君の日常
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾九日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 売店前広場
「メイド喫茶だなんて。どうしてオレが。琉璃夏のやつ毎度毎度、酷いよ」
オレは気付けば思わず八千代に愚痴っていた。
「なにが酷いのだ?
自分は楽しみだぞ。そなたのメイド服姿。
見せてもらったが、真に可愛らしい服ではないか。
カナタがそれを身にまとうのであれば、さながらそれは地上に舞い降りた、神の恩寵も篤き天使そのものであろう?
そなたなら大丈夫だ。
あのクラスの男子たちの中で、いや、恐らく日の本、大東亜を探してもそなたほど似合うものはおるまい」
オレの心は八千代の台詞を聞き進むたびにドン底に落とされてゆく。
「だから心配などするな。そなたは『間違いなく似合う』。
この自分が保証するぞ? それでは不満か?
自分は楽しみにしているからな!
───どうしたのだカナタ?
どこか具合でも悪いのか? 先ほどから元気が無いようだが」
八千代は満面の笑みでオレの背中をバンバン叩く。
八千代、それは逆効果だ。
オレはもう生きる気力も失せてきたよ。
「貴様! 貴様それでも高専健児か! 人様の列に割り込んでおいて詫びも入れず、あまつさえ私が買おうとした『三平ちゃん』を掠め取るとは……許し難い」
う、うわ。
琉璃夏、こんなトコまで来て因縁つけてるのか……相手の人は可哀想に……。
「カナタ。なんだか中が騒がしいな?」
「ちょ、八千代!」
って、八千代が売店の中に!
嫌な予感がする。オレは八千代を追いかけた。
売店に入ろうとすると、男子学生が一人飛び出してきた。危うくぶつかりそうになる。
「ちっ、雑魚が。
逃げ足の速い奴。逃げ切れたと思うなよ?
仮にも風紀委員を務めるこの私が全校全学生の顔と氏名を覚えていないとでも思ったのか? バカな奴だ」
空恐ろしい瑠璃夏の呟きが聞こえた。
「琉璃夏、そなたの声が聞こえたが」
「なんでもない。ああ……二人とも、済まない。先ほどの屑のせいで買いそびれた。あいにくとソースヤキソバはバヤングの特大しか残っていなかった。構わないか?
」
「そのバヤングとは、琉璃夏、そなたの言う『ソースヤキソバ』なのか?」
「ああそうだ。至高の一品『三平ちゃん』や伝統の『アダムスキー』に比べると好みは分かれるが、まあ、入門用にはちょうど良かろう」
琉璃夏が八千代のインスタント麺への過大な幻想に対して独断極まりない評価をさぞ事実であるかのように説明していた。
「そうか。やはりそなたは頼りになる。自分は本当に幸せだ、琉璃夏」
「まあまて。今買うから。後でカナタと三人で食べよう」
「ああ。それは楽しみだ。三人で囲むソースヤキソバとやら。
それは美味なのであろうな。
琉璃夏がそう言うのだ。安心できる。
ああ、ソースヤキソバか……音に聞きしその味、まさか自分が味わうことの出来る日が訪れようとは!
未だに信じられない。本当に自分も食べても良いのだな?」
「ああ。もちろんだとも」
「聞けば香しい芳香、絶妙なる味わい。
そしてまろやかな口当たりを持つという。
ああ、楽しみだ、本当に楽しみだ!」
「味は間違いない。私が保証しよう」
八千代……なんだか可哀想になってきた。
インスタントのソースヤキソバこときでこの喜びよう。あんなに騒がなくったって。
琉璃夏と八千代が笑いあっている。
なんだか危ない雰囲気に見えないこともない……。
って、周りの視線はこの二人と言うより、寧ろ……えぇ!?
オレも含めて三人!?
男子に見られて無いのオレ!?
男子の制服着てるのに……男性として数えて貰えてないなんて……泣くぞ!




