3. 短慮の勇者 (1)
千年王国は酷い内乱が起きているようだ。こんなときこそ民の傍に勇者とやらが必要であろうな。カーランデルは活躍しているだろうか。一度の二度の失敗で折れてしまうようでは数多の民草を守ることなどできまい。まずはできることをこつこつと、一生懸命にやっていくしかないのだ。退屈で、苦しくて、いっそ止めてしまいたいと思っても、続けていればいつか突き抜けるときがくる。
しかし、あのカーランデルにそこまで耐えられるだけの忍耐力があるかと言われると疑わしいところではあるか。
私がようやく沼から離れても長い時間活動できるようになった頃などは、失敗の連続で、それでも続ける他なかったものだ。例えば……。
おや、失礼。来客だ。続きはまた今度にしよう。
***
「おー、ついに辿り着いたぞ! お前が魔王か!」
やたらと明るい声を響かせて玉座の間に入ってきたのはひょろっとした若者だった。そしてその後ろからぞろぞろと仲間がついてくる。
「おい、そうやって一番に飛び込むなと言っているだろう。先頭は私に任せろ。勇者にもしものことがあったら、すべて台無しなんだからな!」
「そうですよ、ご主人様。ここまでの城の仕掛けを考えたら玉座の間など、どんな悪辣な罠が仕掛けられているか分からないのですよ。せめて援護魔法をかけ終わるまで待っていただかないと。」
「ね、ね? あれが魔王? アタシ魔王ってもっとでかくて角とか生えてて怖いのかとおもってた。なんか、全然普通っぽくない? ちょっと黒いけど、手も足も二本ずつだし顔なんて結構かっこいいじゃん。」
今回の勇者の仲間はどういうわけだか、若い娘ばかりだな。緊張感もない。こんな様子で一体何のために私のもとまでやってきたのやら。物見遊山だろうか。私は玉座の間を観光地として売り出した覚えはないぞ。
しかし、まったく騒がしい。これでは深き毛皮の友が午睡から覚めてしまうではないか。完璧な午睡がとれないと、我が友はとても悲しむのだ。私も緩やかに上下する友の腹を眺めているのはとても好むところであることだし、客人には早々にお引き取り願いたいものだ。
そうだ。勇者が急に暴れ出したときのために戦士を用意しておこう。寝ている我が友はいつにもまして無防備だ。
私の吐息は骸骨の戦士に変わり、騒がしい勇者一行と私達を隔てるように並んだ。
「えー、ここに来て骸骨の戦士? 廊下の方がもっと大物いたじゃん。もうネタ切れなんじゃないの? そしたら楽勝なんじゃない?」
ああ、その甲高い声の娘。いいから黙っておれ。我が友の耳がぴくぴくと動き出してしまったではないか。眠りが浅くなっている証拠だ。
「随分と陰険なお出迎えだったな、魔王」
娘達がひと騒ぎ終えたと思ったら、今度は中央に立っている痩せた勇者が声をかけてきた。
「出迎えを命じた覚えがないな」
「国境から城門までは、死霊の戦士と岩の怪物のパレード。城門は馬鹿みたいに巨大で重くて開かない。やっとの思いで門を通り抜けたら城の中には人面獅子が徘徊してる。その合間、合間の扉も全部がいちいち重くて場所によっちゃあ完全に動かない。ここまで登ってくるのにどんだけ時間がかかったか」
勇者は指折り数えて地団駄を踏む。
「とにかく、この城を建てたは相当に性格が悪いってのはよく分かったよ」
ああ、なるほど。皮肉であったか。
「扉が大きいのは、体の大きなものが通るからだ。ここは人の子の城ではない。お前達の基準で大きい小さいを論じないでほしい。それに、どんな城にも城を守る者は置かれているだろう? 私の城ではマンティコアの子供らがそれを担っているだけのこと。私の城だけ丸裸と勝手に想像したのかもしれないが、お前の想像と現実が違うと文句を言われても困る」
勇者は肩を竦めてみせた。
「人間を歓迎してないってのは分かった」
私は勇者の仕草を真似てみた。
「人の子がやってくる都度、王の命を狙うとなれば衛兵が神経質になるのも当然だろう」
「して、勇者よ。お前は何のためにここに来たのだ」
勇者はぐっと一歩を踏み出した。それに合わせるように控えていた娘達は顔を見合わせ頷き交わす。魔術を操る者は杖を構え、戦士たちは剣を構えた。どうやら娘達はただの飾りではないようだ。
「お前を倒すためだ。ここで俺の剣の錆になってくれ!」
勇者は叫ぶなり、玉座に向かいまっすぐに駆けだした。
「断る!」
私は急いで返事を返したが、勇者達は止まらなかった。断ると言っているのに問答無用に切りかかってくるとは何という非常識な者どもだろう。先に骸骨の戦士を用意しておいて正解であった。
勇者達は狂ったように我が戦士を刈り取り続けた。身を挺してくれた忠義にはきちんと報いよう。ほとんど思考というものを持たない彼らには欲望もないから褒美も意味はないのだが、それでも働きには相応に報いるのが君主の度量というものだ。
「主殿、これではきりがないぞ!」
「先にこちらの体力が尽きてしまいます!」
ようやく多勢に無勢であることに気が付いたらしい。勇者達は目を見合わせて一歩、二歩と退いた。これでようやく彼らの訪問の理由くらいはまともに聞けるだろうか。
「魔王、ずるいぞ! お前の魔力は無尽蔵か!」
「いきなり人の命を狙っておいて、ずるいも何もないだろう。勇者よ、私はお前がどこの何者かも知らないのだが名乗るくらいはしてはどうなのだ。 お前は知らないかもしれないが、最近とみに勇者を名乗る訪問者が増えている。勇者というだけでは名乗りにならない」
すると、ようやく勇者は深呼吸して答えた。名前を名乗るくらいはできるようだ。幼児程度の知能があって何よりだ。
「俺は自由貿易連盟のおっさんたちに雇われた勇者マリオだ。ちなみにこっちのナイスバディ―の戦士がアリー、キンキン声の暗殺者がミリー、そんでもってお姫様みたいな神官がリリーだ!」
「ふむ。貿易連盟か。聞いたことがあるな。国の支配を離れた自由都市の集合体であったかな」
たしかまだ新しい、新たな国のようなものだったはずだ。国王を戴かず、複数の富豪の協議で民を治める。金銭の多寡に基づく身分制度と時間極の奴隷制を自由貿易と名付けて国家の制度に堂々と組み入れた危険なものだったと記憶している。
「おお、良く知ってるな。それだよ、それそれ」
「して、その自由貿易連盟はどうしてお前を雇ったのだ?」
勇者はにやりと不敵に笑った。
「それはお前を倒すためだ。魔王を倒すには勇者。当然だろ」




