第29部 わたくしのアスタロト
アナザーキングダム上空
6 ー 5
サーブ権 ゲール
空には赤い竜巻。
その中に消えたボール。
「どうすれば…」
異形の存在であるゲールの圧倒的強さに立ちすくんでいた。
(目を閉じろ!音で感じろ!クソ天使!)
赤い竜巻のせいでゲールは見えない。
彼女がどこにボールを飛ばしたのかわからない。
「アスタロト…そういう事ですのね」
ミカエラは眼を閉じる。
頭の中でよくわからなかった練習の思い出が蘇る。
「集中しろ!その間合いじゃカイザーブレイクに押し潰されるぞ!」
「わかってますの!」
三日目の朝、彼らはアナザーキングダムの郊外にある洋風な構造の一軒家の外で多球練習をしていた。
カイザーブレイクに対応できる技を編み出すため、彼女はラケットを振っていた。
最初はただの素振りだったが目隠しをされ、そのまま多球の練習をすることになった。
視覚が失われている状態ではまともに動くこともままならなかった。
初めはボールとは反対の方向に走り、沢山転んだ。
「もう。これが何の練習になるんですの!?」
「数を重ねろ。それがお前の力の糧となる」
ミカエラはカイザーの実力を知るまでは努力を知らなかった。
天才と呼ばれ、挫折や迷いをすることもなく異世界卓球の公認プレイヤーとなった。
ミカエラは、ただ相手を見て弱点を見極め、試行錯誤し、技を練り上げる。
少し難しく聞こえるが、天才の彼女にとっては容易いものだった。
しかし、自分と互角に渡り合えるアスタロトがカイザーの前に倒れたとき、ミカエラは初めて絶望を覚えた。
アスタロトを抱えて逃げ走ったとき、郊外の住宅地まで道が長く感じた。
夜が近いとはいえ足が冷えて赤くなっていた。
ミカエラは涙目になりながらも城下町の階段を降りた。
郊外の住宅地にやっとの思いで辿り着いた。
嫌っているのに、気が合わないのに、憎たらしいのに……。
アスタロトをベットに寝かせ、毛布をかける。
ミカエラは気を失ったアスタロトを抱きしめた。
「わ…私たち……どうすれば……いいの……」
今まで嫌いなはずだった相手の前で彼女は涙を流していた。
それほどまで絶望やプレッシャーを感じていたのだ。
彼女は使命を胸にラケットを振り続けていた。
目隠しをしていたが音だけでボールが追えるようになっていた。
「せいっ!」
ラケットを振り切るとアスタロトがドライブをかけたはずのボールは軌道を変えて反対側のコートへと飛んでいったのが音からしてわかる。
目隠しをしていたが気分は晴れ晴れしていた。
「上出来だ。それと、俺の新しい必殺技を合わせてみな」
もちろんアスタロトも対カイザー専用の技を作っていた。
それを技能簒奪で奪い、ミカエラの技(劣化カイザーブレイク)と合体させる。
という作戦だ。
「で、そんでどういう技にするか決まったのか?」
アスタロトは草が生い茂る地面に座る。
「そうですわねぇ……。剣を振るようなイメージですわね。元々カイザーブレイクはカイザーの神器である魔剣グラムによって繰り出される技ですわ」
「なら、上昇キリューみたいなスマッシュやドライブの系統の技はないな。カイザーにパワーは通用しない」
「だとすれば……」
お互いに考え込むが、同じ答えがでてきた。
「回転だな」
「回転ですわ」
(全て思い出しましたの。あの練習にはちゃんとした意味があったのですわね)
どうどうと風の音が聞こえる。
体や翼には荒ぶる風が触れ合い目の前の竜巻と一友情を交わしたような気持ちになった。
体は暑いがまるで気持ちが高まり舞い上がるような思いだ。
ゲールに怯えていた自分がバカらしくなった。
「ボールはここですわ…」
目を見開くとボールが風に揺られてこちらに来ているのがわかる。
熱風で体が焼けそうだ。
だけどそんな恐怖はない。
英雄になったようにミカエラはラケットを剣のように構えた。
「はぁぁぁぁ!」
ミカエラは竜巻で隠れていたがゲールには1つの光が見える。
「なんだ、あれは?」
赤く大きな竜巻が光包まれ、一瞬にして消える。
そして現れた天使の手にはラケットではないものが握られていた。
「私の神器、聖剣グラムセラフィム!」
その手には魔剣グラムほどではないが、美しい銀色の長剣が輝きを放っていた。
魔剣グラムと違い、金色ではなく純粋な銀を基調とした刃が純粋な美しさが剣がゲールの目を奪う。
(でも、これは神器界のものではありませんわ。あくまでも試作品……ただ魔力を粘土のように固めただけですわ)
竜巻が消えたとはいえ未完成の神器で返せる保証はない。
こんなときアスタロトなら……。
「お前が駄目でも俺がなんとかする!シケた顔すんなよ、お前には偉そうな顔がお似合いだ!」
心の中で私のアスタロトはそう答えてくれた。
あくまでも心の中。
都合のいい励ましかもしれない。
「だけど、絶対に負けられませんわ!」
剣を構え、集中する。
「私、剣も嗜んでおりますの。覚悟なさってくださいまし」
剣でボールを切り上げ、空を二回斬り裂いた。
一撃は空へ。一撃は大地へ。
これぞ、天使界最強の剣技!
「天外剣!」
ゲールは数々の修羅場を乗り越えてきたが、ここまで速いものを見たことはなかった。
剣のさばきに見惚れている隙にボールが回転を帯びてこちらへと飛んできた。
ラケットに触れると何かが削れるような鈍い音が聞こえた。
「ぐぁっ!」
ゲールはラケットからボールが弾かれるとすぐさまラケットの赤い面を見る。
赤い面の一部は黒く染まっていた。
木の素材の部分も見えていて、削れたのだろうと予想できる。
「あの野郎…」
9 ー 5
サーブ権 ミカエラ
試合は圧倒的にミカエラが有利ムーブを取り、その後も2得点した。
だが、ゲールは翼を広げ飛び立った。
「し、試合を放棄するのですか!?」
「いい試合だったぜ。今回は俺の負けだ。次までにはその板版をボインボインにしておけよ!」
そう言うと空間に穴を開けその中へ入って行った。
ミカエラが「ちょっとお待ち下さいまし!」と言う前に穴は消え、空は青が広がるだけの景色となった。
一応、慣れない手つきでモニター通信を開き魔王に報告しておき、アスタロトの元へと帰ろうとした。
だが一瞬、彼女のアスタロトの言葉が頭の中をよぎった。
「ふふっ、やっぱり現実のアスタロトとは仲良くできませんわ」
そう言いながら天使の翼を広げて民家へと向かう。
その言葉の内容は彼女と彼女の妄想の中のアスタロトしか知らない。




