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欠けているもの  作者: たき
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9

 最近家の中が明るい。

 母のご機嫌が良いからだ。母の機嫌が良いと、父の機嫌も良くなる。似た者同士だ。


 「お見合い楽しみねぇ」


 母が代わりに出てくれればいいのに。


 「これで咲夜(さくや)も安心だな。良い人だといいな」


 父も乗り気のようだ。

 娘が近い将来、結婚するかもしれないのに寂しくはなさそうだ。普通、男親は複雑な心境になると小説に書いてあったんだが。


 「お見合いって条件から入るんですね。合理的と言うか」


 「それはそうよ。結婚が目的ですし、結婚は現実そのものだし、夢見るところからは入らないわね」


 経験者の言うことは非常に説得力がある。


 「かあ様もとう様もお見合いする時は条件で?」


 「最初はな。見合いは第三者の目が沢山介在するから結構シビアだけど、騙されたってのは少ないんじゃないかな。

 仲人も妙なのを紹介しようもんなら見る目を疑われて後々まで信頼が揺らぎかねないから、ある程度は調べるだろうし、当人だけじゃなく親の目もあるしで、最初からふるいにかけられるし。

 写真もな写りがいいだけかもしれないしな。その点、釣書に嘘はかけないだろう。騙すことになるから。

 でも私の場合は、かあ様が部屋に入ってきた時に、もう恋に落ちていたよ。条件なんて飛んでたな。この人と一生添い遂げると思ったんだ」


 「まぁ、恥ずかしいわ。でも私も同じなの。恥ずかしくてなかなか顔をあげられなかったんだけど、とう様の顔を見た時には、その優しい眼差しに思わず見とれてしまっていたのよ」


 父も母も子どもの前だと言うのに、恥ずかしげもなくよく言える。

 まぁ、こういう仲の良さだから、私にもお見合いをすすめるんだろうけどね。


 まぁいいけど。


 お断りされるけど、ごめんなさいね。


 両親が喜んでいる姿は、もうこのお見合いで結婚が決まったかのような印象があるけど、父と母が出会った時のようないわゆる一目惚れ的なものはないと断言できる。


 そっと心のうちでため息をもらすが、ご期待に添えなくてごめんなさいって意味だ。


 ヘアメイクはともかく、着付けは自分でやらなきゃな。

 人にやってもらうとなんかイマイチ締め付けが悪かったりするし。



 *



 最近の五橋の雰囲気がちょっとよそよそしい。そんな気がする。気のせいかもしれないけど。

 昼飯に連れ立って行くのは変わらないが、何となく違和感を感じる。それが何なのかと言われたら、よく分からない。


 「近々何かあるのか? プレゼン?」


 「なんで?」


 やはり少し(やつ)れている。


 「なんだか緊張してるっぽい印象があってだな。ひょっとして疲れてるのではないか?

 無理は良くないぞ。もし疲労が胃腸にくるタイプなら、無理やり食べたりしない方がいい」


 「気遣いサンキュウ。だがプレゼンはないから。疲れて見えるのはちょっと、家のことでゴタゴタしてるからかもな、きっとそれだ」


 無理矢理笑おうとすると、表情に違和感がありありと出てくるんだな。見ていて痛々しい。

 時々唐突に出てくる氷結な表情ではなく、苦悩を奥底に秘め、何かと戦い破れそうな雰囲気を醸し出している。かわいそうにみえてくる。その戦いに勝機はあるのか。


 「そうか。家庭の話は外からはなかなか分かりづらいから何とも言えないが、しんどかったらリモートで仕事すればいいじゃないか。そうできるシステムなんだし。

 若いからといって無理をして体まで壊したら目もあてられないぞ。ん? 顔が少し赤いな。熱でもあるのか?」


 五橋はやっぱり日頃サボってんのかな。さっきまでと違って今の目は命が宿っている。目いっぱい見開いているから分かりやすぞ。

 うん特に熱はなさそうだ。

 熱を診たついでだ。

 うちの猫にするようにほっぺたをさすってやろう。眼窩のあたりを軽くなぞるだけでも気持ちがいいからな。

 よしよし、いいこだ。落ち着け。


 ちょっとぷるぷるしているのか。

 ああ、食事中だった。失敬失敬。食べられないなこのままでは。


 あ、トイレか?

 いいよ、いいよ、ゆっくり行っておいで。


 ぺらりと手を振って送り出した。


 戻ってきた時の五橋は、少しばかり元気を取り戻しているようにも見えた。

 何も問うまい。デリケートな問題かもしれないからな。


 「やっぱりリモートワークしてみると良いと思う。通勤の時間を睡眠にあててよく眠ってみれば」


 「あー、いや、それはそれでちょっと。外に出て適度な刺激を受けるのもいい気分転換になるし。それよか、お前の、その、見合いの方はなんか、その、やっぱやんの?」


 「見合いか? そうだな。中止になったと言う話は特にない。両親が楽しみにしているくらいだからな。もはや私はいらないんじゃないかって思うくらいなんだが。遠足を楽しみにしている小学生のようだ」


 「・・・」


 「先日なんか、父がもう結婚の話まで飛躍して、あまり期待してくれるなよと心の中で思ってたんだ」


 「け、結婚!?」


 「父の妄想だ。あっけなく、断られて終わるさ。

 そうなったらそうなったで、両親が落ち込むのかなと思うと、ちょっと私もひどいことを願っているのかもしれないと思って後ろめたいんだが。

 まぁ、両親のように出会いは見合いだが、出会ったその場で一目惚れ同士ってのは、幸せなんだろうな」


 私にはそんなことは起こりえないけどな。

 じっと五橋の顔をみつめてみるが、なかなか整ってはいるが、一目でどうのこうのという気持ちにはならない。


 「そういえば、先日のミーティングのよもやまな話の中で聞いたんだが、モデルしてたって?」


 箸から高野豆腐が落ちた。五橋のな。

 これは、あれだ。動揺しているってやつだな。


 「だ、誰が言ってたって?」


 「私以外全員。口を揃えて言ってたぞ」


 「む、昔の話だよ。若気の至りってヤツで、人伝に誘われて学生の間までやってただけだ」


 おお、噂は本当だったんだ。


 「へぇ、そっちの方面には進まなかったんだな。楽しかったかい?」


 「まぁそれなりにな」


 視線が逸らされて、なんか言葉が濁されてるな。言いたくないのだろうか。それならこの話は終わりだな。


 「私の知らない世界だから想像すらできないが、人生は一度きり。いろんな経験をするのはいいことだ。

 私も親戚の叔母から、離婚してもいいから一度は結婚してみなさいって言われたから、そんなもんかって思えて、今度の見合いは幾分か気が楽になった。

 条件から入るのも悪くないらしいし。

 それに、もうこんだけお膳立てされてるから、否定から入るより、両親が安心するような人柄であれば、それに乗っかってみるのもひとつかなと思い始めてるところだ」


 数々の人々がもう動き出している。


 「お前、、、お前の気持ちはどうなんだよ。そんなんで相手はどう思うんだよ」


 どうして五橋がそんなにも苦しそうな顔をしているんだ?

 当事者じゃないだろう?

 私と五橋の飯友関係は1ヶ月にも満たないじゃないか。


 私はそんなにも五橋に心配されるような人間じゃないんだよ。


 「気持ち、か。そうだな、そもそもお見合いは結婚前提だから条件から入るんだそうだ。

 結婚は理想だけではやっていけない、現実のみの世界だから。

 まぁそれに、お見合いした翌日に結婚なんてことにはならないだろう、どう考えてみても。

 きっとその間に擬似的に恋愛をすることになるんだろうし、そしてその時期に初めて私は自分の何かを見ることになるのかもしれないな」


 「俺には、、、お前のことがよく分かんないよ。周囲の言いなりじゃん」


 「そうだな。お前の言うとおりだな。事実、結婚に何を求めているのか、私自身がまだわからないから。

 恋愛ならば好きだから一緒にいたいからという理由があって、それが結婚への大義名分になるんだろう。私の場合は、今は、両親が安心しそうってところだけだ」


 それが良いのか悪いのか・・・


 自分が死ぬ時になったらわかるのかな。


 そうだな、死ぬ時に、誰の顔を見て死にたいんだろうな。

 ふと目の前の顔を見てみる。


 「死ぬ時、誰の顔を見て死にたい?」


 え?っと驚いた顔をしている。

 確かに突拍子も無い質問だ。

 結婚をすっとばして、いきなり死かよって言いたいのかも。


 ぷぷ。五橋を驚かせるのも悪くは無いな。


 「死?」


 「そう。死は、老衰でもいいし、明日交通事故にあって担ぎ込まれた病院でって設定でもいいし、いろんなシチュエーションで。

 いや、忘れてくれ。これは私が私自身へ問いかけないといけないことだなきっと、、、そういうことなんだろう。

 死ぬ時に、後悔したくはないと思う相手に巡り会えていればきっと幸せだったと言えるのかもな」


 それは一体誰なんだろう。








 毎晩寝る前の会話が日常化している。

 主に五橋からかけてくる。

 スマホの小さな画面から見える五橋は相変わらず少々幼く見えてしまい、思わずクスリと笑ってしまう。

 その顔を見ながらふと思ったことは、お見合いの相手と結婚したら、もうこの時間はなくなるんだろうか。そして、昼飯時の虫除けとしてお役目御免になるのも近いんだろうな。


 いずれにせよ、五橋にとって喜ばしい形で何かが実現すると良いなとは思う。

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