開始点までの終了
「うわぁ、分かってはいても正直きついねコレ……」
見えないはずのおぞましい幽霊がとうとう姿を見せて主人公の隣にいた探偵助手を無残に殺して消えていく、というシーンだったわけだが、もう音から画面からどうやったらここまで怖いものが作れるのか分からないくらいだった。
辺りのみんなは気絶しているようだった。あんまりにも怖い思いをすると人間は気絶するというのは聞いていたけれど、果たして発電少女はどうかというのは未知数だった。しかし状況を鑑みるに情報は正しかったようだ。私とて事前に何が起きるかを知らされていなければ今頃周囲の子と一緒に気絶していた。
まあでも大丈夫でしょう。人間も発電少女も見た目は似ているのだし。
そういっていたあの子、えっと、あさりちゃん。荒唐無稽にしか聞こえない計画の片棒を私が担ぐことになった理由はただ一つ、あのぶどうジュースで舞い上がっていたからだ。きっとあれにはアルコールが含まれていたのだろう。翌日、頭が痛くて保健室の先生に相談したらそう教えてくれた。
……いや、ちがう。暗闇の中、頭の中の言い訳を否定する。
あのジュース、いや酒は私に勇気をくれただけだ。ポニーテルの子、まことが外や将来への不安をこぼすたび、私はそれを否定しつつもどこかで同じことを考えていたのだ。興味、というやつだろう。怖いが故に、確かめたくなる。
「それでユリ、レン、シャーリーから名前をもらってここにいる」
独り言だ。独り言は私を落ち着かせてくれる。状況を整理するとき、決意が必要なとき、独り言はとても役に立つ。将棋をしているときにだって、口には出さないが独り言をつぶやいている。
「この状況じゃ、あまり大きな声は出せないけれどね……」
さて、活動だ。まずは大浴場に向かわなくてはならない。
ここのところ、入浴は時間帯が制限されている。この身体検査の日のみ検査が終わった子から順に入浴が許可されていたので、できれば停電する前に大浴場へと移動しておきたかったのだが、間に合わなかったものは仕方がない。
どうせみんな映画を見るためにここに移動していたのだから、大浴場には誰もいない。さほど心配する要素はないといえるだろう。座って考え事をしているうちに目も慣れてきたので、音を立てないように、しかし早足で廊下を進む。
「誰かいるの……?」
大浴場の脱衣所に入ったとたんにそう聞こえ、心臓が抜け落ちそうになる。
独り言で確認してすぐこれである。やはりこの計画は相当に粗削りだ。どうしよう。見つかることは全く考えていなかった。しかし、声から察するに同じ発電少女である様だった。
「ごめん!ちょっとこっちに用があってきただけなのだけれど、そちらはいったい何をしている?どこにいるのかまだ見えていなくて」
「あ、ちょ、ちょっと待って!まだパンツもはいていないんだ。さっきまでお風呂に入っていたんだけど、途中で真っ暗になったから怖くなってしまって。急いで服を着るから少し待っ……おわっ!?」
ゴンっ、と頭か何かを床にぶつけた音がした。聞こえた方向に確認しに行くと、頭を抱えてのたうち回っている子がいた。
「大丈夫かい?私はもう暗さに慣れたから、着替えを手伝ってあげるよ」
「うう……恥ずかしいけれどお願いするよ。実はさっきからあちこちにぶつかって大変だったんだ」
背は私より低い。髪は短めで、アクセサリーなどはもっていないみたいだ。いつも見ているはずなのに、こうして考えてみれば私は今計画に加担している六人以外をろくに思い出せない。
これも仕組まれたことなのか?
……いや、どうにか思い出したぞ。あさりちゃんの隣にいるのをたまに見る、気がする。
「あなたはえっと、あさ……じゃなかった。貝の髪留めをよくしている子と一緒にいる子だよね」
「え?あ、まあそうかも。そんなことを聞かれたのは初めてだよ。ところできみはなぜここにいるの?用事と言っていたけれど……」
短い髪の子がようやくパジャマの上着に腕を通し、そう返答した。
「あなたこそ、どうしてここに?みんな広間で映画を見ていたのに」
「えっとね、実を言うと、私は映画が苦手なんだ」
「怖いから?」
「いいや、なんというか……」
短い髪の子が口ごもる。こちらから促そうとしたが、しかし、その続きを自ら言ってくれるらしい。
「みんなで固まってずっといるのが苦手、なのかな?映画なんか、みんなと見ていたらじっとしゃべらない状態でいなくてはならないだろう?それに、今日やっていた映画はあまり面白くなさそうだったしさ」
「それで風呂に入っていたのか……」
なるほど、状況は分かった。しかしどうしたものか。今ここで気絶していない発電少女がいるのは不都合。すぐにどうにかしないと時間がない。
ん、いや。逆にいいチャンスかもしれない。
「ね、今いいことを思いついたのだけどさ。つまりは、いたずらを」
「乗るっ!何をすればいいの?」
聞くまでもなかった。
「今広間で気絶しているみんなを起こそうと考えたけど、普通に起こしちゃうのってもったいないでしょ。で、ここは風呂場で……」
「タライがあって、お湯があって」
「察しが良くて助かるよ。分かったら準備しなきゃ。廊下が暗いから、こぼさないようにしなくちゃいけないのを注意してね」
「りょーかいっ」
だだだ、と短い髪の子が浴場へと走っていく。
暗がりでぼんやりとその後姿を眺めていると、ふと、去年の夏に彼女がクイズ大会を開いていたことを思い出した。彼女はいたずらが好きというよりは、みんなを巻き込むことが好きなのだろう。
なぜ、それを求めるのか。今の私にはわかりそうにない。が、それも外に出ればわかるのかもしれない。今の私たちはきっと、私たちが想像もつかないことですらも意図的に隠されていて、遮断された状態だ。
「名前もきっと、そうなんだろうな」
私たちに名前がないのには理由がある。
でも私はまことと違ってそのことを、現状を大きく変えてまで追求しようとかもできないし、憤ることもできない。意気地なしなのだ、肝心なところで。自分の周りだけで平和であればいいとか、そんなことを心の底で考えているに違いない。
そう自覚していてさえ、なお私にはそれがおかしいとは思えない。
これが私なのだ。
私はただ、急に変わってしまった状況に、また平和な日が戻ってこればいいと思うから協力しているにすぎないのだ。
「そんな自分が嫌か?」
分からない。
自問し、自答する。
それで納得してしまう。
「さ。急がなくちゃ」
「起きろー!!」
結局こぼれにくいという理由でお湯の運搬にはバケツが選ばれ、四つのバケツには火傷しない程度に私が薄めたお湯が入っていた。短い髪の子は一つのバケツのお湯を、不運にも彼女の目の前にいた三人の子たちにぶちまけていく。
「っ!?ゴホッゴホッ」
「も〜、なにするんだよ〜」
「……お前か。絶対許さない」
彼女は自身が起こしたうちの三人目に掴み掛られていて危機的状況であるようだが、今それにかまっている暇はない。私もどんどん起こしていかないと。
「みんな起きろ」
バケツを構え、ぶちまける。
早く復旧しろ。
お湯をかぶった発電少女たちが次々と目を覚ます。
「くっそぉ……せっかくいい感じに寝ていたというのに」
「ぎゃあぁあぁあぁ!?って、あれ?幽霊は」
「幽霊はディスプレイの中にしかいないのよ。とはいえ、私も気絶しちゃっていたのねえ。とても怖かったわ……」
この発電少女発電所における全発電源はほぼすべて停止していた。
今、目を覚ました発電源たちは、無意識に発電機へと生命を注ぎ込んでいく。
きっと、発電機が生き返った。
「ま、どうせすぐ殺しちゃうんだけどね」
思わずそうこぼす。
明かりが返ってきた。
直後、大勢の足音が聞こえてきた。
もう少しだけ待つ。
足音が、廊下まで来た!
「管理人さんが来たみたいだ!!」
瞬間、叫ぶ。
合図だ。
悲鳴が響くと同時に、再び闇が落ちる。
始まった。




