39 とおいとおいむかしのはなし
天地大戦――
都市部に居を構えていれば誰もが死ぬまでに1度は耳にするであろうその言葉。
にも関わらずどのようにして始まり、どのようにして終わったのか、不思議なことに詳しい内容には殆ど触れられていない。
誰にも語られなかった知られざる真実の扉が開かれる。
そう思うと突如緊張が身体を駆け巡った。
「何じゃ? いきなりそわそわしおってからに」
「いや~、天地大戦のことはうっすらと気にはなっていたんだけどずっと知る機会が無くてな、いざ話が聞けると思うと緊張がだな……」
「カッカッカ、そんな大層な話ではないわい」
俺の所作がさも大袈裟だと言わんばかりにスカーレットは高らかに笑い声を上げる。
でも士官学校の図書館にも、カーネリア国立図書館にも、イセリア図書館にも天地大戦に関する情報は置かれていなかった。
まるで何者かの手によって意図的に封じられているのではないかと感じる程に。
遥か昔の出来事だ、確かに知らなきゃ知らないで困ることでもない。
だが知る機会があればそれなりに興味が湧いてくる。
俺は野次馬根性丸出しでスカーレットの次の言葉を待った。
「お主、世界5大陸は当然知っておるであろうな?」
「そりゃまあ。カーネリア、サザリア、カラフレアの女神3大陸と魔大陸キャスバル。それと、軍事大陸コルトリーフ……」
コルトリーフ、その言葉を口にして俺は胸の奥にチクりと小さな罪悪感のような心の痛みを覚えた。
何故だろう、ただ漠然とそれに触れてはいけないような……。
「なっ、なあ、今もまだコルトリーフって……」
「サムよ」
「どっ、どうした?」
「順を追って説明するからそう焦るでない」
「そうだな、すまない……」
隣に立つクーリエが心配そうにこちらを見つめている。
大丈夫、その意思表示をすべく俺は彼女に目を合わせて小さく頷いた。
「大戦の発端は周知の通りコルトリーフである。己の軍事力を過信した時の権力者が天界の神々を信仰する者を次々と粛清したのが事の始まりじゃ」
「それが神の怒りに触れたのか?」
「その程度では流石に天界の神も動かぬわ」
「だったら何故……」
「それは……」
スカーレットは何か言いだそうとして止まった。
天に向けられた視線を左右に泳がせて次の言葉を選んでいるような素振りに見える。
直後、方向が定まったのだろうか、ゆっくりと俺に目を向けてきた。
「地上には神に対する概念があるようでな、ヒューマンにせよエルフにせよどうやら人智の及ばぬ存在を神と崇めるようなのじゃ」
「そういえばお前もヤマトでは神様なんだよな」
「カーネリアでは厄介者じゃがな! まったく、好き勝手に悪魔扱いしおって……」
眼前の魔王はひとつまみの嫌味を滲ませ、自虐的に振る舞う。
やはりそこは魔王としてのプライドがあるのだろうか、それとも単に世界中から神様仏様ありがたやとチヤホヤされたいのか、どちらにせよ現状に納得はいっていないように見受けられる。
そりゃまあ崇めてもらえりゃタダで美味いモン食えそうだしな。
「そもそも神だの悪魔だのといった括りは信仰で変わるものでの、妾も神と悪魔と魔王と大陸で肩書きが異なるのはその辺りが関わっておるからなのじゃ」
「信仰ねぇ……、俺みたいなのにとっちゃどうでもいい話なんだろうけど……。なあ、クーリエは何かそういうのあるのか?」
そう言いながらぴったりくっついて離れない隣人にグッと振り向いた。
おわっ!!
そこには切れ長な目の奥に煌めく深紅の瞳が。
いや、それよりも顔が近い、近過ぎる。
見合わせたら互いの鼻先が掠めそうな至近距離はいくら心配だからって近付き過ぎだろが!
「あ、いっ、いえ……、あっ、アルジェニア家はその……、とっ、特定の宗教に傾倒してはおりませんが……」
視線を逸らせながらクーリエはたどたどしく俺の質問に答える。
頬があからさまに赤い。
こいつのことだ、俺と目が合って改めて距離の近さに気付いて途端に気恥ずかしくなったのだろう。
その割に手だけは離さないのな。
別にいいけど。
そんなことより俺達と対面しているチビッコが妙に鬱陶しい。
俺とクーリエをくっつけたがってるのは分かるがニタニタとあからさまな表情がイラつくというか癇に障るというか……。
「やっぱり貴様は悪魔だ。カーネリアの判断は正しい」
「なっ、突然何を言い出すのじゃ! お主こそルシオンにオニアクマ呼ばわりされておったじゃろが!」
「知るか。あんな下僕に発言権なんぞこれっぽっちもねえわ!!」
俺はスカーレットに向かって親指と人差し指とぴったりとくっつけてこれっぽっちのこの字も無いとジェスチャーで示した。
「おおおおお……、紛うことなき正真正銘のオニアクマなのじゃ……。果たしてこやつにクーリエを娶らせてよいものであろうか……」
スカーレットが眉を顰めて何かぼやいている。
つかお前、さっきから話が脇に逸れまくってるぞ……。
「それよりも天地大戦の話はどうなったんだよ」
「ウ、ウム、そうであったな……」
スカーレットは後ろ髪を引かれるような顔つきで俺に返事を返す。
魔王なんだから細かいこといちいち気にするなよな。
俺ならするけど。
「話を戻すとじゃな、要は地上の誰しもがどの神に対して信仰を寄せるかなんてのはそれこそ個人の自由であるのじゃよ。当然信仰そのものを認めぬ考えも含めてであるが」
「そりゃまあ信仰ってそんなモンだからな」
「じゃな。しかしその大前提があれど、神は己が手厚く祀られることを望んでおる」
「あ、やっぱ望むんだ……」
強制力は無いが神自身、地上で神格化されることをそれとなく望んでいるのということか。
「天界にも序列が存在するようでな、求心力の強い者が上に立つのは天界も地上も変わらぬわ」
「あー、何となく分かるかも……」
物理的な力、特有のオーラ、カリスマ性、誰がどんな個性を持ってどのような者が権力を握るのか、その根底は天界だろうが地上だろうが不変なのだ。
だから神は信仰の対象となって多くから崇められたいのだろう。
「そこまで理解できれば天地大戦の起きた理由もすんなり分かるじゃろう。コルトリーフで信者の粛清に走った時の権力者は他大陸にまでその思想を及ぼそうと画策したのじゃ」
「他大陸って、カーネリアもなのか?」
「当然含まれておるであろう」
「そっか。でー、その思想って何なんだ?」
「天界の神々に対する信仰の禁止、加えて地獄や冥界に君臨する悪魔とも邪神とも呼ばれる神への改宗の強要。特に後者が天の逆鱗に触れたのは誰の目にも明白に映ったわ」
スカーレットは俺に向かって話し掛けている。
でもその視線は遥か彼方、地平線の先に向けられているようだ。
まあこいつが昔の話をする時は決まって疲れたような顔をするからそれに対して俺は敢えて何も言わない。
当時を知らない俺の言葉が逆に彼女を苦しめてしまうかもしれないから。
「ってことはお前もその中に入っていたのか?」
「いや、妾は含まれていなかったようじゃな」
「そうなのか?」
「妾は天地大戦が起こるより以前から地上に存在を認められておったからかの、軍事国家の矜持を見るに同じ地上に居る者に対して格上と認める訳にはいかなかったのじゃろう」
「お前、そんな昔から魔王やってたのかよ!」
「いや、あの頃はまだそんな肩書きは名乗っておらなかったわ。仮に名乗っておったらヤマトで神と崇められることも無かったであろうな」
「お、おう、確かにそうだわな……」
自称神様が鼻をフンと鳴らして偉そうに腕を組んでいる。
ホント、神々しさの欠片もねえな……、なんて憂いている時間は無い。
さっさと話を進めてもらわねば。
「なあそれよりさ、天地大戦ってどうやって終わったんだ?」
「そんなもの原因を根絶やしにしたからに決まっておるわ」
「根絶やしって……」
薄々気付いてた。
数少ない情報ではあるが俺が知り得る中の1つ、コルトリーフは700年前から時が止まっている。
柔らかな表現だが要するにそういうことなのだろう。
「妾も人づてに聞いた話であるから詳しいことは言えぬがコルトリーフは何者かの手によって僅か1日で落ち、天地大戦は静かに幕を閉じたのじゃ」
「やっぱり天界の神が本気を出すと国家であろうと全く太刀打ちできないんだな……」
「まあそれは結果論なのじゃがな……」
ついさっきまで口角を上げながら威勢よく語っていた魔王が途端に表情を変えた。
俺は直感的に口を閉ざし、彼女の発言に集中する。
「王族、兵士、それに民。総勢150万は下らぬコルトリーフのあまねく生命が屍となり国は崩壊したのじゃ」
スカーレットはきつく腕を組み、俯きがちに言葉を絞り出す。
俺はそれをただ静かに見守っていると突然キッと鋭い眼光を向けてきた。
「一応の確認じゃ。今から妾が語る内容は絶対に誰にも漏らすでないぞ」
「あの2人にも?」
「先程の件も含めて今は内密にしておくのじゃ。とはいえあ奴らが信用できない訳ではないのじゃがな、ただお主がクーリエと結ばれることを望む身としては全てを嘘偽り無く伝えることもまた誠意と感じるものであってな。それに……」
「それに?」
「セシルにせよルシオンにせよ単体で相応の事案を処理できるだけの力を備えておるのじゃがお主だけはその、何と言うか……」
「クーリエ」
「はい、何でしょう」
俺は首をくるりと回して横に立つ嫁候補に顔を向けた。
「聞いただろ? 俺、お前の上司に無能だって言われてんのに無理矢理リーダーやらされて……、この先上手くやっていけるのかな……」
「サム様……」
チラリと正面に目を向ける。
そこには白けた表情で出迎える魔王の姿が。
「絶対一芝居打つと思ったのじゃ。クーリエも毎度毎度惑わされるでないぞ」
「もも申し訳ございません……」
咄嗟にスカーレットに謝りを入れながらも俺にほんわりと優しい笑顔を向ける隣人。
その微笑みに僅かな罪悪感を抱くものの、次もまた三文芝居に巻き込んでしまう未来が容易に想像できた。
先に謝っておく、すまないクーリエ。
「で? 1人じゃ何も達成できない俺にだけ何を教えてくれるんだ?」
「このひねくれ者め……。まあよいわ、絶対に他言無用であるぞ」
「さあな。そんなひねくれた弱虫でも信用を置けるなら勝手に喋ればいいじゃねえか」
「本当にお主という奴は……」
きっと同じような顔をしていたのだろう。
俺はスカーレットと睨み合いながら乱暴に言葉を交わした。
「ならばよいわ。ここから先は独り言なのじゃ。妾は誰にも伝えておらぬ」
「独り言聞いただけならうっかり漏らしても責任は無いよな」
「……」
スカーレットは無言のままその場に佇む。
くいくいっ。
服の裾が引っ張られる。
目を向けるとクーリエが懇願の表情を浮かべていた。
分かってるって。
俺は口には出さず1度だけ彼女に向って頷いた。
「失われた150万の命、じゃがそこに残されておったのは朽ちた肉体だけであった」
クーリエとのやり取りで俺がやすやすと口外しないと見なしたのか、当時の状況を知る魔王は核心となる部分へと話を切り出した。




