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40 続・とおいとおいむかしのはなし

「肉体は生命維持が不可能な状態、即ち死と同時に精神が失われ魂が分離される。魂は輪廻の過程で冥界を経る故、天地大戦の終焉と同時にコルトリーフの150万の魂は冥界へと還るのが自然の道理なのじゃ。であるが実情は異なる。先程冥界に降りる魂が足りておらぬと言ったが700年経とうが1体たりとも届いておらんわ」


 あくまで独り言として通すつもりなのかスカーレットは視線を下げたまま。

 ならばこのまま喋らせておくか。


 チラ。

 あ、こっち見た。


「何を黙りこくっておる、お主は人の話を聞くだけ聞いて相槌のひとつも打てんのか!?」

「なっ……」


 どうしよう、理不尽な指摘に対して咄嗟に感情を上手く言葉で表せない。


「鈍いのう。お主、戦闘に於いては今二つであるが口先だけは師範クラスであろうが」

「いやいや自分で独り言だって言ったばっかじゃねえか……」


 こいつ何相槌求めてんだよ!

 それより今二つって言わなかったか!?


 頭の中で平行処理しながらも冷静を装い返答を返した。


「クーリエは率先して申し出るタイプではない。恐らくルシオンも似たようなものであろう。セシルに至っては口より先に飛び蹴りが炸裂するじゃろな。ならばお主はどうじゃ?」

「俺? 俺は剣士として……」

「そうじゃ、お主は人の話が終わる前に口を挟んで相手の顔面を末期の神経痛の如く歪ませるのが使命じゃろが!」

「知らねぇよ!! 勝手に変な使命押し付けるな!!」


 口を挟んでるのは貴様だろが!!

 俺は顔面をぐにゃりと歪ませてクソ魔王に対峙した。


「ウム、とてもいいとこ育ちの坊ちゃんとは思えぬひん曲がり具合なのじゃ」


 スカーレットがそう言いながらニタニタと笑う。

 ヤベエ、超殴りてえ。


「いやぁ、愉快よのう」

「は? そんなに俺の事貶して楽しいか?」


 ちょっと不快な気分になってきたので強めに言い返した。

 それでも尚、魔王は裏表の無さそうな笑みを浮かべている。


「お主には到底想像もつかぬような年月を過ごすと嫌でも気付くことがあってだな」

「何だよいきなり」

「なまじ長生きすると孤独を感じる時間も比例して長くなるのじゃよ」

「孤独? そりゃまあ、確かにそうかもな……」


 魔王にも感情はある。

 こいつを見れば明白だ。

 下手すりゃ目的があるのか無いのか分からない町の連中より俄然感情に起伏があるように思える。

 いや、むしろあり過ぎ。

 クーリエと足して2で割れと声を大にして叫びたいくらいだ。


「久しいのう……。今日という1日、これから何が起こるのか、考えただけで心が躍るのじゃ」

「そっか……」


 胸の奥に湧いた苛立ちがスッとほぐれた。

 憎まれ口を叩いてしまうのはどことなく俺と似た性格だからなのだろうか、それとも魔王という立場がそうさせているのだろうか。


「でもな、これだけは言っておくわ」

「ほう、何であるか?」

「ルシオンは普通に口悪いからな」

「それはお主だけにであろう?」


 お見通しと言わんばかりに魔王は答える。


「まあそうだけど……」

「カッカッカ、それは愛情の裏返しじゃよ。不死身とも言える堕天使にまで愛されるとはお主も隅に置けんのう」


 よく分からんがやけに嬉しそうだ。

 お前、クーリエに俺を引っ付けさせようとしてたんじゃなかったのか!?


「別にそんな喜ぶことじゃないだろ……」

「言ったじゃろう? 永遠とも言える時の流れに身を置く者には孤独が付き纏わると」


 スカーレットはくるりと回って俺に背を向けた。


「何もかも諦めてしまった方が楽なのじゃよ」


 息を吐くように彼女は紡ぐ。

 だがその言葉は底が見えない程に重い。


 遥か昔から地上に居た者だからこその深みあるひと言。

 俺のような若造には到底達することのできない仄暗い深淵。


 恐らく総てを解った上で俺に負担を掛けまいと敢えて背を向けて言ったのだろう。


 くしゃくしゃ。


「のわーーーっ!! 何をするのじゃ!!」


 隙だらけの背後からスカーレットの頭を乱雑に搔き乱した。

 ローズピンクの髪がキラキラと朝焼けの光を散らしながら舞い踊る。


「わざわざぼやくってことはまだ諦めてないってことだろ?」


 俺はわしゃわしゃと手を止めることなく問い質す。


「分かったからその手を引っ込めるのじゃ!」


 何が分かったのか俺にはさっぱりだが取り敢えず頭に乗せた手を引いた。


「要するにその冥界に辿り着いてない魂が何処にあるのかを突き止めるのがお前のいちばんの目的なんだよな?」

「そうじゃのう……、まあ今のところはそれでいいのじゃ」

「軽っ!」

「グルメツアーと言わぬだけでもマシなもんじゃろ?」

「いやまあ、そうなんだがな……」


 スカーレットは握り締めていた袋に手を突っ込んで飴玉を取り出した。


「難しい話は止めなのじゃ。それより一刻も早く次の美味いもんにあり付きたいのう。今日かのう、明日かのう、楽しみじゃのう」


 バリバリと飴ちゃんの断末魔を奏でながら魔王はニッカリと笑う。

 いやいやお前切り替え速過ぎないか!?


「正直に言ってしまうと天地大戦自体は長々と語る内容ではないのじゃよ。コルトリーフの皇帝が神に喧嘩を仕掛けた結果、国ごと絶やされた。他の大陸にも相応の戦火は広がったものの特に飾り付けるような余談も無いのじゃ」


 俺の不安を察知したのだろうか、彼女は取って付けたようなフォローを入れてきた。

 それでも魔王自らの発言である以上それが真実なのであろう。


「でもそれで話が終わっちまったらお前の言う魂はどうなるんだ?」

「何を言っておる、それと天地大戦は別問題に決まっておろうが」

「そうなの?」


 スカーレットは飴玉を咥えながら残念そうな表情を浮かべている。

 お前もう少し顔色隠せよ……。


「魂が消失した事案に天地大戦そのものが絡むのならば直接コルトリーフに赴けばいいであろうが。いや、屍がそこにある以上全くの無関係とは言い切れないのじゃが……」

「屍はあるのに魂は無かったんだっけ?」

「ウム。であるから他に魂が集まる場所が……」


 彼女は懐から葉っぱを取り出した。

 さっきノーグワースの魂を消した世界樹の葉だ。


「ホレ、ちょいと触れてみるのじゃ」

「は? そんなの嫌に決まってるだろ!」

「クックック、絶対そう言うと思ったわ」


 スカーレットは頬を吊り上げて悪そうに笑うと一瞬にして俺の視界から消えた。


「ごはっ!!」


 突如背中に強い衝撃が襲い掛かった。


「クソッ! 取り憑くなこの背後霊め!」

「カッカッカ、ほーれほーれ」

「バッカ! 近づけんな!!」


 カサッ。


「ぁあ―――――っ!!!」


 身体を捩りながら声にならない奇声を上げる。

 恐らく本能のままに叫んだに違いない。


「……お?」


 今、微かにだけどに当たったよな。


「……何だ偽物かよ驚かせやがって」

「本物じゃよ?」

「本物だぁ!? ふざけんな! 殺す気かっ!!」

「誰が死ぬのじゃ?」

「そんなの俺に決まって……」


 俺が焦っているのを見てか背中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 何て嫌な奴なのだろう。


「世界樹が冥界に送るのは肉体から離脱した魂だけじゃ。生きている者に害を及ぼすことは無いから安心するがよいぞ」

「初めからそう言えよ……」

「カッカッカ、それでは妾が面白くないのじゃ」


 更に声高に笑い声を上げる極悪非道魔王。

 赦さん、いつか絶対に泣かす。


「どれ、もう明るくなる頃合いじゃ、さっさとキャンプに戻るがよいぞ」

「この野郎……」


 背中の寄生体から偉そうに注文が告げられた。

 清々しい程にイラついたが絶対に剝がせないのは目に見えている。

 俺はスカーレットを背負ったまま渋々と足を踏み出した。



 ……



「そう言えばさっきの話だとお前の旅の目的地って世界樹ってことになるんじゃないのか?」


 スカーレットは俺に背負われているので並んで歩くクーリエに顔を向けて話し掛けた。

 目が合った隣人は上司の発言の妨げにならないようにと何も発さずそっと微笑みを返している。


「何故そう思うのじゃ?」

「いや、何故って言われてもなぁ……」


 質問に質問で返された。

 こいつの事だ、明確な回答を持っているに違いない。

 そう直感した俺は質問返しに曖昧に応じて彼女の次の発言を待った。


「『はい』か『いいえ』で答えるなら『いいえ』じゃ」

「違うのか。それなら計画通りガレオンに向かっていいのか?」

「構わんよ。このパーティーがSSランクでギルドに登録された時点で我等の大まかな滞在場所はカーネリアに把握されておるのじゃろ? ならば手の内を示さぬ為にも今はのんびりと食べ歩きでもしておればよいのじゃ」

「オマエ手の内なんて隠してるのか!?」

「後手で動いておるのに手の内なぞある訳ないじゃろが」

「無いのかよ……」


 無い割には歯切れよく話すのな。


「でも世界樹に向かわなくてもいいのにはそれなりの理由があるんだよな?」


 俺はいいえと言い切る理由が気になってスカーレットに問い掛けた。


「ホレ」


 背後からにゅっと俺の目の前に手が伸びてきた。

 その指先には世界樹の葉が摘まれている。


「しっかりと肌で直接触れてみるがよい」

「えー……」


 多分俺には何の害も無い葉っぱなのだろう。

 でもあの光景を見ちまったらそりゃねえ……。


「まったく、男のくせに意気地が無いのう」


 ビターン!!


「うぶっ!!」


 手のひらに乗せられた世界樹の葉が勢いよく俺の顔面にヒット。

 それだけじゃ済まないのか、そのままグリグリと押し付けてきやがる。


「クッソ! 離しやがれ!」


 訴えを起こして数秒後、漸く俺の顔から葉っぱが引っ剥がされた。


「気分はどうじゃ?」

「……よく分からないけど嫌な感じじゃないな。何だコレ」

「マナじゃよ。魔力感性の低いお主でも薄々感じたようじゃな」

「あー、何かこう、生温かいような……」

「……この不感症め。まあよいわ。時にお主、イセリアの修道院で御守りを買ったであろう?」

「あぁ、これだろ?」


 俺はポケットをがさがさとまさぐって緑色の御守りを掴み出した。


「葉っぱの形をした縁起物のモチーフは世界樹。これは全大陸共通じゃ。即ち地上で生きとし生けるものは例外なく何らかの恩恵を授かっているのじゃよ」


 俺はアーシャから受け取った御守りをじっと見つめた。

 削り出した木片に緑色の毛糸が巻かれたそれは本物とは形は違えど間違いなく葉っぱの形をしている。


「生きる者に活力を与え、彷徨える魂を冥界へと送る。それこそが世界樹の真の役目なのじゃ」

「それならやっぱり行くべきなんじゃないのか?」

「逆じゃよ。世界樹に集う魂は自然と冥界に届くしその数も変わっておらん。つまりは今現在世界樹周辺におかしな点は無いと考えるのが筋であろう。それにあの周辺は何かときな臭くてのう……、下手に立ち入って目立つのはどう転んでも悪手にしかならぬわ」

「きな臭い?」

「何じゃ知らんのか? 若いうちから見聞を怠りおって……。母親探しもよいがもっと世界にも目を向けねばならんぞ」

「お、おう……」


 魔王の有難い余計なひと言。

 さすがにもう慣れたけど初見の勇者辺りにも良識溢れる正論パンチをかましてそうで些か不安になる。

 返り討ちにされた上に正座でみっちりお説教とか勇者泣くぞ。


「ここ数十年の話なのじゃがルクミナが世界樹の所有権をしつこく主張しておってのう。ったく、あれは冥界の所有物だと言うのに身の程も知らぬ傲慢さであるわ」

「でも世界樹はルクルネストにあるんだから首都が管理するのは悪いことじゃないだろ?」

「百歩譲って国家が管理するのならばまだ分かるのじゃがな、ここに来てルクミナがしゃしゃり出てきたのがどうにも胡散臭いのじゃよ」


 それの何処が不満なのかは置いといて、それよりさっきから俺の頬を引っ張るのを至急止めて頂きたい。

 俺の顔はオマエのストレスのはけ口じゃねえんだよ!


「何か思うことがありそうだな」


 背後から纏わりつく手をブンブンと振り払って会話を繋ぐ。


「とはいえ確信は持てないものでな。杞憂かもしれぬ故、今の話は聞き流してくれんかのう」


 何かと回りくどいスカーレットがストレートに不快感を示している。

 本当に許容できない事態ならば既に行動に移しているのだろうが、こうして俺なんかに愚痴るってことは個人的に気に食わないとかそんなレベルなのだろう。

 まあ気にならない訳でもないから続きを喋らせてみるか。


 ぐいっ。

 俺は首を90度右に向けた。


「なあクーリエ、お前もスカーレットが何を気に留めているのか知りたいだろ?」


 ついでに手も差し出してみる。


 ガシッ!

 釣れた。


 クーリエは俺の手を両手で握りながらうんうんと頷いている。


「……お主、日に日にクーリエの扱いが達者になっておらぬか?」

「人聞き悪いな、俺はクーリエの感情を引き出すフォローをしているだけじゃないか」

「どう見てもそうは見えぬが……。まあよい。隠す事もあるまいし、そんなに知りたいのなら教えてやるわ」


 俺の肩をぐにぐにと揉みながら背負いの魔王は杞憂の糸を紡ぎだした。


「先程も言った通り、世界樹は冥界が所有しておるのじゃ。事実世界樹の役割を知れば自ずと納得がいくであろう」

「確かに言われてみればそれが妥当だよな」

「であるが地上の者が実際に冥界に関わるのは死んだ後になるものでな、そうなるといざ世界樹は冥界の物だと主張したところで聞き捨てられるのが関の山なのじゃよ」


 背中からはぁと漏れる溜息が俺に巻き付いてくる。

 これはまた愚痴になるパターンじゃねえの?


「とはいえひとつ幸いな事に世界樹は北遠の樹海のほぼ中央に根を張ってのう、あの辺りは一帯を高低差のある深い原生林で形成されておって地形上簡単には近寄れぬ難所となっておるのじゃ」

「あー思い出した。北遠の樹海って世界樹があるからずっと領域主権が認められてなかったけどいつの間にかルクルネストに組み込まれたよな」

「公に公表しておらんから大半の者は曖昧な認識じゃろう。北遠の樹海のルクルネスト編入はカーネリアも随分と渋っておったが、犯罪者の流刑地でもある神護の樹海も纏めて受け入れることを条件に認められたようじゃな」

「神護の樹海が絡むから学校で教わらなかったのか。つーかそれよりお前の不満点が見えないんだけど。なあクーリエ」


 再びクーリエに顔を向けると視線の先の彼女は何言う訳でもなくほんわりとこちらを見つめ返して翼をゆらゆらと揺らした。

 見る限り特に意見は無さそうだが今度は頷かなかったから彼女なりに感情表現に差があるのだろう。


 何にせよ細かい見定めにはもう少し観察が必要である。


 じーーー。


 俺の熱視線を間近に受けてかクーリエは顔を斜め下に傾ける。

 おお、これは間違いなく恥ずかしそうな仕草だ。

 ヴァンパイアロードは見つめられるのが苦手、と。


「時にお主、エルフの習性には詳しいかの?」

「んな訳ないだろ」


 隣人をガン見していたら耳元にスカーレットの声が届いた。

 俺は咄嗟に呼応する。


「エルフなんかよりも俺はヴァンパイアロードの習性から覚えねばならん」

「知らんわ、そんなもんは2人っきりの時にするがよい」


 何だかんだで喋りたいのだろう。

 俺の学習時間は取り上げられ、魔王の愚痴フェーズに強引に移された。


「森に生まれ、森に還る。それこそがエルフを語る上で最も簡潔な紹介なのじゃ」

「無理矢理エルフについて語り始めた割にはスゲー雑に入ったな……。イテテテテ!」


 スカーレットの親指が俺の肩のツボをメリメリと刺激してくる。

 自分が口を挟まれると攻撃してくるのは如何なものかと。


「長い時間を生き抜く森の民にもいずれは臨終の時が訪れるのであるが……、ヒューマンは寝床で看取った後、土葬なり火葬なりの施しをして花を手向けるのが一般的であったな?」

「大体そんな感じかな」

「エルフは己の魂を委ねられる樹木を生前から決めており、死期を感じるとその木に寄り添うようにしてそのまま永き眠りに就くのじゃよ」

「最後は木に寄り添って、か……」

「そうじゃ。予め周りの者にはどの根本で果てるのか伝えてあるから時期を見計らった頃に遺体が回収されて墓地に埋葬されるというのが一連の流れなのじゃ」

「そうなんだ。まあそれは分かったけどお前の話聞いても不可解そうな所なんて無いんじゃないか?」


 俺はゆっくりとした足取りでキャンプに戻りながらスカーレットが不満を感じそうな点を考えた。

 が、バリバリと飴ちゃんが嚙み砕かれる音と右手がふにふに攻撃に遭ってこの後の彼女の発言の予測が著しく妨害されているのでめんどくさくなってありきたりな返事を返した。


「神護の樹海も北遠の樹海もその名の通り深い密林が延々と続く故に元々孤立していた者は当然として、死に場を伝えてあっても見付からず放置されるといった事例が後を絶たないのじゃよ」

「それは確かに問題だな……」

「いや、逆にそれは自然の摂理に則っておるからよいのじゃ」

「いいのかよ……」

「ひとつ聞くが、仮にお主が北遠の樹海に根を張るエルフであったら最期は何処で眠りたいであるか?」


 いきなりスカーレットから質問が発せられた。

 

「んーそうだな……、俺だったら世界樹にするかなぁ」

「やはりそう思うじゃろ!? 寧ろそう答えるのが普通じゃ」


 俺が世界樹と答えたのが思惑通りなのか、魔王は肩を揉みながらゆさゆさと身体を揺さぶってくる。

 正直鬱陶しいからさっさと背中から剥がれてほしい。


「エルフはヒューマンよりも遥かに寿命が長く場所も場所だけに身寄りも無く孤独な最期を迎える者が多い。そして世界樹には北遠の樹海はもとより、神護の樹海や旧ルクルネスト領の者達もそれなりに集まる。それが結果としてどのような状況をもたらすか分かるか?」

「……今にも死にそうな奴等が世界樹の周りに集まるってことか?」

「察しがよいな、正にそういうことじゃ」

「でもそれも自然の摂理なんだろ?」

「勿論であるぞ! 地上で天命を全うし、肉体から解放された魂が世界樹によって速やかに冥界へと導かれる。森の民の本能と世界樹の役割がこの上なく合致した理想的な魂の循環なのじゃ」


 世界樹の機能とか魂の流れとか、正直俺にとってはちんぷんかんぷんな内容だ。

 でも何となくだけどスカーレットの話は理に適っているような気がする。

 そういう意味では彼女が憤る理由が気にならない訳でもない。

 ただ深く関わると厄介なことになりそうだから上澄みだけ掬うに留めておくか。


「世界樹が正常に作用してるならお前が不満に思うことなんて無いんじゃねえの?」

「だから言ったであろうが、世界樹がルクミナによって管理されるのが気に入らんのじゃ。いいか、落ち着いてよく聞くのじゃぞ?」


 お前が落ち着けという心の叫びをぐっと飲みこんで俺は引き続き彼女の言葉に耳を傾けた。


「神護の樹海と北遠の樹海は太古の昔から国家に属さぬいわば神域と呼ばれる場所でのう、平等に開放されるが故に世界樹の周りには終の棲家とすべく遥か遠方より大勢のエルフが集ったのじゃ。力なくただひたすらにその時を待つ者、魂が抜け落ち骸と化した者、それらを横目に己の最後となる場所を探す者、そしてそのような者どもから金品や装飾品を奪う盗掘家、世界樹の根元は決して平穏な場ではなかったのじゃがそれらも含めた上で自然の摂理と見なしておったのじゃ」

「世界樹って案外危ない所だったんだな……」


 話を聞いて初めて自分の想像と違うと気付かされた。

 寝言みたいなことばかり言う中、たまにこういった有意義な情報も混ざるのは流石は魔王といったところなんだろうな。


「安全とはかけ離れたとはいえ北遠の樹海には世界樹がある。それだけでもエルフが集うルクルネストとしては喉から手が出る程に手に入れたい土地なのじゃろう、犯罪者の流刑地に指定されておる神護の樹海も受け入れる形で旧ルクルネスト、神護の樹海、北遠の樹海、これらを纏めて今のルクルネストがあるのじゃ」

「マジかよ、そんなの士官学校でも教わらなかったぞ!?」

「そうであったか。国家機密ではない筈じゃが何かしらの情報統制でもあったのかもしれぬな」


 スカーレットは飴ちゃんをバリバリ噛み砕きながら俺が学校で習わなかったことまでバリバリ噛み砕いて漏らしてくれる。

 お前は知り過ぎたとか言われてある日突然カーネリア王国軍に捕まらないよな……。


「まあ今現在のルクルネストの情勢なぞどうでもよいのじゃ。それより問題は世界樹の管理なのじゃが、此処までの話を聞いておれば世界樹の周辺にはエルフの亡骸がそこかしこに転がっておるのは想像がつくであろう?」

「あ、やっぱそんな感じなんだな」

「であるが世界樹を神聖なる聖域としたい連中としては蓋を開ければ死体がゴロゴロ転がっていたなどという現実は何があろうと認められないようでな、手っ取り早い策として辺り一帯の侵入を封じてしまったのじゃ。カ―――――ッッッ!!! エルフ如きが傲りおってからに!!!」


 背後で勝手に熱量を上げるクソ魔王はグイグイと俺の髪を引っ張って身体を揺さぶる。


「だーーっ! これ以上髪の毛引っ張ったら次に宿泊まるとき1人だけメシ抜きにするからな」

「そっ、それは絶対ダメなのじゃ!」


 スカーレットの動きがピタリと止んだ。

 お前やっぱグルメツアーが本線だろ……。


「要するにさ、国が管理するとか都市が管理するとか以前に地上の奴等が世界樹に勝手に近付くのを禁止するのが気に入らないんだろ?」

「いや、別にそこまでは言っておらんのじゃがのう……」


 微妙に言い淀んだのを俺は聞き逃さなかった。

 これは図星で間違いない。


「でもさあ、俺に話したところで何の意味も無いと思うぞ?」

「そんなことは無いぞ。妾が介入すると国家間の問題が生じるがエルバード家なら無敵の下僕を引き連れて一悶着起こしても大事には至らんじゃろ」

「あー、確かにスカーレットって下僕が居たな」

「貴様の下僕はルシオンじゃろが!!」

「違う。あいつはウチの奴隷だ」

「最早言いたい放題じゃな……」

「自分の手も汚さず他人に丸投げしようとする奴に言われたくねぇわ。クーリエもそう思うだろ?」

「えっ、あっ、あの、あわわわわ……」


 隣から予想通りのリアクション。

 とはいえ今のはかなり酷い無茶振りだったからクーリエからもひと言ガツンと言ってほしいものである。

 絶対無理だろうけど。


「まあ今度グレイスと会ったら世界樹の所有権がどんな感じになってるのか聞いてみるわ」

「グレイス? まさかカーネリア王子のことであるか?」


 こんなのでも一応は魔大陸の王。

 流石にグレイスの名は存じているようだ。


「そう。母さん、カリスタ王の姉貴だからあいつとは昔から顔なじみなのよ」

「カチルがそのようなことを言っておったな」

「でもアイツ、いっつも俺に喧嘩腰だから素直に教えて貰えるかは分からないけどな」

「となると王位継承の暁には嫌われ者のお主は見せしめに中央広場で火あぶりの刑であるな」

「んな訳ねーだろ!!」


 魔王のトンデモ発言を真に受けてクーリエの顔色が青ざめていく。

 何て酷い奴だ。

 コイツは後できっちり反省させてやるからな。


 ……


 その後もあーでもないこーでもない話を繰り広げていると前方に焚火の煙が見えてきた。

 よかった、一応起きてはいるみたいだ。

 もしもまだ爆睡していたら鼻に水の魔石突っ込んでおはようの挨拶に勤しんでいたかもしれん。


「あ、おはよー」

「にーさんおはよー」


 焚火をぼんやりと囲んでいた2人から発せられた間の抜けた声が重なった。

 朝から祝福値に影響を及ぼしそうな気怠さがハモる。

 いや、それ以前に俺達がキャンプから離れていたことを全く気に留めていない神経の図太さたるや……。


「ねえサムー」

「何だ?」

「朝ごはんまだ?」

「そこらの草でも食ってろ」

「ねえクーリエ聞いた? 今のって絶対エルフ差別よね」

「えっ……、あっ、あう……」


 この野郎、いちいちクーリエに同情求めやがって……。

 そもそもずっと深い森で暮らしてきたサバイバル能力は何処行ったんだよ!


「おいルシオン、そろそろセシル専用のキノコスープが出来上がると思うから頼めるか? 俺達はパンとバターとあと何かテキトーにあればいいから」

「はーい」

「ちょっと待ちなさいよ! どうせまた毒キノコ入ってるんでしょ!?」

「お前何言ってるんだ!? ルシオン、何のことか分かるか?」

「えへへー、しーちゃんのお腹なら大丈夫だよー」

「アンタとあたしを一緒にしないでよ!!」


 直前まで寝起きモードだったのにルシオンに燃料を投下されて目の前の空腹ダークエルフの熱量が一気に上がる。


「ホレ」


 仕方ないので腹の足しにはならないだろうが手首を返す動作でポーションを放る。

 セシルはクルクルと宙を回るポーションをパシッと掴むと鼻先を空へ向けてガバガバと一気に飲み干した。


「ふぅ……」


 飲み終えてからの小さな溜息をひとつ。


 嗚呼、此処に二十歳のダークエルフの皮を被ったオッサンが居やがる。


「何よ」

「いや別に」


 俺の知り得る二十歳の娘と挙動が異なるので思わずガン見。

 見られても気恥ずかしさを表さない辺り、性格……いや、個性かそれとも血統か。

 確かにダークエルフの性格的特徴なんて殆ど知られてないしなあ……。



「ただいまー」

「おう、おかえり。早かったな」


 世界最速のパシリが蔓編みの四角いバスケットを抱えて音速で帰ってきた。


 中にはパンとバターと謎のスープ、それに毒消し草のサラダ。

 あと巨大プリン。


「かーちんが器いっぱいに毒消し草食べれば今日のキノコスープは大丈夫って言ってたよー」

「だそうだ。よかったなセシル」

「だからそういう問題じゃないでしょ!」

「そっか、別に嫌なら食べなきゃいいだけなんだけどな」

「誰もそんなこと言ってないじゃない……」


 ブーブーと文句を言っているが深皿に盛られた毒消し草にエルバード亭特製スパイスを振り掛けて渡したらもさもさと食べ始めた。

 結局食べると分かっているから扱いが楽だわ。


「じゃあ食べ終わったらすぐに出発な」

「ところでユスアまでどの位掛かるのじゃ?」

「そうだな、徒歩で3日ってところかな」

「遠からず近からずといった距離じゃな。焦らず行くとするかのう」

「ねえ、その間の食事はどうするの?」

「んー、平坦な街道だからキノコも採れそうにないし狩れそうな動物も出なさそうだしなぁ、仕方ないからユスアまではカチルに頼るか。なあルシオン、悪いけどそのバスケット返す時にカチルに伝えといてくれない?」

「はーい」


 俺とクーリエが紅茶を啜り、グルメツアーで結託する3人が巨大プリンを攻略している。

 多分明日のこの時間もこんな感じで5人で輪を作って食事しているんだろうな。




 俺の直感はピタリと当たったようで、道中取り留めのない会話を交わしながら無事ユスアへ到着を果たした。

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