第36話 黒髪に隠れた紅の瞳
「ユキムラちゃんはね…心に重い病気を抱えているの」
その言葉を聞くとローランは驚いた。
「心の病気とな?」
流石のローランも精神論となるとどうしようもない。
何にしろ、一番ベタベタしていた自分がそれに気づけなかったことにショックを受けていた。
「ユキムラちゃんにはお友達……いや恋人がいたの…」
これにも少々驚いていたがコクリと頷く。
「当時のユキムラちゃんは剣道をやってたんだけど、その子の誘いで卓球をやることになったらしいの」
相槌を打つローラン。
静寂に満ちた部屋の中、マチヤの声だけがローランの耳に入っていく。
「その子と相思相愛だったらしくて付き合ったの。3ヶ月ほどでね」
ローランは目を見開いて驚愕している。
(な、なぬ。3ヶ月じゃと…)
「話を続けるわ…ある日その子が行方不明になったの」
ローランは少し肩を落とした。
「その子が居なくなってからユキムラちゃんは学校に来なくなったの。それどころがほとんど自室で寝たきり」
「サツキにもそんなことがあったのじゃな…」
「そこで精神科の病院に入院することになったの。私もその時のユキムラちゃんに会ったけど昔みたいな活気は無かったわ」
「………」
魔王とはいえ、想い人なのだからは同情している。
「私、心理カウンセラーの資格を持ってるの。それに行方不明になった子の姉でもあるの」
「あ、姉じゃと…そなたもつらかったであろう…」
マチヤは何も答えず話を続ける。
「それで、退院後は私が引き取ることになったの。でもユキムラちゃんの両親のもとへと戻らせるのも1つの方法なのかもしれないけど…」
「なら、すぐにでも返すべきじゃろ」
その反論に屈することなくマチヤは話を続ける。
「あの子、すごく優しいから両親に気を使ってまた自分の心を傷つけるかもしれないって思ったの」
腑に落ちたが、やはり疑問に思うところもある。
(人間の心とは脆いものじゃの…まあそこが美しいのかもしれんがな…)
「私はユキムラちゃんを引き取った後、彼女を外に出させなかったわ。ユキムラちゃんの心を傷つけるものに触れさせないためにね」
ローランは足元を見るように俯いた。
「そのうち、ユキムラちゃんの記憶はどんどん薄れていって家族のことも学校の思い出も忘れちゃったの」
「………」
ローランはマチヤを睨んだ。
魔王でなくとも怒りの感情は隠せなかった。
それに対してマチヤは少し表情を緩めて誤魔化そうとした。
「それでもユキムラちゃんは幸せそうだったし…」
「マチヤ!貴様、自分が何をしたのか分かっておるのか!サツキは大切な思い出を、思い出を……貴様のせいで全て失ってしまったのじゃぞ!それを知る由もなく、空の記憶を持って生きているサツキの気持ちにもなってみろ!」
魔王であるその威光やオーラを纏い、それを言葉にして放つようだった。
少し驚いていたがそれでもマチヤは動じない。
「ローラン様、落ち着いて下さい」
沈黙が続く15分。
ローランは早く感じたがマチヤは遅く感じた。
「…もうよい…話を続けろ」
先に出たのはローランだった。
「は、はい。ユキムラちゃんが引きこもって数ヶ月くらい後の話なんだけど、チェスやご飯の時以外ユキムラちゃんと話をしなかったのだけれど、ある日から誰かと話す声がユキムラちゃんの部屋から聞こえてくるの」
「ほう?」
「私はもしかしたらユキムラちゃんに何かあったのかなって心配になったんだけど、凄く楽しそうだったわ。でもユキムラちゃんは明るい頃から人見知りする子だったもの。それでも楽しそうにお話してたわ」
そこからだろうか。マチヤから笑みの感情が消えていたようにも思えた。
「しばらく様子を見たのだけれど、その次の日からちょっとユキムラちゃんは変わったの」
「ああ、大体話は見えた。つまり、そこから人格が芽生えたのだろう?」
ローランは察していた。
「もしや、それは心の病気ではなく、悪魔との契約かもしれん」
「悪魔の契約…?」
マチヤは首を傾げる。
「日本が異世界に召喚される前の話だとしても、可能性はなきにしもあらずじゃ」
「そ、その悪魔って…」
ローランは胸に手を当てた。
「心の悪魔じゃ」
「心の悪魔?」
「心の悪魔はわらわでも認知できぬ悪魔じゃ。人の弱いところに漬け込んで、甘い誘惑をする」
「宗教家のお話でもそんなのは聞いたことあるけれどそんな悪魔がいるの?」
「にわかに信じ難いかも知れぬが悪魔の一種でもある。奴と契約すれば大抵の事は叶う。ただしそれは最善とは限らない」
マチヤは唖然とする。
「もう分かるじゃろ?サツキは悪魔と話し、悪魔と卓球をしておったのじゃ」
「あれは、あの子じゃなかったのね」
何故かマチヤは俯きショックを受けたような顔をする。
「あの子とは…」
時計の針が動く音が夜を告げる。
「ローラン様…私はお夕食の支度があるので…」
マチヤは立ち上がり部屋を後にしようとした。
「待て。最後に聞きたいことがある」
マチヤが振り返ると変わらず銀髪の娘が1人。
魔王とは思えない見た目だがその風格やオーラは出ていた。
「ちなみにサツキの親友であり、そなたの妹であったその娘の名はなんという?」
(まだまだ見る目がなってないわね、私)
マチヤの表情に笑顔が戻った。
「待也葉月。私がつけてあげたの。可愛らしいでしょ?」




