表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/203

6話。動乱の気配④

文章修正の可能性有り

『金城に羌と胡の連合軍がいるらしい』

『さらにその数は四万に及ぶらしい』


情報の真偽はともかくとしても、自身の代理として長安に滞在する李粛から情報を上げられてしまえば、如何に厚顔極まりない董卓とて動かざるを得まい。


王允はそう考えて今回は待つことを選択したし、実際これまでその情報を把握しながらも、敢えて知らない振りをしていた董卓としても、こういった形で正面から情報提供をされてしまえば何かしらの動きを取らざるを得ないのは事実である。


だが、その『動き』が王允が望む形である必要は何処にもないわけで……。



興平元年(西暦一九二年)七月中旬 涼州・金城郡・金城県


「ま、まさかこのような……」


「よもや董卓がこのような手を打ってくるとは、な」


暫定的にではあるが、羌と胡の連合軍を率いることになった馬騰は、董卓から送られてきた書状を見て愕然としている韓遂の姿を横目に、内心で溜息を吐く。 


「司徒殿の計画では、董卓が自分で気付いて軍を出すまで待つか、私が羌と胡の存在を匂わせた後に郿か長安に援軍を要請。次いで董卓を金城に誘い出し、空になった郿城を長安の手勢が抑える。その後郿の者たちを人質としつつ兵糧を失った董卓軍を追い込み弱体化させる。さらに部下を離反させて孤立したところを討ち取る。そういう流れだったはずだな?」


「……そうだ」


「で、これはどうする?」


馬騰としても「なんとも己らに都合の良い策だな」とは思っていた。しかしながら、馬騰の頭ではその都合のいい策に代わる代替案を出すことができなかったが故に韓遂や王允が提唱した謀に乗るしかなかったのだ。


そして今。馬騰は当時の自身の決断を深く後悔していた。


それはなぜか? 偏に長安からの情報を得た董卓が取った行動が、此方の予想を大きく裏切っていたからだ。具体的に言えば、董卓は情報の真偽を確かめるために軍勢を率いてくるのではなく、金城を預かる馬騰へ使者を派遣して情報の真偽の確認を行おうとしてきたのだ。


普通に考えれば当然のことなのだが、彼らにとって董卓という男がこのような回りくどいことをするなどとは想像の埒外にあったのだ。そして、想像できないということは当然対処法も考えていないということである。


予想外の出来事に思考停止に陥った馬騰と韓遂であったが、先に立ち直ったのは『涼州人にしては珍しく知恵が回る』と評される男、韓遂であった。


「……使者を殺すか?」


訂正。立ち直っていなかった。


冷静に見えてかなり混乱している韓遂の提案を受け、馬騰も現実へと立ち返ることに成功する。しかし、現実と向き合ったが故に、自分たちの置かれた状況の拙さも認識できてしまう。


「今更無意味だろう」


通常使者とは、余程の急ぎでもない限りは不測の事態に備えて複数人が派遣されるものだ。よってここで自分たちに書状を持って来た使者を殺したとしても、使者の同行者や、他に遣わされてきたであろう者から董卓に『使者が金城に入ったこと』は伝わることになる。


そうなれば当然『金城で羌や胡との争いが発生していないこと』も伝わってしまう。この時点で、馬騰が董卓を呼びよせることができなくなってしまった。


更に対応に困るのが、董卓から送られてきた書状の内容である。


「『李粛からの報告で、長安の連中が金城に羌と胡の連合軍が居ると騒いでいるらしい。お前さんからそんな情報は来てないから虚報だとは思うが、一応確認をするように。まぁ本当にいるとしてもその数は四万程度らしいから、増員がないならそのままそっちで対処してくれ』ときた。このように言われては、どうしようもないぞ」


王允や彼の背後にいる存在からすれば、羌と胡の連合軍とは漢の宿敵である。それも四万の軍勢となれば、何を差し置いても対処しなくてはならない大軍だ。しかし辺境域の戦を知り尽くしている董卓からすれば、連合を組んだにも拘わらず四万しか集まらなかった時点で取るに足らない存在でしかない。


さらに時期も時期である。夏場である以上、邑に攻め入り犠牲を出しつつ少ない物資を略奪するより、平原で草を食わせつつ羊や馬を育てることを選ぶのが北方騎馬民族という者たちだ。


その価値観に鑑みれば、馬騰とて董卓と同じ立場であった場合、無理に彼らと戦をして金城から追い立てようとは思わない。それどころか「黙っていれば帰るんだから放っておけ。むしろ城を空けることのほうが不安だ」と判断し、籠城することを選ぶ。


事実、彼らを相手に下手に出陣してしまえば、空になった城や、輜重隊が狙われて物資を略奪される可能性が高まるのだ。それくらいなら城に籠ってしまえばいい。これにより自分たちは連中からの略奪を防ぐことができるし、向こうは向こうで奪う物がないことでやる気をなくして帰っていくのだ。


つまり彼ら騎馬民族を相手にする場合、絶対の自信がない限りは下手に戦をするよりも籠城する方が結果として無駄な損失や出費を防ぐことになるのである。


こういった一連の流れを知っていればこそ、董卓は「馬騰に任せる」と判断して郿から動かないし、馬騰も董卓を呼び出す口実を失ってしまったのだ。


「くそっ! 王允の阿呆めっ! せめて一〇万とでも嘯けば良いものをッ!」


書状一つで追い詰められていることに激怒する韓遂。確かに現在自分たちが苦境に陥っている原因は、王允が『羌と胡の連合軍。それも四万もの大軍だ!』と調子に乗って馬鹿正直にこちらの陣容の情報を漏洩したせいである。


兵数を漏洩したことも問題だが、それに加えて古代中国的な物見の常識というのも彼らの足を引っ張ることになっていた。


それと言うのも、通常この時代の物見というのは、敵を過大に報告することはあっても少なく報告することは殆どないのだ。よって物見が『四万の軍勢』と報告を挙げた場合、実際の数は二万。多くて三万程度と判断されてしまうのだ。


元々四万という数でさえ少ないと見なされるのに、実数はそれ以下と判断されてしまうのだ。その程度の雑魚を相手に、歴戦の董卓が動くはずがない。加えて馬騰の矜持もある。ただでさえ攻城戦が苦手な連中が三万程度で攻めてきたとして、だ。まさかその程度の相手を前に『自分では対処できないから援軍が欲しい』など、どの口が言えようか。


そのようなことを口にした時点で、馬騰の勇名は地に落ちることになる。


そもそも馬騰が今回王允や韓遂に協力しているのは、韓遂経由で董卓が長安や洛陽で行った所業を聞き憤慨していたところに協力要請があったからだ。それも義兄弟である韓遂だけではなく、司徒である王允や、皇族(馬騰は宗室と皇族の違いを理解していない)である劉焉からの要請があればこそ、董卓を朝敵と断じて、これを討つことを了承したのだ。



結局のところ馬騰が王允や劉焉の企てに乗ったのは、あくまでそれに義挙という名目があり、勝ちの目があるからである。


翻って、現状はどうか。


董卓から掛けられた問いを要約すれば、第一に「金城に羌と胡の連合軍がいるか?」というものと、第二に「いるなら自分で対処できるか?」というもので、合計しても二点しかない。当然どちらも即答できる内容であり、間違っても返答に時間を掛けるような内容でもない。


だからと言って、もしここで「羌も胡もいない」と答えようものなら、彼らの計画は土台から破綻してしまう。反対に「羌も胡もいるが、自分では対処できない」と答えれば、自分の、否、馬家の武名が廃る。


(俺とて漢の臣。漢の為に一時的に汚名を被るのは我慢できる。しかし……)


涼州の武人である馬騰は、少し前まで自分たちの上に立っていた(なんなら今も立っている)男、即ち董卓という男の怖さを忘れてはいない。


その董卓との決別を決断したのだ。当然、命すら擲つ覚悟も決めている。


(しかし、しかし、だ)


如何に覚悟を決めたとて、王允や韓遂の癇癪に巻き込まれて犬死したいわけではない。まして間違ってもこのような、前哨戦ですらない駆け引きの段階で、それも名誉回復ができるかどうかが危ぶまれる中で、王允や劉焉のために自身の名を貶める心算は毛頭ないのである。


(使者に即答しなかった時点で、否、こうした使者が送られてきた時点で、俺は疑われているのだろう。あの猜疑心の強い董卓のことだ。疑いを持った以上、これから俺がどう動いても良いように準備を整えているはず。ならば俺が、馬家が生き残るためにはこれからどうすればいい?)


片や、現実を見ずに自身に都合の良い策を練り、それに縋る自分たち。片や、確認の書状一つでそれらの策を叩き潰しつつ、本拠地で万全の態勢を整えているであろう董卓。


(加えて、時間は敵の味方)


畢竟、時間が経てば経つほど羌や胡に支払う物資が増えることになるが、四万の軍勢を維持するだけの物資が無尽蔵にあるわけではない。かと言って、物資の提供を渋れば羌や胡が暴走する可能性が増すことになる。そして、その際に引き起こされる略奪に巻き込まれるのは自分が護ると決めた漢の民である。


(漢の政を糺すためとはいえ、漢に混乱を齎すのは本意ではない。そもそもの話、董卓を討った後、羌や胡の連中が大人しく退くか? (董卓)を討つ為に(蛮族)を招き入れては意味がないぞ? どう考えても連中はかなり高い確率で長安近辺で略奪を行うだろう? そうなった場合、長安の役人や王允は平気で自分を切り捨てるはず。そのとき俺にそれを跳ね除けることができるか? ……無理だ。その場合、俺の命はない。馬家の誉れも……くそっ。勝とうが負けようが先が危ういではないか。それならいっそのこと董卓に与するか? しかしそれも……)


馬寿成。


史実に於いて、涼州軍閥を率いて曹操と激戦を繰り広げた馬超の父として知られる勇将は今、董卓から送られてきた書状を前にして「おのれ逆賊がっ!」と罵りながら今後の対策を考えている韓遂を横目に、自身が生き延びるため。最低でも家の名誉を守るためにどうするべきかを真剣に考えるのであった。






皇甫嵩に負けたり、李傕や郭汜に負けたり、韓遂と喧嘩したりとかなりグダグダなのに、ゲームだと異様に能力が高い男、馬騰登場。


古代中国的価値観においては、個人の勇名も大事ですがそれ以上に家の名前が大事なので家長は家を残すことに心血を注ぐのが当たり前だったようです。




―――


感想・閲覧・ポイント評価・ブックマーク・誤字訂正ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ