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「アリスは、ちゃんとしてた?」
朝食時、叔母様が私に聞いてきた。
「はい。とても素直でいい子にしてましたよ。」
「それならいいけど。」
「お母さま、私も家に帰ったら、紅茶の香りで起きたい。」
「何なのそれ?」
「アウエリアは、毎朝、紅茶の香りで起きてるのよ。」
お母様が、叔母様に説明した。
「ずいぶんと高尚な事をしているのね。でもアリスは紅茶が嫌いだったでしょ?」
「お姉さまやリリアーヌがいれてくれた紅茶は好き。」
「はあ?あんた紅茶なんていれてるの?」
「ええ、まあ。それが何か?」
「貴族令嬢が紅茶をいれるなんて、聞い・・・。」
途中で、叔母さまの言葉が止まった。
まあ紅茶をいれる令嬢なんて、探せば他にもいるだろう・・・多分ね。
私は、朝食後こっそりと、お母様に夜番の人間を付ける様にお願いした。
リリアーヌの睡眠時間を削るわけにはいかないので。
午前中、授業がある日は、アリスも共に勉強する。
直ぐ隣に癒しがある、この状況、私の勉強も捗った。
午後、アリスを連れて、屋敷の外へ出ると、黒い獣が私に纏わりつく。
「お姉さま、危ない。それは危険な馬です。」
アリスが私をクロヒメから、引き離そうとする。
「ああ、アリスはクロヒメの事を知っているのね。」
「クロヒメ?名前は知りませんが、危険な馬です。」
「大丈夫よ。ほらクロヒメも、ちゃんと挨拶なさい。」
「ふふん?」
そう言って、首を傾げるクロヒメ。
そして、ジーっとアリスの方を見る。
「ほら、アリス、大丈夫だから、こっちに来て。」
私は、アリスを靡いて、クロヒメの頬を撫でらせた。
「大丈夫でしょ?」
「は、はい。」
そうしてると、クロヒメが頬をアリスの顔に寄せた。
「く、くすぐったい。」
アリスが微笑みながら言った。
「クロヒメは男嫌いなだけだから、アリスは大丈夫よ。」
「えっ?じゃあ、私のお兄さまは触れないですね。」
「そうね。」
アーマード家は、当家と同じように一男一女で、長男のルイスが8歳で、長女のアリスが6歳だ。
是非に、ルイスにも会ってみたいものだ、うん。
「クロヒメ、綺麗だね。」
「ふふん。」
アリスに煽てられ、クロヒメは上機嫌だ。
「そうだ、アリス。クロヒメに乗ってみる?」
「えっ、いいんですか?」
「私との二人乗りだけどいい?」
「はいっ!」
「駄目に決まってるじゃないですか。」
私とアリスの姉妹愛溢れる会話に、リリアーヌが立ち塞がる。
「一応、聞いておくけど、何で?」
「危険だからに決まっているでしょう。」
「大丈夫よ。」
「駄目です。」
「えー・・・。」
「私がアリスお嬢様とお乗りします。それでいいですね。」
「・・・。」
「私は着替えてきますので、お嬢様が勝手に乗らない様に、見張っていてください。」
お付きの女中に、そう伝えて、リリアーヌは姿を消した。
仕方ない。アリスが怪我したらいけないし。
私は諦めて、一人でクロヒメに騎乗した。
「ぜえ、ぜえ・・・。」
息を切らして、乗馬を終える。
キャーキャーと、アリスの声援が飛んでくる為、いつも以上に張りきった結果だ。
まあ、仕方ない。
クロヒメから降りるのをリリアーヌに手伝ってもらい、一息つく。
「どうして乗っておられたのですか?」
「はい?」
リリアーヌが何を言ってきたのか、理解が出来ない。
「勝手に乗らない様にと。」
「アリスと二人乗りするなって事でしょう?」
そもそも、リリアーヌが居なくともクロヒメには騎乗してる私だ。
何を言ってるんだか・・・。
キュロットを履いたリリアーヌは、暫く私を無言で見つめていた。
その後、ため息を一つ吐き、クロヒメに騎乗した。
女中が、アリスを抱えて、クロヒメへの騎乗をサポートする。
「いいですか、クロヒメ。ゆっくりですよ。」
リリアーヌに念押しされて、ゆっくりと歩くクロヒメ。
ぱかぱかと歩いているだけだが、アリスは大喜びだ。
ぐぬぬぬ。
アリスの後ろで、私が手綱を握っていたかった。
残念っ!
乗馬後、クロヒメをブラッシングするべく、場所を移動する。
途中、非番の兵士たちが、各担当の馬をブラッシングしていた。
その兵士たちが、悲しい瞳で、私とクロヒメを見つめてくる。
「お姉さま、皆、悲しい瞳をしています。」
「気にしなくていいわ。担当の馬が、牝馬だっただけだから。」
馬の世話は、厩番が行う。
簡単なブラッシングのみで、態々、ブラシを変えてまでのブラッシングはしない。
ただ1頭、綺麗な毛並みで、ピザート家の庭を我が物顔で闊歩するクロヒメに、他の牝馬たちが拗ねた。
その結果が、現在の状況だ。
「皆、牝馬なんですか?」
「いや、あっちの端に居るのは牡馬のハヤテよ。」
「へえ。」
「ハヤテは、意識高い系ですからね。」
リリアーヌが言う通り、ハヤテは意識高い系だった。
「お前な・・・お前な・・・。」
ハヤテの担当兵士が、涙を流しながらブラッシングをしていた。
「担当の馬とは、相棒に等しい存在。非番の日にブラッシングして当然だと思いますがね。」
リリアーヌは、そう言って冷たい視線を兵士たちに、投げかける。
そうすると一斉に、兵士たちが目を逸らす訳で。
まあ私から言える事は、ひとつだ。
がんばれと。
「これがフェイス用のブラシよ。」
私はそう言って、フェイス用のブラシをアリスに渡した。
クロヒメは、アリスがブラッシングしやすいように、顔を下げた。
私とリリアーヌは手分けして、体を担当する。
当然、私は背が低い為、専用の台を使用している。
「お姉さま。クロヒメは大人しくて、美人さんですね。」
「ふふん。」
当然と言わんばかりにクロヒメが返事をする。
「どうして、危険な馬って呼ばれてたんでしょう?」
「人を寄せ付けない暴れ馬だったからよ。」
「暴れ馬だったの?」
アリスがクロヒメに聞く。
「ふふふん?」
(ちがうよ?)
いや、違わないでしょ?
「アリスお嬢様、クロヒメは、お嬢様担当になって、ようやく大人しい馬になりました。」
「お姉さま、凄いっ!」
ふふふ。
妹から凄いを頂きました。
「ふふふふふん。」
(すごくないよ)
クロヒメめ、余計なことを。
しかし、あんたが何を言おうと、アリスには伝わらまい。
「私も乗馬始めようかな。」
「アーマード家の馬なら、大人しいから大丈夫とは思うけど、一人で乗るのは難しいんじゃない?」
「そうですね。アーマード家に乗馬が出来る側仕えが居ればいいんでしょうけど。」
「あー、女性で乗れる人はいないかも。お母さまは、軽くなら乗れると思う。」
「アリスの乗馬については、アーマード領に戻ってからにしましょう。」
「えっ?」
アリスが驚きの声を上げた。
「お姉さま、アーマード領に来られるんですか?」
「ええ、そうよ。一緒に戻りましょうね。」
「わあ。」
アリスが満面の笑顔で喜んでくれた。
「では私が、アーマード家の側仕えに手ほどきを致しましょう。」
「リリアーヌも、うちに来るの?」
「当然です。お嬢様あるところ、私ありですから。」
そう言って、胸のブローチを誇らしげに、見せつける。
あんたそのポーズ、お母様の前では辞めなさいよ・・・。
私は内心で呆れていた。
「じゃあ、じゃあ。紅茶のいれかたも手ほどきしてくれる?」
「構いませんよ。そもそも紅茶の本場であるにも関わらず、アリスお嬢様が満足できない紅茶しか、いれられないのは問題があります。」
「子供の時は、紅茶は苦手というのはあるでしょ?」
私がリリアーヌにそう言うと。
「ありませんよ。」
断言された・・・。
「いや、あるでしょ?」
「ありません。子供が苦手というのは、まともにいれることが出来ない不肖者の言い訳です。」
「誰がそんな事言うのよ・・・。」
リリアーヌだけだろ。
「エヴァーノにそう教えられました。」
違った・・・。
エヴァーノか。
手厳しい・・・。




