第四十九話 まるで(紅牌視点)
就職試験合格しました。
私にとって、囲碁は戦争。どれだけの領地を勝ち取り、挟めるかが勝利の秘訣であった。地道に多く駒を取り、二度と取る事がないように隙間を埋めながら、相手の駒を追い詰めていく。
静まり返った灯篭の下で、長官や文人たちが固唾を吞んでいた。
「赤髪のやつ、もう詰んでいないか」
「私もそう思う。囲む所がもう……」
誰かがそう呟いていた。黒の陣地は鉄壁であり、白の大石は周囲を完全に囲まれている。相手が置いたとしても、すぐ私が取ってしまうだろう。私は喉をゆっくりと鳴らす。どう足をもがいても、彼が負ける運命。
(次期皇帝の官も大した事ないわ)
赤髪の彼は何も動じない、焦らない。汗一つ流していない姿であった。私は盤に視線を落とし、何か仕掛けがあるのかと目を凝らす。風を促すはずの扇子をぴたりと止めた。
(何もないわね……)
私は彼の運命を握るその一手を待っていた。覆せるわけがないが、ここまでの動じなさはあまりにも珍しい。明るく活発な子かと思っていたのに、あまりにも冷静な一面も持ち合わせているように見えた。
盤に灯篭の光を帯びた影が落ちる。
カチリ。
置かれた場所は誰もが目を疑う地であった。
まるで、自ら「死」に向かっているような、愚かな選択。周囲はただ嘲るように騒いでいる。かく云う私もただ笑う事しかできない。
「流石に、今の一手は初心者も打たないわ」
私は喉からくすりと笑う。迷わず碁を打とうと手を伸ばすと、袖が警告するように揺れた。碁が打つ手前で私は引っ込めて、盤を疑視する。
周りは気づく者と気づかない者が半々であり、ざわめきの声で場を満たしていた。
―――可笑しいと思ってた。わざとこんな馬鹿じみた場所に置くはずがない。
私は矢を打たれる寸前のような感覚で支配される。血の気が引いていた。
―――彼はわざと、わざと窮屈な枷をはめる事によって、相手の目を晦ましていたのだろうと。
さっきまで生きていた私の駒は、次々は萎れた花弁が散っていくみたいに捨て駒に変わっていく。
(どうして今になって、駒が相手に渡っているのよ!)
私は目の前の景色を疑っていた。囲い囲われ、時間が進めば少しずつ領地が取られている。
(……どうしてよ、さっきまで有利だったじゃないっ)
静まり返った灯篭の下で只々、敗北の道を辿っていた。萎れた灰色の花畑が一瞬で、真っ白になる。
戦争に、負ける。
私は必死に巻き返そうと手を打つが、意味を成さない。戦争を体験し、指揮を執っているのならまだ分かる。それを活用した囲碁という名目ならば説明がつく。けれど、赤髪の彼は只の官。次期皇帝の駒であろうと、只の官でしかなく、ここまで手強いわけがない。
こんなの、まるで。こんなの―――――。
カチリ。
また一つ。私の防壁が枯れていく。
まるで、一つの選択で全てが変わる―――――『運命』の戦い方。幾つもの窮地に立たされた事がある人。
「……っ、一体、どこまで」
打とうとした場所は、必ず待ち伏せているかのように白い駒が邪魔をしている。彼の戦い方はとても普通とは思えなかった。こんな先まで読めるだなんて……有り得ない。
「あり得ないはずなのよ……能力使ってるんじゃないの?」
声を荒げないように扇子で誤魔化しながら、赤髪の奴を見て横流しする。けれど、彼は平然と軽く首を傾げて、頬杖していた。ぽつりと溢した言葉はあまりにも色がない。
「使うわけない」
「嘘よ。使ってないと可笑しいわ」
「おまえなぁ、負けそうになっているからって屁理屈言うのか?」
私は口元を扇子で隠して、深呼吸をする。そして、私は次に白髪の人を見上げて、判断を促した。
「ねぇ、審判。赤髪の彼、能力使っていないという証拠はあるの?」
妖美な笑顔を白髪の人に向けながら、鋭く尖った薔薇のような言葉を送った。白髪の彼は、気が弱くおどおどしており、自分の意思を持って選択しないような性格なのだと先程、汲み取っていた。だからこそ、押されると弱く承認してしまいそうになる。私はそこを狙って万が一の為に、審判にした。
(……万が一のために準備をしていてよかったわ。きっと、今の私の言葉に言い返せないでしょう。そしたら、能力を使ったという罰として、次期皇帝の秘密を―――――)
「逆に問います。彼が能力を使った証拠はあるのですか?」
私は肩が上がり、思わず目を開いた。扇子を握りしめる手が僅かに強張る。白髪の子はおどおどしながらも、そう指摘していた。彼の紅いピアスは、強く意志を持つかのように揺らめいている。
「……そもそも、星蘭は未来系の能力はありません。予測・予知不可です」
「じゃあ、彼の能力はなんなの?」
次期皇帝の周りを落とす材料として、私はさりげなく聞く。けれど、返事は風に乗って来ない。
「先程から思っていたのですが……ユウリ殿下の弱みを要求する発言ばかりですね。証言者も周囲に沢山いますし、自分の愚かさに気づいていますか?」
私は息が詰まる。
白髪の彼は柔らかく微笑んだまま、尖った枝を投げているような言葉であった。
「い、いいえ。ただの会話ですわ」
私は何事もなかったように震える手で囲碁を打ち、相手の囲碁を見つめていた。
お久しぶりです。




