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3. 短慮の勇者 (2)

 ふう。

 思わず無駄にため息をついてしまった。ため息は上半身が人の女、下半身が蛇のラミアーの姿になった。力を込めなかったので透き通った不完全な姿だ。意識して呼び出さないとこのざまだ。すまん、ラミアー。その姿では声も出ないな。

 しかし問答は私が続けるので問題ない。

「お前が勇者であるか否か、あるいは魔王を倒すのは勇者でなければならないのかについてはこの際、脇に置こう。それは私にとって重要なことではない。だが一つ答えてくれ、勇者マリオ。自由貿易連盟がお前を雇ってまで魔王を倒さねばならない理由は何なのだ」

 勇者マリオは大きく深呼吸して目を伏せた。考えているようだ。そうだ、それで良い。まずは深く考えることから始めなければならない。剣を振るうのはその後で十分なのだ。

「魔王を倒さなければいけないのは魔王が魔王だからだ。魔王は諸悪の根源。悪い奴だ。だから倒さなきゃいけない」

 呆れた。考えていたのはふりだけか。これでは答えになっていない。

「自由貿易連盟が勇者を雇った理由だけど」

 彼はそこで言葉に詰まった。まあ、雇用主が被雇用者に雇用の背景の全てを説明するとは限らないから、知らないのかもしれないな。この勇者の場合、聞いても理解できなかったかもしれぬ。

「他の国と同じだ。他の国の勇者に任せておくのが心配だから。あの千年王国の勇者カーランデルもお前の討伐に失敗したと言うじゃないか。こうなったら黙って待ってなんかいられないってもんだ。どこの国も我こそはって勇者を募ってる」

 ほほう、それでここのところ我が城への訪問者が増えていたのか。あの勇者カーランデルは人の子の中では知られた存在であったのだな。

「勇者マリオ。こういうことか。理由はないが魔王は良からぬものだから殺すべきである。今は誰もが魔王を討とうとしているから、様々な国に勇者がいる。お前はそのうちの一人に過ぎない」

 勇者マリオは挑戦的な笑みを浮かべた。

「ああ、今はたくさんの勇者の一人に過ぎないけど、今日お前を滅ぼせば俺は勇者の中の勇者、たった一人の本物になれる。お前がそれを見ることはないだろうけどな」

「勇者マリオ。お前の算段は勝手につけてくれて構わないが、私も諾々と討たれるわけにはいかない。魔王が悪いという根拠を示せ。私に死ねと言うのなら魔王は殺されても仕方がないという理由を述べてみろ」

「魔王は魔物を率いて大陸の国を攻め落としただろうが! 忘れたとは言わせないぞ、人間の国はたくさん滅んだ。人もたくさん死んだんだ」

 確かに暗黒時代もあった。近いところでは五十年前「追跡の王」が没し、新たな魔王が決まるまで魔物達は人の引いた国境などお構いなしに暴れ回り、殺しあった。そうしなければ魔王が決まらないからだ。魔物の王は、常に最強の魔物が立つ。最強を証明するためには戦い続けるしかないのだ。力に勝る者の言うことしか聞かない。こればかりは種の習性としか言いようがない。

「勇者よ、お前達の認識は間違っている。魔王は魔物を率いて人間の国を蹂躙したりはしない。あれは魔王がいないときに起きる嵐のようなものだ。それについて私自身は責任のとりようがない。それを責められてもどうすることもできん。確かに不幸な過去はあった。遺憾に思う。だが、それは過去の話だ」

「過去の話だと? そんな風に簡単に忘れられるものか!」

 声を荒げたのは勇者ではなく、仲間の戦士だ。アリーと言ったか。まるで暗黒時代を生きてきたかのように目を爛々と燃やしている。

「覚えているというのか? お前は五十年の時を生きたようには見えないが?」

「母から聞いた。母はその母から。そうやって語り継いできたのだ。魔物の脅威を忘れぬように」

 アリーは唸った。なるほど。なるほど。

「恨みだな。それは分からないこともない。しかし、それを言えばあの時代、お前達もあちこちで我が同胞を捕え、殺し、あるいは封じ、随分と残酷なことをしてくれたものだぞ? その罪の一つ一つをあげつらい、再び殺しあうのがお前の望みか?」

 アリーは押し黙った。顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。

 その横で勇者は壁の方へ密かに視線を送っている。気づかないと思っているのか? 我々の問答の最中に、あの甲高い声の娘が私の近くまで迫っていることに。私は勇者ほど単純ではないのだ。どうやら勇者達には知覚できていないらしい不完全なラミアーが甲高い声の娘を油断なく見張っている。私が彼女に実体を与えてやれば、すぐにその魔術でもって娘を壁にはりつけにするだろう。


 勇者は決然とした表情になって私を見上げた。

「いいや! 殺し合いなどしない。」

 それは賢明な判断だ。

「俺達がお前を倒すんだ。それで全て終わりにしてやる!」

 いや、やはり愚かだ。救いようがない。


 正面から飛び込んできた勇者は待ち構えていた骸骨の戦士の間に何とか隙間をこじ開けようとする。先程の失敗から何も学んでいないのだな。正面突破は無理だ。

 私は息を二回に分けて吐いた。一つは骸骨の戦士の一団に変わり、もう一つはラミアーに実体を持たせる。ラミアーの姿が完全になる直前に勇者の仲間の魔術師が大きな火の魔術を放った。問答の間中、静かにしていたと思ったらこれを用意していたということか。確かに良く練られた良い魔術だ。出したばかりの骸骨の戦士が弾き飛ばされてしまった。巻き上がる噴煙と骸骨の破片で視界が悪い。


「なんだよ、うっせえなあ! しかもなんだ、この煙は? あーあー、毛皮がじゃりじゃりにじゃねえかよ」

 ああ、なんということだ! 私は大事な友の午睡を守ってやることができなかった。その程度のことも成し遂げられずに何が魔王か。

「すまない、深き毛皮の友よ。私はお前の友として自分が情けない」

 せめて、と我が友をマントの内側に入れてこれ以上の騒音と汚れから守るが、こんなことで私の失態は取り戻せない。

「なんだよ、泣くなよ。魔王だろ」

「こ、これは砂塵が目に入ったせいだ!」

「そうかよ。それならそれでいいから、あのガキどもをとっとと追い返してくれよ。ここまで来たら、さすがのお前ももう説得する気はねえだろう?」

 無論だとも。我が深き毛皮の友よ。お前の午睡を妨げ、深い毛皮に砂を振りかけるような無法者とする交渉などない。急ぎ引き取らせよう。

 風を起こして邪魔な煙を振り払うと、ラミアーが甲高い声の娘を壁にはりつけにしていた。十大魔将の一角たるラミアーの魔術があれば指一本触れずとも、あの娘達を全員壁にはりつけにすることができよう。

「ラミアー。その娘と、それからそこにいる娘達と勇者を名乗る男のことはお前に任せよう。我が友の心の平安を妨げ、その身に汚れを振りかけた罪に見合うだけの罰を与えてやれ。二度とこの城に近づく気が起きぬようによくよく言い聞かせよ」

 返事の代わりに尻尾を大きく床に打ち付けて、ラミアーはにんまりと勇者達に向かい合った。彼女も表に出るのは久しぶりで張り切っているようだ。

「ラミアー! まだこんな凶悪な魔物を隠していやがったのか!」

 隠してなどいない。そちらが勝手に想像していただけだろう。自分の想像が外れる度にこちらを責めるのは止してもらいたいものだ。

 勇者達は往生際悪く悪態をついていたが、ラミアーの魔術にかかるとぴたりと口を閉ざし大慌てで城を飛び出していった。なにか幻影でも見させられているのだろう。

 自らの目で見て、考えることができるときでも、その目も耳も頭もろくに使えていなかったのだから、彼らにとっては現実も幻影も変わりないであろうに。ときには都合の良い幻影の方が恐ろしい結果を招くことだってある。本当に恐ろしいことは何か、この機会に考えてみれば良いだろうな。


「さて。すぐに湯浴みの用意をさせよう。これ以上、我が友に不快な思いなどさせておけぬ」

「それより、お前いい加減に涙を拭えよ。いくら綺麗なお顔でもいつまでもほっぺたに涙の筋なんかつけてちゃあ、魔王の名が泣くぜ」

「だから、これは粉じんを被ったせいだ、友よ。私は、私は、そう簡単に泣いたりはしない」

 この涙は、己の不甲斐なさを嘆いてのものなどではない。決して。


 ***


 自由貿易連盟は一種の投資として送り出した勇者達の帰還を受け入れた。疲れ果て、黒々とした隈を作った勇者達は連盟の幹部に「決して魔物の国に手を出してはならない」と強く主張した。恐ろしい魔王にはとても歯が立たないと。

 これを聞いた連盟の幹部は、そもそも勇者の選定に問題があったのではないかと疑い出した。そして高額の資金を投じる魔王に挑戦する旅に挑むものとして、この腑抜けの勇者を選んだのは誰かと責任の押し付け合いが発生した。互いに不信を募らせた自由貿易連盟はまず二つに分裂し、さらにその中での序列争いが続いた結果、なし崩しのように瓦解していった。

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