ゼロニスの多忙 1
FLOS COMIC様よりコミカライズを記念して、久々な二人を書いてみたくなりました。
――忙しそう。
開いた扉の隙間から、部屋の主であるゼロニスをそっとうかがい見る。
今は集中しているみたいだから、声をかけるのは悪いかしら。
それとも紅茶を飲むことで気晴らしになる?
私は扉の前で紅茶セットの入ったワゴンと共に、立ち尽くしていた。
ゼロニスはとっても忙しそうにしている。ほら、眉間に皺を寄せ、難しそうな顔して書類を眺めているし。
………いや、気難しそうな顔をしてるのはいつものことね。
でもいつも以上に皺が深いような気もするし!
やっぱり、邪魔しちゃいけないから、出直すことにしようかしら。
「――いつまでそこにいるんだ」
その時、書類から顔を上げずに低い声がかかり、肩をビクッと揺らした。
「き、気づいていたのね」
「当たり前だ。扉の隙間から圧を感じる」
ゼロニスは口の端をほんの少しだけ上げて微笑んだ。
あ、これなら入ってもいいかもしれない。
「失礼します」
気づかれていたのなら、紅茶を淹れてから退室しよう。
ホッとしつつワゴンを押して入室し、紅茶のセットを始める。
いつからか彼に紅茶を淹れるのは、私の役目となった。
湯を注ぎ入れ、じゅうぶんに蒸らす。その間、ゼロニスは無言で私の行動を見つめていた。
「最近、忙しそうですね」
「ああ、仕事が立て込んでいてな」
小さく息を吐き出したゼロニスの顔に疲労の色が見える。思うに彼は睡眠が足りていないのではないだろうか。昨夜も遅くまで部屋の明かりがついていたとフォルクが言っていた。夕食を食べると、さっさと執務室に戻っていたし。
そんな彼の力になりたいとは思うのだが、私に手伝えることなんて、たかが知れている。せいぜい、彼の好きな紅茶を淹れ、甘いお菓子を準備するぐらい。居心地のよい空間を作ってあげたい。
でも、そんなに仕事を詰め込んで大丈夫なのだろうか。
「あの、気晴らしに庭園を歩きません?」
「悪いが、そんな時間も惜しいんだ」
バッサリと切り付けられ、そこからはなにも言えなくなる。
でも、ひるんじゃだめよ、ラリエット。
彼に意見を言えるのは側近のフォルクと私ぐらいなのだから。
休息も必要だと伝えなければ!
「お顔にも疲労の色が見えますし、少しぐらい休んではいかがですか?」
「……」
肩をすくめたゼロニスは、私の意見など聞いていないようだ。
「疲れていると効率も悪くなりますし……」
ゼロニスは目を細め、手にしていた書類を机に置いた。
「もう少しで終わりそうなんだ」
確か、数日前もそんなことを言っていた気がする。
「でも……」
言葉を続けようとする私に、ゼロニスは深くため息をついた。
「――くどい」
はぁ!?
くどいってどの口が言うの。私はあなたを心配して言っているんでしょう。
ムッとして口を尖らせた。
互いに無言になり、険悪な空気が流れる。
そうこうしているうちに、紅茶を蒸らす時間が過ぎていたことに気づく。いけない、これでは渋みが増してしまう。味にうるさい彼のことだから、飲めないかもしれない。
でも今はそれぐらいでちょうどいい。
「じゃあ、これをどうぞ!」
いつもより色が濃くなり、渋くなったであろう紅茶をカップに注ぎ入れる。
セットすると、ドンッとゼロニスの前に置く。その勢いでこぼれそうになったカップを、ゼロニスは無言で見つめている。
「いつもより時間をおきましたから、とっても美味しくなったと思います! これを飲んで今日も深夜まで頑張ってくださいねーー! もう心配なんてしませんから!」
「おい」
ガタッと音がして、ゼロニスが椅子から立ち上がる。ビクッと肩を揺らしつつも、私の勢いは止まらなかった。
「それでは私も好きにさせていただきますので! どうぞお気になさらず!!」
私は一気にまくしたてると、ゼロニスの引き止める声も無視して、そのまま退室した。
***
まったく、なんなのよ。
私の心配が迷惑だといわんばかりのあの態度!
いくら有能だからといっても、仕事ばかりじゃ過労死してしまうわ!
もう二度と心配なんてしないんだから。
好きなだけ仕事して、ずっと執務室にこもっていればいい。
次からも紅茶はスペシャルに濃く、渋みを出してやろうかしら。
イライラしながら廊下を歩いていると、反対側から歩いてくる人物が視界に入る。
彼は私を見つけると、にっこりと笑みを浮かべた。
「ラリエット様、ゼロニス様に紅茶を淹れていただいたのですね」
「あ……」
そこで自分の両手を見つめ、失態に気づいた。
「すみません、執務室にワゴンを置いてきてしまいました」
怒りのあまり、その場に放置してきてしまった。
フォルクにおずおずと切り出すと、彼はクスリと笑った。
「いいですよ、私の方で片づけておきますので。……それで、ゼロニス様となにかありました?」
勘のいいフォルクだからこそ、私の不機嫌さを一瞬で見抜いた。
「それが聞いてくださいよ、もう!」
私はここぞとばかりにゼロニスに対する不満をぶちまけた。
最近忙しそうで、私も心配していること。だけどゼロニスからは、余計なお世話だと言わんばかりの態度を取られてしまったことまで。
「本当、いつも一人で抱え込んでいて。聞いても答えてくれないし。私がこのお屋敷にいる必要なんてないんじゃないのかって、時折思います」
居心地のよい空間を作ってあげたいと思った矢先、地獄のような空気を作りだした。その挙句、さっさと逃げてきたし。
話しているうちに感情がこもってしまう。
ついジワリと涙がにじんでしまい、フォルクは慌てた。
「ラリエット様はゼロニス様に必要なお方です! 今だってラリエット様のために――」
「え?」
フォルクは一瞬、しまったといわんばかりに、顔を引きつらせた。




