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7話。弘農にて①

文章修正の可能性あり

時は少し遡り、涼州にてようやく己が置かれている現状を認識した馬騰が、どうやって家を存続させるかということに苦悩するよりも少し前のことである。


「あれが今の弘農、か。さすがに昔とは違うな」


今上の帝こと劉弁が、先帝劉宏の喪が明けたにも拘わらず、依然として都である長安へと移動をせず、そのまま政務を執り行っているせいで、暫定的ながらも都のような扱いを受け始めている地、弘農。


その、なんとも微妙な扱いでありながらも、先年の遷都によって大量に発生した流民を労働力として受け入れ、城壁の補修やら開墾やらに活用した結果数年前と比べて数倍規模に拡張された街並みを見て、諸事情により長安から動けぬ父に代わり、家名存続の大任を強制的に背負わされて顔面蒼白になりながらもなんとか無事に目的地へとたどり着くことができた若者は、思わずそう呟いていた。


「中に入らずとも、否、距離があるからこそわかる。確かにあれだけの繁栄を齎した相手を前にしては、決して長安は安泰ではないのだろう。しかし、だからといって私にどうしろというのだ……」


未だ苦悩懊悩を繰り返す馬騰とは違い、早くから『苦悩している時間などない』と判断し、問題解決のために様々な準備をしていた父の慧眼に恐れ入るとともに、その父でさえ戦をする前から『無条件降伏しかない』と判断せざるを得ない状況に追い込んでしまうような存在を相手に、自分の命と家の存続を掛けて交渉を行わなければならないという現実を突きつけられた若者は、文字通り頭を抱えていた。


「父上曰く『このまま座して待っているようならば一族郎党が逆賊として処刑される。さらに交渉に失敗しても同じく逆賊として処刑される。かと言って交渉に成功したとしても私たち親子が生き延びる可能性は極めて低い。よって家名を残せるだけでも最良の結果と思え』だったな。何故ここまで追い込まれるまで動かなかったのか。……いや、ここまで気付かせなかった相手を褒めるべきなのだろうな」


父を高く評価するが故に、その父を追い込んだ相手の評価はさらに高くなる。


「せめてもの救いは、今ならまだ助かる可能性もあるということだけ。うぅ……頭だけではなく腹も痛くなってきた」


状況的に最悪ではないとはいえ、限りなくそれに近い状態であることに変わりはない。


そんな中で、これから家の存続と自分の命を掛けた交渉に赴くという現状に頭と胃を痛め、伴の者から心配と哀れみの視線を受けているその若者は、弘農郡を代表する名家、弘農楊家の嫡男。楊徳祖といった。



―――


七月中旬・司隷・弘農郡・弘農県 宮城内議郎執務室


「ほぇ? 司馬懿に客人?」


「はい。そのようです」


「珍しいですね?」


「そうですね」


未だ十三歳と若いものの、実家は司隷河内郡に荘園を持つ名門であり、家長である父は現職の京兆尹であり、自身も正式な議郎にして皇帝の側近にして、太傅の直弟子であるという、属性てんこ盛りな少年こと司馬仲達。


その立場に鑑みれば、常日頃からそれなりに来客が訪れ、帝への口利きなどを依頼されている立場なのだろうが、今のところ彼を訪れる人間はそれほど多くはない。というかほとんどいない。


それは何故か? 


まず、年功序列が当たり前な古代中国的価値観に鑑みれば、如何に正式な職に就こうとも十三歳の若者に頭を下げて何かを頼むのは外聞が悪いということ。


次に司馬懿に接触して、うまく騙してなんらかの交渉を成功させることができたとしても(実際それだけでもかなりハードルが高いのだが)、その後で彼の背後にいる者から目を付けられては意味がない(実際彼を騙して利益を得るという偉業を成し遂げた者が現れたなら、どこぞの腹黒は諸手を上げてそれを成した人物を賞賛するのだが)ということ。


さらに、少し前に長安で司徒である王允や司空である楊彪を完膚なきまでに論破したことで、彼らの派閥から敵視されているために距離を置かれているということ。


さらにさらに普段司馬懿の傍には、付き人にして同門にして同僚の徐庶や、正体不明の『謎』の覆面を着けた少年がいるので、本当の意味で内密の話ができないということ等々、様々な理由から司馬懿個人に面会を求める人間は極めて少ないのだ。


そんな司馬懿に客人である。一体そのような人間が、どのような用件があって来訪したのか。謎の覆面少年としても気になるところである。


「で、そのお客人って誰なの? 知っている人?」


「ご本人かどうかは不明ですが、向こうは楊修徳祖と名乗っているそうです」


「ようしゅう?」


「ふ、覆面様!」


「知ってるの? 徐庶」


「よ、楊修様と言えば、し、司空である楊彪様の御子息様。それもご嫡男様ですよ!」


記憶を探るも顔が浮かんでこず、頭を捻りながら「知らないなぁ」と呟く謎の覆面少年に、兄弟子である徐庶が客人の素性を明かす。


庶民出身の徐庶からすれば、名家の人間はその全てが雲上人である。そうであるが故に徐庶は、常日頃から誰かに何らかの粗相をして罪に問われることを警戒しており、それなりの情報を得ているのだ。


尤も、徐庶程の警戒心がなくとも、現在ですら累世太尉の家と呼ばれ、後漢書にも四世太尉の家と記されるような名家中の名家であると同時に、現当主が現役の司空である楊彪のことを知らない人間の方が少ないだろう。当然その長男である楊修の名もそれなりに知られている。


尤も司馬懿が楊修の名を知っているのは、彼を楊彪(仮想敵)の息子(弱み)として認識しているからなのだが、その辺は本人のみが知るところである。


閑話休題。


「へぇ。それで、その楊修? 血筋以外で何かあるの? 用件は助命嘆願かな? それとも何かを探りに来たのかな?」


名家の序列に興味がない覆面少年とて、さすがに現役の司空である楊彪は知っている。だが、その息子など知る由もない。


そもそも、彼にとって重要なのはその為人であり、その能力であり、その用件であった。


「歳の頃は十七歳。噂ではありますが、それなりに聡明であると聞き及んでおります」


「十七歳!? 随分若いけど……あぁそうか」


五十になる楊彪の嫡男というから、てっきり30代。若くても20代後半と予想していた覆面少年は、相手の年齢が自分と同年代であるということに驚きの声を挙げると同時に「同年代だからこそ司馬懿に頭を下げても恥にはならないってことか」と楊彪の人選に理解を示した。


「要件については、確たることは伺ってみないことには存じませぬが、可能性としてはやはり助命嘆願が高いかと思われます」


「なるほどねぇ。でもこの状況で助命嘆願をするのに、李儒じゃなくて司馬懿を頼るって、中々どうして。見る目があるって言えばいいのかな?」


「ですね。楊修様ほどの方が司空様の代理として訪れたというなら、当然太傅様や陛下にだってお目通りが叶うはずなのに、あえて司馬懿様にお目通りを願ったっていうのが凄いですよね」


もしも楊彪が王允のような古代中国的価値観に溺れた愚者であったのなら、嘆願の交渉相手は李儒や、荀攸といった重鎮を選んだであろう。


というか普通はそうする。


しかしさすが生き延びることに定評のある楊彪は格が違った。


目の前で見せる王允の行動や董卓らの行動から早々に王允の不利を悟る判断力。泥船から逃げ出すべく行動を開始した行動力は見事の一言。さらに生き延びるために司馬懿との交渉を視野に入れた着眼点も秀逸だ。


大前提として、最終的に楊彪からの助命嘆願を受け入れるかどうかを決めるのは今上の帝こと劉弁である。よって、楊修の狙いが助命嘆願にあるとすれば、説得すべき相手は必ずしも李儒である必要はない。


だからといって、ここで劉弁に直接謁見を願い、その場で助命を嘆願をするというのであれば多少不敬とはいえまだ常識の範疇と言えただろう。しかし、ここであえて交渉相手に司馬懿を選んだというところに楊彪という男の真骨頂が見て取れる。


「おそらく司空殿は、陛下や太傅様と接触すればその情報が長安の者たちにも知れ渡ってしまう。そうなれば司徒殿や、その影で暗躍する劉州牧にも情報が漏れてしまう。その場合連中がどう動くかわからない。そう考えた上で、今の段階では情報を隠匿したいと考え、私との交渉を選択したのでしょう」


「ほほー」


今上の帝である劉弁はもとより、太傅である李儒や尚書令である荀攸と会談を行えば、必ずやその情報は王允らの耳に入ることになる。しかしその相手が十三歳の司馬懿ならどうだろうか?


『十七歳の楊修と十三歳の司馬懿が会談をした』という情報が王允の耳に入ったとして、それが助命嘆願に繋がるだろうか? と問われれば、答えは「否」となる。


むしろ楊彪の生き汚さを考えれば、今の時点で王允に対して「弘農の情報を探るため、あの若造に接触させる予定だ」とでも説明している可能性さえあるだろう。この場合、楊修が司馬懿と会談したことが王允の耳に入ったとしても、なんら問題になることはないのだ。


「そういうのもあるけど、あれでしょ? 楊彪は司馬懿を説得できれば朕……じゃなくて、陛下も説得できるって考えたんでしょ?」


「そうですね。確かに司馬様を説得できるなら陛下も説得できるかもしれませんね」


「まぁねぇ」


徐庶にしては珍しく不敬な物言いだが、少なくとも覆面少年はそれを不敬とは思わなかった。むしろ彼にとって徐庶の言い分は「その通り」と、深く頷く程に当たり前のことだった。


そう。つまるところ楊彪は、李儒や荀攸が劉弁を傀儡とすることを良しとしていないことや、司馬懿が劉弁に近いということ。さらには司馬懿自身に役職に見合った権限が与えられていることなど、弘農の事情をそれなり以上に理解しているが故に『わざわざ危険を冒して李儒や劉弁に接触しなくとも、司馬懿を説得できれば助命嘆願は成る』と確信していたのだ。


尤も楊彪とて以前長安でやり込められた経験から、決して司馬懿を普通の若造と侮っているわけではない。しかし、だからこそ。というべきだろうか。ある意味で彼には司馬懿に対する信頼があった。


それをあえて言語化するなら『司馬懿とて名家の人間。こちらの事情も理解できるはず。さらに子供同士、歳が近いことで同情も引き出せるはず。なればこそ、まったくの没交渉にはならんだろう』というものである。


……そんな楊彪の判断に誤算があるとすれば、それは交渉相手に選んだ司馬懿という人物の為人、であろうか。


「ふむ。詳細は不明ですが、私を交渉相手に選んだということから、私が太傅様より組み易い相手と認識されていることは確かなようですね」


基本的に司馬懿という少年は、交渉の際に感情を挟むような人間ではない。むしろ徹底的に感情を廃し、実利を求める型の人間だ。


それがとある腹黒によって強化までされているのである。


よって今の司馬懿は、交渉相手が誰であれ「司空の息子だし、実家と同じく司隷に荘園を持つ名家だから」といって忖度することもなければ「同じ年代だから」といって遠慮することなどない。


むしろ交渉中にそういった部分を見せてきたら、それを隙として捉え、相手を嵌める算段を考えて上奏するのが司馬仲達という人間であり、交渉相手として見た場合間違いなく最悪の部類に入ると言っても過言ではない人間なのだ。


さらに今回の楊修が取った行動もマイナスに働いている。


「確かに私が太傅様に遠く、そう遠く及ばないのは純然たる事実ですからね。事実は事実として受け止めましょう。しかし、だからと言って、私が、楊修殿に、譲る理由は、ありません、ねぇ?」


そう。交渉相手として李儒や荀攸ではなく司馬懿を交渉相手に選んだという事実。これを別の言い方で言い表すと『司馬懿は舐められている』と言い換えることもできる。できてしまう。


名家にとって面子は大事。常識以前の話である。


((うわぁ))


必要とあらばどのような屈辱や恥辱も耐えることができる司馬懿だが、それはあくまで『我慢』しているのであって、決して甘んじて受け入れているわけではない。


当然それなりに付き合いの長い覆面少年と徐庶も、司馬懿がその家格相応に気位が高いということを知っていた。


(これはもう駄目、かな?)

(ですね。というか、ここからどうにかできたら凄いですよ)


自らの意思ではなく、あくまで父である楊彪の指示で司馬懿を交渉相手に選んだであろう楊修に同情する気持ちがないわけではないが、所詮は仮想敵の息子。覆面少年や徐庶が庇う価値もなければその義理もない。


こうして司馬懿を宥めることができる数少ない人員が傍観に回ったことが、楊修にとって吉と出るか凶と出るか。


――弘農の地で、四世太尉の名門楊家とその後継者たる少年の命を掛けた圧迫面接が始まろうとしていた。




新たな被害者、楊修登場。西暦175年生まれの17歳。鶏肋で知られる人物。

客観的にみれば、司馬懿との交渉役として決して悪くはない人選である。

尚、悪くはない=良い とは限らないものとする。




―――


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