ゼロニスの多忙 3
どうしよう、彼はなにか勘違いをしている。
胸がドキドキしながら彼の腕に手を添え、振り返った。
「そ、そんなつもりじゃ……」
ゼロニスの表情は真剣で、唇はギュッと強く結ばれている。
まさかこの人、私が怒って出ていくと思って、焦っているのかしら。
「もしかして、私が裏門から出ると思ってここまできたのですか?」
思わずクスッと笑ってしまう。
「……違う」
素直に認めないところがゼロニスらしい。そうなると、ちょっと意地悪なことを言いたくなる。
「では、どうしてここまでいらしたのですか?」
私の声が穏やかなことに気づいたゼロニスは、拘束する手をゆるめた。
グッと言葉に詰まる彼は一瞬目を逸らすと、スッと私を指さした。
「お前が黒い格好をしているからだ」
指さされた先のドレスには、一部だが黒いリボンで飾られていた。
「蜂は黒い服装を好む。だからここには近づくな」
「…………」
「蜂に刺されると言ったのは、お前だろう」
確かに言った。
そして初対面のゼロニスの前、ここで蜂を叩き落としたっけ。
クスクスと笑う私をゼロニスはじろりとにらむ。
最初はこんな顔を向けられたら、怖くて震えあがっていた。彼の機嫌をそこねてしまって断罪に繋がるのかと、怯えていた。
だけど今では――。
ああ、いつからこんなに彼のことを、愛しいと思うようになったのか。
不機嫌な顔も素っ気ない物言いも、すべて私を想っているからだと知ってしまったから。
自分の気持ちの変化に思わずクスクスと笑ってしまう。
「なにを笑っている。ついにおかしくなったのか」
……まあ、口が悪すぎだろうと、思わなくもないけれど。
「ゼロニス様こそ、お忙しいのでは?」
言葉に詰まり、プイッとそっぽを向くゼロニス。
そんな彼の頬にそっと手を添える。
「私は出ていきませんよ」
約束したじゃないですか、ずっと側にいるって。
そう小声で伝えると、ゼロニスの頬がピクリと震えた。
「休暇を取ろうとなさっていると、聞きました」
ゼロニスは無言で、頬に添えた私の手に触れた。
「ああ、そうだ。最近は一緒に出かける時間がなかったから」
「ええ。ですが、その為に無理して欲しくありません」
クスッと微笑む私に、ゼロニスは真剣な眼差しを向けている。
「私はこうやって二人で会話できるのでしたら、それだけでもじゅうぶん幸せなのですから」
ゼロニスは私の手をジッと見つめ、そっと口づけを落とす。
柔らかな感触に頬が熱を持つ。
ゼロニスは私の反応を楽しむかのように視線を向け、再度口づけをした。
体を震わせると、引き寄せられた。そっと顎に手を添えられ、視線が絡み合う。
端正な顔立ちが近づいてきたと思うと同時に唇に感じる、柔らかな感触。
甘い口づけに、全身が熱くなる。
「俺も余裕がなくあたってしまい、すまなかった」
静かに唇を離したゼロニスの素直な姿に微笑む。
「今日でたまっていた仕事がおおよそ片付く。そしたらオルフェンの森に出かけないか」
オルフェンの森と聞き、目を見開いた。
「行きたいです!」
セリーヌの舞台の聖地をこの目で拝めるなんて。
目を輝かせる私を見て、ゼロニスはフッと微笑む。
「では、さっそくセリーヌも誘いますね!」
「は?」
「え?」
目を細めるゼロニスを取り巻く空気が一瞬にして下がる。
「なぜ、セリーヌも連れていかねばならない」
問い詰めるような視線にたじろぎながら答えた。
「えっ、だって、セリーヌも演じる側としてオルフェンの森に行けばイメージがわくでしょう! その結果、さらに演技に磨きがかかるかと。それなら劇場主としても嬉しいかな、と思って」
舞台が大盛況で終われば、ゼロニスにとってもいいニュースになるはずだ。
「別に舞台の評判など、どうでもいい」
ばっさりと切り捨てられた言葉に、思わず息をのむ。
「もしかして――」
ごくりと喉が鳴る。
「私と二人っきりがいいとか?」
首を傾げると、ゼロニスがクッと唇を噛みしめた。その顔は真っ赤になっている。
「えっ……」
つられて私も頬が熱くなる。
「それならそうと早く言ってくださいよ、勘違いしてしまったじゃないですか」
「黙るんだ。その唇を閉じるぞ」
ゼロニスはそっと手を握り直し、視線を合わせてきた。
その静かな眼差しに、胸がまた熱くなる。
「そのくらい、察しろ」
低く落とされた声が、やけに優しく響いた。
そして再度、ゼロニスから甘い口づけを受けたのだった。




