第四十七話 賭け事
えー
薄闇が落ちた大広場には、沈香の香りと息を吸うだけで酔ってしまう程に、酒のツンとする香りが漂っていた。座の一角には繊細な薄絹の帳の奥に、人影が淡く浮き出ている。
「星蘭、あれって……」
僕が目線でちらりと薄絹の帳を見れば、星蘭は理解したよう
に顎を上げる。
「あぁ。あれは多分、名妓だな」
「名妓って一流の妓女なんだよね、確か」
大広場の影漂う隅で、僕達は観察するように見渡した。広がっている景色は、妓女と役人などの男たちとのやり取りばかりであった。名妓の仕草は影でも分かるほど、何処か親近感を持たせるような柔らかな動き。品やかで細かい。
「っていうか、僕たちは遊んでいる場合じゃないのに……」
「だが、情報はある程度分かっただろ? 聞く事はもう無いと思うが……」
「とある商人が誰なのか分からないよ。その商人が分かるまで、徹底的に調べないと―――」
袖が引っ張られる感じと衣擦る音が耳をやんわりと包んでいた。
「お二人さん、遊ばないの?」
僕は肩が跳ねる。振り返れば、一人の女性が顔を覗いていた。
「……っ。いや、その遠慮するよ」
きめ細かな肌に艶やかな長い彼女の髪が、緩やかな川のように肩から流れていた。
「勿体ないわね~。私、これでも一応、紅牌なのよ?」
頬に片手だけ添えて、首を傾げながら、くすりと微笑んでいた。他の客である男たちがこそこそ愚痴を吐いている。巻き込まれるのは御免だと後ずさっても、紅牌である彼女は知っていても尚近づいてくる。
「あら。結構、初心なのね」
隣で見ているはずの星蘭は、僕を見て意地悪そうに腕を組んで口角が上がっている。思わず、僕は呆れた目で星蘭に目配せした。
「紅牌である貴方様の相手は、もっと学のある他の男性の方が……」
「貴方、身なりはかなり整っているのだから、位が高いのはお見通しよ?」
僕は口を結ぶ。僕の揺れる紅いタッセルピアスは、頬をくすぐっていた。彼女の喉からまだ言葉を奏でている。
「という事は、科挙は受けたのかしら」
思わず後ずさる僕を庇うように、星蘭は組んだ腕を降ろし、平坦な声で言葉を吐く。
「高い位を持つ方に雇われたんだ。科挙は受けていないが、教養は受けている」
星蘭の言葉で、彼女は斜め上に目を逸らしたのかと思ったら、深く微笑んでいた。
「今の時代だと推薦式ができるのは、かなりの高い位を持つ方しかできないわね。三槐や三師、それとも次期皇帝様だとか……」
僕はびくっと肩が上がる。その仕草を見逃さないとでも言うように彼女は口を開いた。
「いずれにしても、お二人とも学のある方たちなのでしょ?」
跡形もなく僕たちの言葉を砕いた。言い返す言葉が思い浮かばず、息をする生命の音しか聞こえない。
「では、私と勝負できますよね?」
くすくす笑う彼女に、僕は息を吐いた。
(言葉の駆け引きが上手い気がする……)
一番の看板である妓女だからできる芸当なのだろう。僕は無意識に足元ばかり見る事しかできない。
「……僕は星蘭の次に貴方様と勝負するよ」
星蘭は目を伏せ、顎を小さく引いてくれた。もしかすると、彼は僕が何を考えているのか分かったのかもしれない。
(……相手の観察をしないと勝てづらいからね)
彼女は嬉しそうに盤を持ってきた。机にコト、と置き、彼女は椅子にふわりと座る。続いて、星蘭が向かい側に座った。周りの客がざわつきながらも、しっかりと此方に目を向けていた。
「では、私が二回負けたら名妓に会わせてあげましょう。まぁ、二人とも私に勝ったら、の話だけれど……」
星蘭は眉を顰める。彼の紅い髪から、簡単には消えない炎の色が浮かんでいた。
「……逆に私が一回でも勝ったら―――」
彼女の持っている扇子がバッ、と音を立てて開かれる。
「次期皇帝様の弱点を、一つ教えてもらいましょうか」
んー




