説得
「停電!?なにかあったのかしら」
「落ち着いて、先生」
まずは話を聞いてもらわなくてはならない。
「この停電を心配する必要はないんだ、先生。だから少し話を聞いてほしい」
「そんなことを言ったって……ほかのみんなが心配だわ」
「気絶しているよ。停電したってことはそういうことさ」
「それはそうだけれど……まさか、あなたが何かしたの?」
暗くて見えないが、先生は顔をしかめているところだろう。
「先生、私だけじゃない。私たち、だ。私たちは以前から計画を立てていて、この停電はその第一段階。しばらくすれば気絶している子たちも目覚めて、もう一度だけ発電機が復活するはず。でもその次はない。それまでに、先生。あなたに協力してほしいんだ」
「……どういうこと?あなたとあなたの友達はいったい何をしようとしているのかな」
先生は困惑しているようだ。
この様子では説明したところで、先生が快く協力してくれるかは分からない。そもそも究極を言えば先生を協力者にする必要はないのだ。でもこの作戦の立案者は、つまりあさりは、先生なら絶対に協力者になってくれると言っていた。いま外に待っている彼女が何を根拠にそんなことを言ったのかは定かではないが、とにかく私は言われたとおりに先生を説き伏せるしかない。
「先生。先生は外からここに仕事をしに来ているんだよね。私たちの知らない、外の世界から」
「……ええ。そうよ」
「私たちは、私たちの知らない外の世界を見てみたいんだ。先生にとっての当たり前で、私たちの知らない外の世界を」
先生は何かを察し、黙ってしまっている。しかし話は聞いてくれているようだった。
「ここにいるのに、何も不都合は感じていない。でもそれを、少しおかしいと思ったんだ。最初はほんとに些細なきっかけだった。映画の話で盛り上がって、隠し扉とか、秘密の武器とかを探そうって考えた。けれどユリやレン、シャーリーの話を聞いたらそれ以上に私たちのいる場所のさらに外の、発電所から完全に離れた外の世界が気になった」
私たちには、意図的に隠されていることがある。
あのお花見の日に、ユリはそう教えてくれた。
最初は信じられなかった。私の周りにある書物がなんでも教えてくれる気がしていたから。
でも気が付いた。
私は結局、自分がどれくらい生きるかを知ることができていない。それはこの先生ですらも知らないこと。それを教えてくれるのは、最後の候補は、外の世界。未だに見たことのない外の世界はきっと私がまだ知らないことでいっぱいで、その全てを自由に調べることができる。
そこまで分かっていて、行動しない理由がどこにある。
「先生、分かるだろう?私はずっと世界は自分の手の届く範囲にあるものだけだと思っていた。でも自分の手の届く範囲の外にも広がる世界のことを知ってしまった。どうしてもこの目で確かめたいんだ。そしてまだ知らないことをもっと知りたい。そして全てを知りたいんだ。この世界のこと」
そして何より、自分のことを。
「……あなた、名前は?」
「まこと。レンからつけてもらった」
「レン、というのがあなたのお友達なのね……ねえ、まことちゃん。あなたの気持ちは分かった。確かに私たち大人は、あなた達にいろいろなことを隠している。それに、本当に分からないから伝えられないことだってたくさんあるわ。でもね」
先生の顔が近づく。慣れてきた目に映りこんだ先生の目は他の人間や発電少女にはない、今まで一度も見たことのない雰囲気をしていた。怒っているようにも、悲しそうにも見える。
「外の世界はあなたが思っているよりも、ずっとくだらない場所よ。何も知らない、何も考えない人たちがたくさんいて、いさかいは絶えないし、自由というのも結局はどこにもないものなの」
先生の語気が強まる。私の肩をつかむ両手は震えていた。
「自分がどれくらい生きることができるのか知りたい、と言っていたね。もちろんそれも、外の世界では知ることができるかもしれない。でもその代わり、この発電少女発電所の中よりもずっと不確定要素が多くなる。致命的な病気になってしまうかもしれない。ひどい事故にあうかもしれない。犯罪に巻き込まれてしまうかもしれない。そのとき、発電所から脱走した発電少女を助けてくれる人はいない」
助けてくれる人は、いない。
分かっているつもりだったが、真に迫る先生の声は胸をざわつかせた。
私が今目をそらしている現実。そうだ。外に出たとして、私はそこからどうしたらいい?食べ物も、寝る場所も、私自身でどうにかするのだ。
そもそも、外に出てどこに向かえばいい?
計画に穴が多すぎる気がした。
ここに来て、あってはならない、現状への疑念が生まれた。
「あなたたちは人間の子供にしか見えないけれど、少し調べれば発電少女だってわかるはず。仮に人間として押し通せても身元の分からない子供なんて、外の世界は冷たくあしらってそれでおしまい。それでもあなたは……」
先生がとどめの一言を言いかけ、言いよどんだ。
みなまで言わなくても分かる。
怖い。
外の世界は、いったいどういう場所なのか。
目をそらしていた負の側面を考えてしまい、恐怖がのど元へとせりあがった。
動けない。
このままでは計画が失敗してしまうのを分かっていながら、動くことができない。
「それでもあなたは本当に、外に……」
「出るよ。勿論ね」
私をあきらめさせるための質問を遮って、保健室に入ってきたあさりは言った。
「……あなたは?」
「あさり。この計画の立案者だよ。ごめんね、まこと。私は少し先生に期待しすぎていたみたいね」
「えっ」
「どういうことかしら」
眉をひそめる先生。どういうことだ?先生に、期待?先生が簡単に協力者になってくれると思っていたということだろうか。それに、あさりはどういうつもりなのだろう。きっとあさりも先生の言っていたことは聞いていたはず。私が感じているこの恐怖を、あさりは感じていないのか?分からない。でも、今はあさりに任せるしかない。
「先生。本当に、私たちに協力する気がないの?」
「そうは言っていないけれど……」
言いよどむ先生。あさり構わず続ける。
「じゃあ先生は、私たちよりも自分の保身のことだけ考えていたいのかな」
「そんなことっ!!」
「そうだよね、先生。先生は本当に私たちのことを考えてくれているから現実的なアドバイスをするんだ。だからもちろん先生の言っていることはよく分かるし、信じる」
あさりはここで一呼吸置いた。先生の表情は単純に戸惑い、だった。
「だけれどね、先生。何も知らないままで発電所の中にいても私たちはちっとも幸せじゃないんだ」
幸せ。
それは今の私にはよくわからない概念だった。
あさりと私の違いはそういうことに対する理解の差なのだろう。
「……」
「いくら外が危険だとしても、期待したよりも全然いいものじゃなかったとしても、ここにいて納得せずにのうのうと暮らしているよりは、絶対にましなはずなの。誰もがそう思っているとは言わないよ。実際に私自身が外に出る気はない。外に出るのはユリ、レン、まことの三人だけ。それでも私は、外に出たいと言う彼女らの気持ちを大事にしたいと思う」
それに、本当に秘密兵器があるのかも気になるしね。と笑うあさり。
「私は後日外に出た彼女らからお話を聞くことにしているの。ねえ、先生。そのくらいの幸せな未来を想像できるだなんて、素敵なことだと思わない?」
「……」
「先生にはそのお手伝いをして欲しい、いや。私たちを助けて欲しいの」
「……」
「先生、お願いします」
「……あー」
「助けてください」
「分かったわよ!私もこんなの間違っているって思っていたのよ!」
「先生!協力してくれるのか?」
「ええ。あさりちゃんが言うのも最もなのよ。私だってこの仕事の中身を知ったときあり得ないって思ったのよ。私たちのぜいたくな生活があなた達の何を犠牲にしているかなんて気にもせずにいた。しかも調べれば出てくるようなことだったのよ。恥ずかしかった、でも国からの命令だし、生活が懸かっているから仕方がないって思ったの。だけど、ここまで言われちゃ、もうどうしようもないわ」
そのあざとさに折れてあげる、と先生。どこかやけくそ気味に見えるが、とりあえずうまくいった。これでどうにか計画は先に進む。
「で、私は何をすればいいのかしらね?」
「簡単なことだ。私たちのために職員用出口のドアを開けてくれたらいい」
「……それは何というか、足のつきそうな頼み事ね。でも引き受けたからにはやってあげるわ」
「大丈夫だよ先生。先生がここをクビになることはないの。ドアを開けるといったって、今私たちにカードキーをくれればいいの。私がほら、ちょっと待ってて」
あさりは一瞬外に出て、すぐに野球用のバットを片手に戻ってきた。
「おいあさり……まさか外にいたもう一人の子はそれで?」
「いや。あの子は停電したときに私が脅かしたら気絶しちゃった」
「おいおい……」
「そのバットは?」
「これで先生を殴りつけて、気絶してもらうの」
「もしかして今から私殴られるの!?」
「大丈夫。私たちの力で殴ったって気絶するほど痛いことはないはずだよ。フリさえしてくれれば、先生は大丈夫。あとは後で管理人さんにたんこぶを見せながら、暗闇で殴られて気絶している間にカードを盗まれてしまったと言えばいい」
自信満々なあさり。正直ここは完璧だと私も思うが、先生はそうではないらしくため息をついた。
「それでも私の監督不行き届きが問われるだけよ……」
「そうなのか?なら……」
「いいえ、いいわよそれで。どうせ私はもうここを辞めようと思っていたくらいだし。意図的に渡したのでもなければむしろ丁度クビにしてくれるはずよ」
「ならよかった」
あさりが安堵の息を吐き、バットを構えた。
「いくよ、先生」




