店がギルドで噂になった訳って流れなんだけど……」
俺は顔をキュッと引き締めると声のトーンを落として話し始めた。
会話の風向きが変わったのを感じたのだろうか、ゆらゆらと揺れていたクーリエの翼がピタリと止まる。
状況を察してかルシオンまでも口を閉ざす。
小さな足音だけが耳に届くほんの少しの静寂の間。
これから巻き起こるであろう展開を語るべく俺はクーリエに顔を向けた。




