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未来視の月華は選べない  作者: もんちょ
第二章 七夕の願い編
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第三十三話 ただ、歪んでいた

oh、、


「……っ、し、星蘭……?」


 扉に手を付いたまま、僕は崩れ落ちそうになる。影はどんどん濃くなり、蝉の鳴き声は耳に入らない。

 彗蓮は懐から刀剣を取り出し、僕の前に飛び出る。梨花は僕を後ろへと誘導していた。けれど、僕は留まろうと足を踏ん張る。


「星蘭は、瑶璃と一緒にいるはず。だから、君は星蘭じゃない」


 歯を食いしばりながら、冷静に彗蓮は言う。光が全く当たらない場所でも眼鏡に一筋の薄い光が差していた。

 星蘭はくす、と肩を揺らし、頬についた血しぶきを無造作に拭う。にんまりと笑いながら、嬉しそうにこう言った。


「残念、違うな。俺は正真正銘の星蘭だ。そうだな……、あんたらの視点から見ると、俺は―――」 


 僕に視線を向けたと思ったら、どんどん近づいてくる。ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように。

 小さく唾を飲み込む彗蓮。じりじりとした恐怖に僕は一歩下がる。


「別世界の星蘭って、ところかな?」

「は、?」

 

 彗蓮の喉から震えた声が漏れ出た。僕は言葉にならない衝撃で頭が真っ白になる。なのに、彗蓮の背中は、まるで何か知っているような素振りをしていた。


「あ、ちょっと不親切すぎたか。すまんすまん、急に別世界から来ただなんて言われても、困るよな?」


 大鎌を引き摺って、彗蓮の目前まで近寄る。ギィィ―――という鈍い音を立てながら、暗く不吉な紅い髪は揺れた。あまりの瞬速。一瞬で距離を縮められて、僕たちの反応はわずかに遅れる。


「彗蓮……あんたの能力は少々厄介だからな」

「……っ」


 袖を大きく揺らし、彗蓮はすぐに構え直す。けれど、星蘭の筋が見える腕が彗蓮のみぞおちを打った。


「……ガ、ッぁ!」


 そのままの勢いで、壁に打ち付けて、星蘭は何でもないかのように手をひらひらさせていた。彗蓮は腹を痛そうにし、膝を抱え、丸くなっている。


「す、彗蓮!」


 僕は思わず駆け寄ろうとしてしまった。けれど、何とか踏み止まって、後ずさる。


(二人を置いていくなんて……やだ……)


「月華様っ! 早く逃げてください!」


 僕は狼狽える。そんなのできない。だって、恐怖で足が縫い付けられているような感覚なのだから。手が震え、足も震え、息が浅くなる。


「あぁ、確かあんたは、花街の人間だったけ? 俺、そこまで行ってないから、よく分からないが」

「……そこまで行ってない? どういう事ですか」


 梨花の冷たい声に、星蘭は目をぱちくりとしてから、ゆっくりと目を細めた。


「梨花は分かるだろ? だって、教えたはずだ」


(……教えた?)


 僕は意味が分からず、さらに困惑する。僕が知らない所で、僕の周りの人が、何かに足を突っ込んでいる。その何かが分からない。

 梨花は一瞬、狼狽える。だけれど、すぐに気を取り直して、袂から金色の扇子をシャアッ、と鋭く打ち振って広げた。

 けれど、星蘭はただ、笑うだけ。


「まぁ、俺は秘密主義じゃないから言うが……」


 秘密主義じゃないと言う彼に、説得力は皆無に近い。実際、僕に『ループしている』だなんて、一言も言われた事はなかった。

 

「そこまで、月華は生きることが出来なかった―――ということだ」


 そう言っている割には、表情からは何も読み取れない。


(そんなに、早く……?)


 救えなかったから、感情を捨てたようなそんな瞳をしていた。僕は扉に力を籠めて、何とか足を一歩前へと踏み出す。


(……実際に、僕は死んでいない)


 ここで、星蘭が僕を殺すとは考えにくい。だって、救いたい人間側だ。わざわざ、未来からここに戻ってくるのも、僕に危害を加えたいわけではないはず。


「月華様に近づかないでください」

「うーん」


 梨花は容赦なく金色の扇子を振るう。それは刃みたく鋭い風を呼び起こした。轟音と共に、この部屋の花瓶が、倒れ、パリン、と割れる。散らばった陶器の破片は、血で染まっていた。


「月華様! 今です! 逃げてください、お願いですから……!」


 僕は振り返り、走ろうとする。けれど、何故か逃げたくない。見捨てたくない。でも、命がけで隙を作ってくれた梨花の想いを、無駄にしたくなかった。


「うッ…!」


 後ろからは息が詰まるような声。その声に、思わず振り向いてしまって、後悔する。僕は咄嗟に口を抑えた。


「月華」


 星蘭の顔に影が覆いかぶさっていて、表情が読み取れない。ジャリ、と擦れる砂の音がやけに大きく聞こえる。


(……っ)


 星蘭の瞳には、怯える僕が映っていた。


「あ~。やっぱり、そうだ」


 紅いピアスが、彼の肩に触れる。手首はがっしりと掴まれていて、微動だにしない。

 僕の震えは、彼に伝わるほどに大きい。視線を地面に向けると、梨花は金色の扇子握ったまま、地面に倒れていて、目を閉じるのみ。


「このルートの月華は、当たりだな」

「……あ、あたり?」


 『あぁ』と嬉しそうに、宝物を見つけたかのように微笑む。その濁った瞳の奥には、底知れない狂気が溢れていて、思わず身震いした。そして、次の言葉に僕は目を開く。


「このルートじゃなくて、いいよな?」

「……な、」

「俺のルートに来てくれよ。だって、こっちの月華はもう死んじゃったし」


 脳髄を殴られたような衝撃に、僕は絶望で眉を下げ、歪める。彼の言葉はつまり、『今の僕を拉致して、もう死んだはずの僕のルートに連れ込ませる』という他ならなかった。

 僕は必死に首を横に振る。嗚咽しそうな声で、僕は必死に否定した。


「嫌だ……絶対に……い、行かない」


 星蘭の琥珀色は、深く暗い色に染まる。手首を掴む彼の手が強くなっていき、僕は肩が跳ねた。手首が折れそうなぐらいの痛み。肌が千切れそうで視界がチカチカ点滅する。


(……いたい、痛い……やだ)


 こんなの星蘭じゃない。だって、本来なら……もっと優しくて、太陽のように笑ってくれる、そんな存在……のはずなのに。

 だからといって、目の前の星蘭は憎めなかった。だって、その行動は、全て一貫して、『僕を救いたい。僕と一緒に生きていきたい』という意思が読み取れる。歪んでいるけれど、全ては僕のため。僕が死なないようにしたいが故に……。


「星蘭……僕のため……にありがとう。でも、このルートはきっと……成功する。だから……連れ込まないで」


 僕の絞り出すような懇願に、星蘭は弾かれたように目を開き、泣きそうに顔を歪める。夏風が紅い彼の髪をゆっくりと揺らした。


「……ぁ、」


 星蘭の唇から、かすれた、情けないほどの、小さな声が漏れ出る。


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