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見えてきた限界の巻

 帝国には不可思議な場所がある。

 外からは山脈の根元に開いた洞窟に見えるが、数百m進んだ先には広い空間がある。

 古い書物によればこの巨大な空間自体何者かが作った迷宮であるといい、正式な名称もあったのだが、かつての入り口が地震により塞がって以降忘れられて久しく、再発見されてから四十数年たった現在では、迷宮、地下牢、天守といった意味合いを持つ単語ダンジョンがこの場所の名称として使われている。


 ダンジョンに太陽はないが昼夜も季節もある上に、草原、荒野、森林や湿地など大型の生物を支えうる生態系が広がり、さらには由来不明な都市や要塞だったとおぼしき遺跡が点在、入り組んだ複雑な地形はダンジョンの名の通り迷宮の如き様相を呈しており、どこまで続いているのかわからない。


 ただ、果ては見えている、遥か向こうには山の頂上に聳え立つ巨大な城らしきものがあり、奇妙なことにどちらを向いても正面に存在し、見る方向により形が異なる、また天気の良い日に西の方を望遠鏡で覗けば門らしきものが確認できる気がするため、とりあえず西へ進むルートの開発が最も進んでいるのだが、どこまで進んでも近づいている気がしない。


 豊富な資源があり、国宝である聖剣や神器などはダンジョンからもたらされたものであると伝えられているから、一攫千金を夢見て或いは何らかの名誉を得んがため……今日も大勢の冒険者達がダンジョンに潜っている。


 崩れかかった遺跡から大きさは中型犬程度の毛深い魔物が何かに追われて飛び出してきた、魔物達を追う得体の知れない触手のようなものは入り口前で蠢いているが何者にも触れられない、幻影を作り出す魔法によるものだ。


 大きめのローブ纏い、鍔の割れた帽子を被り赤毛を三つ編みにした小柄な愛らしい魔女は、探知魔法「探響位」で遺跡内から魔物を全て追い出したことを確認し、防壁の魔法「晶壁」で遺跡の入り口を封鎖する。


「子供もいる……厭な仕事だよ……まったく」


 幻影の魔法により遺跡から追い出され、戻ろうにも入り口は魔法の壁で塞がれているが、死亡した個体はいない。逃げ道も用意してあるが、魔物達はまだ住処を諦めてはいなかった。


「いい加減、明け渡しちゃくれないかねぇ、無益な殺戮も遺跡の損壊も望んじゃいない」


 そういう魔女に端正な顔立ちの若い剣士が答える。


「魔物に言葉なんて通じるわけないだろ」

「……」

「アキレア、お前いつまで引きずってるんだよ、たかがゴブリンだろ」

「……言葉は通じても話が通じない愚物よりは語りかける意味はある」


 魔女アキレアは帽子の鍔の割れ目から剣士を睨んだが、すぐに魔物たちに目を向ける。

 あちらも怯んではいるが縄張りを明け渡す気はないらしい。

 冷気の魔法「寒到来」を微妙なわざと外して吹きつけてやると足並みが乱れる。


 剣士シオールは殺傷を避けるアキレアをチラ見して舌打ちをする「お前のやり方じゃ埒があかないんだよ!」


「ローランド、いくぞ!」

「う、うおおおああああああ!!」


 魔法金属の小片や竜の鱗などを用いた小さな増加装甲を多数施した施した皮鎧を着用した灰色の髪の大男ローランドはやはり増加装甲を施した盾を構えて突撃、逃げ惑う魔物の群れに剣士シオールが切り込み、魔物を次々と斬殺してゆく。

 間合いの外にいる相手さえも斬殺せしめるのは剣に宿る力故、とはいえそれも使いこなす技量があってこそのもの、使い手の力が足りなければただの剣でしかない。


 レプリカとはいえ……流石は聖剣ってところか……!


 剣士シオールは戦利品の性能に心が躍る、国宝である本物は竜の鱗も切り裂くものだというが、レプリカとされるこの剣も尋常ならざる切れ味だった。

 ある者は身体を切断され、またある者は内臓をぶちまけてこと切れている、魔女アキレアはその様子から目を逸らす。


「ちぃっ!」


 シオールは剣を堪能するあまり気が緩んでいた、退却する魔物達の中にただ一匹、シオールの剣をすり抜け後衛を狙って走る者がいる。


「ぬぅああああ!!」


 ローランドはそいつを掴み、抵抗されて傷を負いつつも退却する群れのほうに放り投げると逃げる魔物に命中し、数匹まとめて負傷する、まだ生きている個体もおそらく絶命するだろう。


 野生の生物は基本的に負傷することを恐れる、負傷の果てに得られる利益よりも、徒労に終わったとしても負傷しないほうを選ぶことが多い、負傷すれば明日の狩りに支障が出るし、敵の撃退も困難となる、生存率が低下するのだ。

 社会性を有する生き物は仲間の支援があるため負傷者の生存率は高くなるがそれでも基本は変わらない、莫大な数がいて繁殖個体が決まっている真社会性の昆虫や、鮫などの狂乱索餌といった一種のパニック状態といった例外はあるが、野生とは基本的に臆病で神経質なもので、一般的に獣性とされる野蛮で無謀な性質は寧ろ人間らしい気質だ。


 、ローランドは育ての親である老騎士の言葉を思い出す。


「昨今、勇者とは特別な運命に選ばれた奇跡の英雄のことを指す言葉になってしまったが、本来は文字通り勇気ある者、恐怖を振り払い立ち向かう者のことをいう」


 彼らにはおそらく利他的な思考があり、立ち向かってきた魔物たちは仲間を逃がすため我が身を犠牲にしたのだろう


 運命や奇跡なんて予定調和などなしに命をかける……あの魔物たちこそ真の勇者じゃないか……


「ローランド君、大丈夫?」

「あ、ああ」


 労う眼鏡のヒーラーに少し沈んだ表情で答えるローランド、彼は魔物であっても殺してしまうことを恐れている心優しい男であることを彼女はよく知っている。


「いつも守ってくれてありがとうね」

「ああ、いや……それがおれの役割だから」


 ローランドは自らの手で殺めてしまった勇者のために祈りつつ、子供を連れ、住処を捨てて逃げる魔物たちを複雑な表情で見送る、魔物視点からすれば、突然現れた侵略者に住処を追い出されたという状況である。


 気鋭の剣士シオール、巨漢の騎士ローランド、天才魔女アキレア、ベテランのヒーラーアンジェリカ、彼ら「雷火の覇剣」は、癖の強い人物が多いものの、実力自体は評価されているパーティだ。


 多くの冒険者はその日暮らしのごろつきであるため、侮蔑の念を込めて底辺与太者と呼ばれているが、ダンジョンで生きぬく技術、学識や教養のある者ただの与太者とは言えない者もそれなりにいて、公的機関に所属する研究者の護衛や水先案内人など、それなりに社会的に評価もされ報酬が得られる仕事にもありつけたりするし、実際のところどうだかはわからないが、何か英雄的行為によって名誉や爵位なんてものも手にすることが出来るかもしれないないなんて期待も抱いてしまう。


「まだ終わらないのか、こっちも早く治してくれ」

「はーい」


 ローランドの負傷を治療し、シオールのほうへ向かおうとするアンジェリカは「……よいしょ」っと立ち上がり息をつく。

 冒険者におけるヒーラーの役割として肉体疲労の回復もあり、その実力がパーティの行動範囲に与える影響は大きく、当然その分消耗も激しい。


「大丈夫か?」

「ありがとう、でも大丈夫、まぁ……みんなみたいに元気とはいかないわね、歳かしら? あははは」


「いや……そんなことは」ローランドは気の利いたことを言いたいが不器用な男である「その、無理はしないでほしい」と小さな声で言い、アンジェリカの後ろでまとめた亜麻色の髪を見送った。


「アンジェリカさぁ……」

「ごめんなさい……戦ってる最中の回復はやっぱり私じゃ無理だわ」


 戦闘行為の最中に回復魔法をかけろ、何度となく要求されてきたことだが、戦時においても基本的にヒーラーは前線に立つことはなく、後方で治療に勤しむのが基本であるから、激しく動き回る相手に遠方から回復魔法をかけるという技能は普通のヒーラーには必要されないものなのだ。

 医療で用いられる眠りや麻痺などの魔法も同様で基本的には戦闘向けにはできておらず、戦闘で運用しづらいものとなっている、ただこれらに関して言えば、殺傷に比べて心理的抵抗が小さく、悪用しやすいから敢えてそうしているという理由もあるが。


「あーあ」シオールはわざとらしく大げさにため息をつく「これじゃ未踏の地になんて行けないな」


 魔女アキレアは帽子の鍔の割れ目からにらみつけ、ローランドも妙な目でみるので、シオールもばつが悪い。


 そりゃ、俺だって世話になってるとは思うけどさ……ヒーラーって立場にあぐらをかいてるんだよ


 回復魔法の使い手であるヒーラーは働き口などいくらでもある、だからわざわざ不安定で危険な冒険者になりたがるのは物好きかワケありであるから、慢性的にヒーラーは不足しており、パーティにいるというだけで恵まれている部類なのだが、それだけでは成り上がれない、もっと優れたヒーラーが必要になってくるだろうとシオールは考えている。


 アンジェリカも訓練の結果、多少距離があっても魔法をかけることが出来るようにはなったが消耗が大きい。ただシオールは魔法に興味がないから、出来る奴がいるのにやらないのは甘え、程度に考えている。

 さらに侵入してもいない遺跡の奥に幻影を発生させ、魔物を追い出し、防御魔法で逃げ道をふさぐなんてことをやってのけるアキレアは十三歳くらい、二十七にもなってあの程度の回復魔法しか出来ないのは三流だと思っているわけだ。


「よし、じゃぁ行くぞ」

「ごめんね、ちょっと……休ませて」

「またかよ……さっきも休んでただろ?」


 魔女アキレアは杖でシオールを小突き、帽子の鍔の割れ目から睨みつけてくる。


「魔法を使えん奴が知った風なことを」

「こらこら……突っかからないの」

「言っても無駄なのは知ってる、でも許しがたい」


 そういう彼女の力は底なしで出力も桁外れだ。

 アキレアはそれ以上何も言わず、ただアンジェリカの近くに座りシオールを無言で睨む、ローランドも遠巻きに何か言いたげにこちらを見ている。


「わかったわかった……あと十分だけだぞ」


 アンジェリカの回復魔法は丁寧であるものの、魔法を行使する力は総合的に見て人並みだというし、余所のヒーラーはもっと優秀な奴が多い……実際にどうかではない、少なくともシオールにはそう見えているし、ヒーラーがアンジェリカではさらに上は目指せないと常々思うのである。


 アキレアの照明魔法が遺跡内部を照らす、殆ど崩落しているが過去には水が溜まっていたと思われる場所や水路おぼしきものもがあり、アンジェリカ曰く「水道に関わる施設みたい」とのことだった。

 昔の仲間に物知りな元宮廷魔術師がおり、研究者の水先案内人をよくやっていたがゆえである。


「そう、なのか」ローランドは何か言葉をつなげたいが、なかなか気の利いた言葉が出てこない。


 アンジェリカは報告のためのスケッチを何枚か描いてゆく、これも昔の仲間に絵が上手い者がいたから教わったとのことである。

 今回の依頼はこの遺跡が一体何なのかを軽く調べてきて欲しいとのことで、住み着いている魔物の駆除も任務の一つ、おそらく今後は研究者や技師が入って詳しく調べることになるのだろう。


「古い書物にあることが事実だったら……だけどね、上下水道を再現出来れば衛生状態が劇的に改善されて、都市部の公害問題も解決するかもしれない」


「それなら病気になる人も減るね」アキレアは素直に言ったあと慌てて付け加える「あーでも」


「でも冒険者は都市部のクソ共のためにダンジョンの技術を使うなってわめくだろうね、都市部の連中も底辺与太者はダンジョンにいるだけで何もしてないって、印刷技術とかもそうでしょ、実用化した帝国がすごい、自分たちすごいって、手前は何もしてないくせに優越感に浸り出すのオチさ」


 そう皮肉っぽい態度を取り繕うアキレアにアンジェリカは言う。


「冒険者も都市部の労働者も、お互いの仕事なしに今の生活は成り立たないのにねぇ」


「結局どいつもこいつも底辺与太者なんだ」アキレアは不愉快そうに吐き捨てる「だいたい……元々住んでた奴を追い出してまでしなきゃいけないこと? これじゃぁあたしたちは侵略者だ」


 言葉にはしなかったが、ローランドも小さく頷く。

 しばらくすれば追い出した魔物たちも様子を見に戻ってくるかもしれない、放浪は危険だ、他の縄張りの個体群や人間などと出くわすリスクが発生する、とはいえ我が家に戻ってきたら今度は遺跡研究の邪魔者として駆除されるのだろう。

 安情けをかけてしまったが、彼らにはどのみち未来などない。


「他の生き物を蔑ろにしていいというわけじゃないけど、私達も人間だから、ね……それに生活が良くなれば、他者を慈しむ余裕もできると思うわ」

「本当にそうかな……ますます思い上がるだけじゃないの? 人間は神に祝福された特別な存在だなんてほざく連中なんて山ほどいる、ああいう連中は絶滅しちゃえばいいんだ」

「……気に入らないものを絶滅させたら誰もいなくなっちゃうわよ」

「わかってる……けど、許せんもんは許せん」


 アキレアはうっすらと多数の人間を軽蔑している、若い頃は多かれ少なかれそういうところがあっても、人と関わる中で己の小ささに気づき、謙虚になってゆくものだとアンジェリカは思ってはいるが、この子は間違いなく天才魔女、その力と孤独故に歪んでしまうのではないかと心配している。

 そして厄介なのは根底にあるのは義憤なのだ、彼女が正義の名の下に悪を断罪するようになったら非常に危険なことになるだろう。


「何も無いなここ」奥から戻ってきたシオールが疲れたように言う「無駄足だったな」


「この遺構自体が古代の技術的遺産で……」

「そういうのどうでもいいから、興味ないし、てかそんな大昔のこと調べて何の意味がある?」

「再現出来れば衛生状態が改善したり、それに」

「古代技術とやらを再現できたなんて話は聞かないな」

「印刷とかあるじゃん」

「ほかにも完全再現とはいかないけど、技術の発展には寄与してるわよ」

「それはよく聞くが本当なのかあやしいところだ、学者共が儲けたいから騒いでるだけってのが実際のところだろうな」


 何を根拠にそんなことを言うんだろう……とローランドは思った。


 シオールは何かにつけて小馬鹿にする、この性格で何度となくトラブルを起こしてきた、アンジェリカががパーティに加わってからは以前よりずっとおとなしくなったし、彼も少しは成長したのかなと思っていたが、実戦を経験しさらに強くなったせいだろうか、またその厄介な気質を表に出すようになってきた。

 彼の馬鹿にした態度の基本にあるのは無関心、興味のないものを時間の無駄、リソースの無駄と断ずる冷淡さ、彼はそんな自分を合理的でクレバーだと思っている節すらある。

 そういった態度がいつかつまらない理由で取り返しの付かないことになるのではないかと、アンジェリカは心配してる。

 三人とも優れた能力はあるが社会に上手く溶け込めない気質を抱えていて、時としてそれは彼らの長所とも地続きなのだから難しい。



一応全29話書き終わってはいますで、お付き合いいただけたならば幸いです。

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