第12話 お食事の時間
「おい、嬢ちゃん。これを食ってみろ。戦後の味が楽しめるぜ」
不敵な笑みを浮かべながら、大介は彼女に缶詰を放り投げる。
「えっ、あ、ありがとうございます……って、これ、なんですか?」
投げられた缶詰を反射的に受け止めると、彼女は手のひらの上でそれを凝視した。
「なんだと思う? 高級料理とは言えねえが、栄養だけは保証されている」
笑いながら彼は、太腿のホルスターからナイフを取り出すと、アンナが手にしている缶詰の蓋をこじ開ける。
その缶詰の中から現れたのは、茶色をしたスライム状の物体だ。
粘土の高い液体が缶の縁から垂れて、異様に強い匂いが焚き火の周囲に立ち込める。
腐敗臭ではないが、独特の薬品臭と肉の生臭さが混ざり合い、鼻を刺すような刺激があった。
「これ……本当に食べられるんですか? なんだか、凄い匂いが……」
顔を顰めつつアンナは鼻を摘まむと、至極当然の疑問を口にする。
「確かに香りは、お世辞にも良いとは言えねえ。だが、食べれば分かる。これが生きるってことだ」
そう言いながら大介は、ナイフで中身を掬い上げて、自分の口へと運んだ。
その表情は無であり、何事も起きていないかのように、咀嚼を続ける。
「そんな……グールさん、本当に平気なんですか?」
彼の様子を呆然と見ながらも、アンナは震える声で尋ねた。
「慣れれば平気だ。最初は吐きそうになるがな。……まっ、とにかく試してみな。生き延びるには、こういうのにも慣れなきゃならねぇ」
肩を竦めながら味の評価を伝える大介だが、お世辞にもこの缶詰食は美味しいとは言えない。
そしてアンナは、おずおずと缶詰の中を覗き込んでから、使い捨ての突き匙を取り出して、少しだけ中身を掬う。
茶色い塊を目の前に掲げると、その粘り気のある液体が突き匙の先から、ゆっくりと垂れ落ちる。
「うっ……!」
顔を顰めながらも、アンナは意を決した様子で、それを口元へと運んだ。
その瞬間、彼女の顔は凍りついた。
「これ、無理です! ほんっと無理! 味が……もう、言葉に出来ない!」
次の瞬間には目を見開いて彼女は、自身の喉を押さえて咳き込み始める。
「ほら、お嬢ちゃん。生きる為には食わなきゃならねえんだ。文句を言っても始まらねえぞ」
盛大に苦しんでいる様子の彼女を見つつ、この世界の厳しさを口にする大介だが、その声には僅かに意地悪そうな響きが含まれていた。
「こんなの食べられるわけないじゃないですか! 見た目も臭いも最悪で……そもそも、こんなの食べ物じゃないですよ!」
彼の声色が神経を苛立てたのかアンナは、その場で声を荒げると頬を膨らませて抗議の視線を送る。
「おいおい、お嬢ちゃん。文句だけ言っても腹は膨れねぇぞ。ほら、試しにもう一口食って――――」
肩を小さく竦めると、大介は焚き火の中に、新鮮な木材を投げ込みながら答えた。
「いやだいやだいやだいやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ!」
突然、大きな声を張り上げて彼女は、地面に缶詰を叩きつける勢いで置く。
そして次の瞬間、信じられないような行動にアンナは出た。
まず彼女は、その場で軽やかに身体を反らせ、見事なブリッジを決め込む。
柔軟性が尋常ではなく、背中が地面から大きく離れ、反り返っている。
火の光がアンナの体を滑らかに照らし、長い純白の髪が地面に触れる度に輝いた。
「おい、なんだそりゃ。夜中にサーカスでも始めるつもりか?」
そんな異様な光景に、大介は思わず目を細めて、呆れたように頭を掻く。
しかしアンナは、その問い掛けに答えるどころか、さらなる奇妙な行動に出た。
ブリッジの体勢から巧みに両手を動かして、スムーズに逆立ちへと移行したのである。
長い脚が空中で揃えられて、微かに震える筋肉が焚き火の光に浮かぶ。
「こんなの絶対に食べたくないんです! だから、無理なものは無理です!」
逆さまの状態でアンナは、魂の込められた本気の声を張り上げた。
「おいおい、そんなに嫌なら別の方法で抗議しろよ。なんでよりにもよって、三転倒立なんかやってんだ?」
目の前の珍妙な光景に苦笑しつつも、大介は足元の地面に座り直す。
だが、それでもアンナの奇行は止まらない。
逆立ちを保ちながら更に身体を捻り、まるでバランスの見本のような三転倒立を披露する。
その動きは何処か美しく、奇妙ながらも目を引くものだ。
「まじかよ、お嬢ちゃん。こんなにも圧倒的なパフォーマンスを見られるとは思わなかったぜ。しっかし、残念ながら芸を見ても俺の腹は膨れねぇんだ」
目の前の奇妙な光景を直視していた大介は、鼻で笑いながら彼女の動きを眺め続け小言を吐く。
やがてアンナは疲れたのか勢いよく、その体勢から倒れ込むように地面に座り込んだ。
「……こんなことしても意味がないのは理解しています。でも、それくらい嫌なんです!」
盛大に息を切らしながら、彼女は彼へと睨みを利かせ続ける。
「おい、アンナ。ここはネオテックスみてぇに、贅沢なマーマレードのサンドイッチが、出てくるわけじゃねえんだぞ」
そう言いながら大介は、再び袋の中を乱暴に漁り、一つの保存食を取り出した。
それは茶色く乾燥した、ビーフジャーキーの束である。
香ばしいようで、どこか異様な匂いも含んでいた。
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