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「こちらはA級冒険者のヘスティナさんです。」
レントン商会の会頭が純血エルフを紹介してくれた。
もうハーフじゃないよね?純血でいいよね?
「ハーフエルフのヘスティナです。」
改めてヘスティナさんが挨拶してくれた。
あくまでハーフと言い切るのか・・・。
それがエルフクオリティなの?
よくわからん。
「それでこちらが、アウエリアお嬢様です。こんな格好をしていますが、ピザート家のご令嬢です。」
おい、レントン商会。こんな格好は余計でしょうに。
「アウエリア・ピザートです。宜しくお願いします。」
私は丁寧に挨拶をした。
「それにしてもA級冒険者なんて、レントン商会もやりますね。」
私は会頭にそう言った。
「万が一、何かあれば、商会どころの騒ぎじゃあすみませんからね。ははは・・・。」
乾いた笑いだ。
「それにしても、ご令嬢が宝石拾いだなんて、誰が言いだしたのでしょうか?」
ヘスティナさんが首を傾げた。
「申し訳ない。言いだしたのは、うちの妹です。」
「なるほど。」
「あっ・・・。」
私はふと思ってしまった。
「どうかしました?」
ヘスティナさんが聞いてきた。
「向こうでドワーフの方とお会いするんですが。」
「ええ、聞いてます。」
「エルフとドワーフって仲が悪いとか、聞いた記憶が・・・。」
「一部では、そういう関係もありますが、私は冒険者です。問題ありません。何よりハーフエルフですから。」
どんだけ、ハーフ推し?
残念だけど人種から見たら、あなたは純血エルフですからっ!
私は心の中で盛大に突っ込んだ。
◇◇◇
「それにしても、A級冒険者のヘスティナさんかぁ・・・。」
夕食時、お父様は力なく笑った。
「有名な方なんですか?」
私が聞いた。
「A級冒険者だからね。冒険者を知ってる人間なら、知らない人は居ないよ。」
「へえ。」
「女性の護衛が居れば問題ないと変な条件を付けるからですよ。」
お母様が言った。
「いや、まあ・・・。」
何はともあれ、私の宝石拾いの旅は、無事、認められた。うん。
出発の日、私は、なんちゃって平民服に身を包んでいた。リリアーヌも私服だ。
てか、普段、街に行く時は、そういう服で来なさいよっ!私は心の中で突っ込んだ。
屋敷の前で、お母様に挨拶をする。
「護衛は不要なの?」
「ええ、この格好なので、大丈夫です。」
「ふふん。」
何故か私の隣にクロヒメが・・・。
「怪我がないように気を付けて。」
「はい。」
「万が一に傷でも負ったら、一生屋敷から出しませんよ。」
「えっ、それだと貴族学院にいけませんよね?」
「・・・。」
「・・・。」
無言で見つめあうお母様と私。
「奥様、私も側に居りますし、A級冒険者の方もおられます。ご心配には及びません。」
「あなたは、楽しそうね。」
「そうですか?」
「ええ、まるで旅行を楽しみにしてるように見えるわ。」
そうだろうか?いつもと変わらぬ無表情に見えるけど。
「誤解です奥様。お嬢様とお出かけするのが楽しみなだけです。」
「・・・。」
お、おいリリアーヌ、火に油を注いでない?
無事に、(無事??)お母様への挨拶を終えると、ピザート家の正門へと向かう。
パカパカとクロヒメも並んで歩く。
「何処まで付いてくる気かしら?」
「ふふふん?」
何処へ行くの?と聞こえる。
「ちょっとした旅行よ。」
「ふるん♪」
嬉しそうだ。
「あなたはお留守番よ。」
「ふっ?」
「大人しくしているのよ。」
「ふふん?」
何で?と聞こえる。
何でって・・・。連れて行く訳ないでしょうに。
暫くするとブレンダがクロヒメを迎えに来てくれた。
中々離れないクロヒメ。
そのうち、アンも駆けつけてくれた。
私から引き離すのに、かなりの時間を要したが、なんとかピザート家の正門から出発する事が出来た。
「クロヒメにも困ったものね。」
「それだけ、お嬢様と一緒に居たいのでしょう。」
「帰ったら、ブラッシングしてあげないとね。」
貴族街の門へ着くと、いつも通りにリリアーヌは私を妹と偽った。
「平民街の方で、A級冒険者のヘスティナが待ってるんだぞ?お前の妹ってのに、もう無理があるだろっ!」
門番の人にリリアーヌが怒鳴られていた。
「頑張りました。」
「いや、おまっ。俺たち平民が頑張ったって、個別にA級冒険者なんて、雇えるわけないだろ。」
「実は、今回はお嬢様が私の妹に成りすましています。」
「はあ?」
「安全の為です。それとも何かあったら、あなたが責任をとれるのですか?」
「うっ・・・。」
結局、今回もゴリ押しで。
平民街側の門では、ヘスティナとレントン商会の職人が待っていた。
「お待ちしておりましたお嬢様。今回はレントン商会が馬車を用意しておりますので、そちらで参りましょう。いやあ、兄さんも奮発したなあ。」
職人でもある会頭の妹が、にこやかに私たちを出迎えた。
「普段は、どうやって宝石拾いに?」
「乗合馬車です。」
「そうなんだ。」
ふむ、A級冒険者に馬車の用意と、大丈夫かレントン商会。元取れるの?
少しだけ心配になった。
2頭立ての馬車に4人で乗り込み、いざ出発。
「エンリさん、最近の鉱山の様子は?」
馬車が走り出すと、ヘスティナさんがレントン商会の職人に聞いた。
へえ・・・エンリさんって名前なのか。
初めて知った。
まあ、普通、お店の人が名前を名乗る事なんてないもんね。
「様子というと?」
「宝石拾いには、クズやニートが集まるそうですから、治安は悪いのかと。」
「それは一昔前の話ですよね?」
「そうなのですか?」
「ええ、一昔前にテセウスの涙の話が再燃して、盛り上がったそうです。数十年に一度、そういったブームが沸き起こるみたいです。しかし、今は、そんな事もなく鉱夫と宝石関係の業者くらいしか居ません。」
「鉱夫ですか。」
鉱夫と言えば、荒くれ者のイメージが私にもある。
ヘスティナさんも、同じようだ。
「国の許可を得た鉱夫ですから、心配は無用ですよ。今回は、私の師匠も鉱夫として滞在していますし、絡まれるなんて事は、まずありません。」
「エンリさんの師匠がドワーフという事でしたね。」
「ええ、ドワーフの一団が居る場所で、無法を働く様な馬鹿は居ないと思います。」
「了解しました。」
二人の会話が終わるのを待って、私は疑問を口にした。
「テセウスの涙って何?」
「テセウスというのは、大昔に居たとされる盗賊です。」
エンリさんがテセウスの涙について説明してくれた。
「テセウスという盗賊がある国の秘宝を盗み、鉱山に隠したそうです。別件で捕まり、死罪を免れるために、秘宝の事を告げたのですが、何処の国も盗まれたという事実が存在しませんでした。結局、テセウスは涙を流しながら処刑された為、いつしか、その秘宝の事をテセウスの涙というようになったそうです。」
「盗まれた事実が無いの?」
「ええ、そう言い伝えられています。恐らく死罪を免れる為に嘘をついたのだろうと。」
「へえ。」
「そんな与太話を信じて、クズやニートが一攫千金を求め鉱山に宝石拾いに行った時代が、あったのですが、もちろん見つかる筈もなく、旅費と入鉱料で借金が嵩み、首が回らなくなる事から、クズやニートをどん底に突き落とす幻想の宝とも呼ばれています。」
「テセウスの涙が、幻想の宝か。どんな物なのかしら?」
「え?」
「だってどんな物なのか、わからないと探しようがないんじゃない?」
「確かにそうですね。実在しない物ですから、どんな物かもわからず、探していたんじゃないでしょうか?」
「なんとまあ・・・。」
もっと違う事に労力を使えばいいものを・・・。
私は呆れてしまった。
「一説には、魔水晶だと言われています。」
ヘスティナさんが答えてくれた。
「魔水晶なんですか?」
エンリさんが聞き返した。
「ええ、そういう噂があります。」
「魔水晶ってどういうもの?」
「魔水晶にも色々ありますが、テセウスの涙は、無色透明と言われています。」
まじかっ、何かエルフが言うと真実っぽい。
「エルフの伝承ですか?」
再びエンリさんが聞いた。
「いえ、冒険仲間から聞いた話です。」
「それじゃあ信憑性はありませんね。」
「ええ、あくまでも噂ですから。」
うーむ、テセウスの涙か。
欲しいとは思わないが、見てみたいかも?
道中は、そんな与太話に花を咲かせた。