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仮面の紋章使い  作者: 9BO
Chapter3:秘匿されない魔術
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 半月間の野外演習から戻ったアルティナは、まず真っ先にユハスの研究室へと向かった。


 ガルディウスのことだ。確実にユハスのクエストはクリアしているだろうが、その後の二人が演習中もずっと気がかりだったのだ。

 仲の良いガルディウスではなく、ユハスの方へと向かったのは――単に現状を把握するにはそちらの方が適していると思ったからだ。



(ガルに聞いても、対人評価の基準がおかしいからあんまりあてにならないんだもの。)


 

「ってことで……お邪魔するわよ、ユハス。」


 そう言って返事も待たず研究室のドアを開けたアルティナは、眉を寄せて何やらノートを凝視するユハスの姿を視界にとらえた。

 ユハスが来訪者を無視するのは珍しくないが――そのためアルティナも返事を待たずに入室したのだ。

 だが、アルティナの来訪に顔も上げずにノートを凝視するその表情は険しく、見るからに不機嫌だ。


(まあ、ガルとのことが不機嫌の原因とは限らないけど……これは良くないわね。)


 何せ半月も学院を離れていたのだ。

 クエストはアルティナが演習に出かけた日に終えていたはずだし、その時の出来事が今のユハスの不機嫌につながっている可能性はむしろ低いものだが、アルティナの留守の間にユハスと親交を深めようとしていたガルディウスを思えば状況はよろしくない。


(ただでさえ人嫌いだってのに、こんなんじゃ仲良くは無理よね。まあ、相手がユハスだし期待はしてなかったけど。)


「ユハス。ガルのことだけど……あの後どうなったの?」

「…………。」


 無視。無反応。

 アルティナの存在などないかのように、ノートを凝視し続けるユハスに、アルティナは表情を引きつらせる。

 基本的に自分本位。他人でもどうでもいいと考えてるとしか思えないユハスから、この手の対応を受けるのは初めてではないけれど――


(やっぱり苛立つのよね。)


 微動だにしないユハスに痺れをきらし、アルティナはその傍に歩み寄る。


 そして、首を傾げた。

 ユハスが険しい顔で凝視するノートは――真っ白だったのだ。


「何も書いてないノートなんて見て何してるのよ?」


 問いかけというよりも思わず漏れた疑問に、今まで沈黙を貫いていたユハスが口を開いた。


「書かれているさ。びっしりとな。」


「え?」


 答えが返ってきたことと、その内容に驚いて思わずノートに再び目を向けるが――やはり白紙だ。

 戸惑うアルティナへと、ユハスは手を伸ばした。


「見せてやる。」


 そう言ったユハスに手を握られた瞬間、視界が変わる。

 日常と違う――けれど、ガルディウスと共闘の経験があるアルティナにとっては馴染みのあるものへ。

 ユハスの手から迸る魔力の流れを視認して、アルティナは目を瞬く。


「……どうして神眼付与なんて?」


 言葉での返答の代わりに、ユハスはノートを突き出した。

 そこに答えはあったのだ。


 確かにノートは白紙ではなかった。

 びっしりと文字が――幼い子供のような稚拙な文字が『魔力』で書かれていたのだ。

 それも意味のある文章ではなく、同じ単語が何度も繰り返し繰り返し――まるで単語の練習のように書かれている。


「これ……ひょっとして、ガルの字?」

「ああ。あいつが俺の研究材料になることを条件に、読み書きの教師役を引き受けた。」

「ちょっとその条件には物申したいけど……よく貴方がそんなこと引き受けたわね。」

 人嫌い。面倒見最悪のユハスが、人に何かを教えるなど驚きだ。

「まあ色々思うところがあってな。」

「でも、何でわざわざ魔力で文字を書かせてるのよ?これって紋章術でよく使う『魔導水』とかいう魔力のインクをわざわざ使って書かせてるの?」

「文字の練習にわざわざインクより高価な『魔導水』を使わせるわけないだろ。」

 

 インクより高価とはいえ、紋章術士なら誰もが使うとされる主要道具である『魔導水』は、決して高級品というわけではないが、神眼付与を使わなければ見えないインクなんて文字の練習には不向きだ。


「はじめの2ページだけだ。」


 そう言ってユハスが開きなおしたノートのはじめの2ページには、魔力のインクではない通常のインクで文字が書かれていた。


「あとは奴が勝手に慣れてないから手が痛いとぬかして、ペンを投げ出してそれをやったのさ。」

「ガルが自分で……あっ!たしかにそれなら魔導水なんて使わなくても平気よね。」

 魔力のインクなんて存在自体を学院に入るまで知らなかったガルディウスだ。

 魔導水なんて使う必要なんてない。



「ああ。まさか読み書きの練習で『自己魔導』を使う馬鹿がいるなんてな。」

 

 忌々しげなユハスの言葉に、思わずアルティナは苦笑する。


 確かに。

 難解とされる紋章術において、最も難易度の高い自己魔導を使って読み書きの練習なんかをする魔法使いは、世界広しといえどガルディウス以外にはいないだろう。



【補足】

本編では触れていませんがアルティナもフレンドカードを持っています。ガルに同行してユハスの研究室に入れたのもそのためで、フレンドカードを持っていないとユハス本人の招待がないかぎり同行者としても研究室には入れません。

あと、アルティナに神眼付与の効果があったのは、手を握ったユハスが自身に神眼付与をかけていた効果を接触によってアルティナにも広げたためです。

ユハスが魔法具のゴーグルではなく神眼付与の魔術を使っていたのは、魔法具が実用レベルでは未完成だということと、他に術を併用する必要がない為です。

神眼付与だけを使う分には、ユハスの実力なら何の問題もないのです。

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