05
「ご苦労。お前の仕事はこれから少し間が空く」
「はい」
「だがそれは大事な仕事だ」
「はい」
「あの二人を決して他世界に逃してはならぬ」
「はい」
「必ず生かしておくことだ」
「はい」
煌々と輝く灯りが部屋を明るくする。
彼の言葉はとても尊ばれるべきものだ。
彼の者は世界を支配するのに相応しい御方。
髪に、頬に、顎に彼の手が触れる度、私の身体の奥底でもっと、と触れられる事を求めている。
恍惚とした表情で彼の声を聞くのも、私の脳が聞く事を求めているから。
「あの二人が帰ってきて次第、すぐに始める」
こんな大事なことを私に話されるのは、それだけ信頼されていると思ってしまいそう。
本当は分かっているの。
彼にとっては私なんて彼の夢を叶える一つの駒でしかない。
それでも私は幸せだから気にしないの。
「残りの三つは既に我が手中だ。あとはあの杖だけ」
悔しそうに歪める手に私から触れることはできない。
「忌まわしい……だが、あれを持ち帰ってきてくれればそれで良い」
あれから一時間程で術式を完成させた一哉君には脱帽したが、すぐにフェルマーの書に上書きをする。
これで亜空間に物質を永久保存が可能になった。
ちゃららちゃっちゃっちゃー♪……ちょっと違うかな。
暖かいお茶をフェルマーの亜空間にぶっ込んでその日はもう寝た。
目覚めてすぐにお茶を取り出すと何も問題なかった。
さすが一哉君、と思いながらその日は山越え準備として大量の食料とアイテム、そして砥石や予備の武具など買い足していった。
これが国から支給されたお金だっていうんだから、今まで三人で節約しながら生活してたのが嘘みたいにその日は物を買っていった。
あんなに買い物したのは初めてでした。
そんなこんなで迎えた山越えの日。
目的は山の向こうにあるかもしれない四宝の……えーっと回収?確認?をとにかくそれをしに向かいます。
足元が深い谷底でドキドキするような体験をすることもなく、誰も歩いた跡もない真新しい雪道を歩いていくだけ。
時々出てくる魔物を倒し、素材を剥いでは先へ進みの繰り返し。
唯一寒さをディアマンテの恩恵によって凌げているのはとても良い。
これがもし魔術も使えない状況で山越えしろだなんて言われたらはっきりと途中で凍え死ぬ!と断言できる。
それぐらい、私達のこの山越えは魔術に頼りきっていた。
「もうちょっとで越える?」
「そうね。一週間掛かったけれど……」
「おい!あれ見ろよ!」
アディアが指を差す方向を向くと、雪から徐々に緑へと変わる春の姿がそこにあった。
草地へ足を踏み出せば、そよ風が頬を撫でていく。
遺跡のような景観で柱はツタが絡み、所々崩れていてボロボロ。
地面にはコケや雑草が石畳の隙間から生えている。
手入れされていたのは随分昔のようだが、その中心にある噴水からは水が流れていた。
真っ先に向かって行くアディアは子どものようにはしゃぎながら噴水の水に手を突っ込んだ。
「うおー!冷てぇー!」
少し疲れた表情で隣に並んだ一哉君に回復薬をいくつか渡した。
アディアのいるその先には水が遺跡の間を縫うように穏やかに流れる。
青空と相まって見下ろす風景がキラキラと輝いて見える。
雪山から降りてくる風が寒くないのが不思議だった。
「アイツ元気だよな」
「竜人族だから体力あるんじゃない?」
「そうだったのか?」
「そうよ」
まぁあのとんがった耳を見るとエルフ族だと勘違いしやすいよね。
山越えしている時も、あの腹だしルックスで一哉君から離れても寒さなんてへっちゃらだぜ!って感じだったから見てるこっちが寒くない筈なのに鳥肌が立っていたよ。
さすがに外套を羽織ってるのも暑くなってきた。
「ここで一旦休憩にしよう」
一哉君が皆に聞こえるように、声を上げた。
それぞれが休憩に入ろうとした時、ガコッ!という音がどこかで聞こえた。
「うわあああぁぁぁ――!?」
「アディア!?」
既にアディアの姿は無く、代わりにあるのはぽっかりと空いた地面のみ。
残響だけが地面から聞こえるのは確かなので落ちたと推測できる。
「どうする?」
「追いかけるぞ!」
すぐに人一倍仲間思いが強いミリアが飛び込んでいった。
「玲は違うルートから探ってくれ。俺の剣とお前の本で連絡が取れるようにした」
「いつの間にそんなことしたのよ」
「山越える前だけど」
「抜かりないわね……分かったわ。予備の武器を持っていってちょうだい」
「ありがとう。四宝を見つけたら連絡を入れる。それじゃあ、あとで」
フェルマーの書から取り出した武器を手渡すと、すぐに一哉君は躊躇いなく後を追ってとび込んだ。
気になって覗いてみたけど、底が暗く見えないから余計心臓がドキドキしてるのが分かる。
こういうの凄い勇気がいると思うんだけど。
『フェルマー、ここの地図を出してちょうだい』
『御意に』
広大な敷地のようで、遺跡内を歩き回って結構な時間が経ったと思う。
地図を見ながら歩くけれどめぼしいものはないし、ゲームのように宝箱が転がっている訳じゃない。
まぁそんなもんだよね。
『四宝ってどんなの?』
『四宝は四精霊を象徴する武器です』
『見ただけで分かるのかしら』
『見るというより御主人なら感じられると思うので分かりやすいかと。……それよりもですね』
『どうしたの?お手洗いなら隠れてなさい』
『何故そうなるのでしょうかね。以前、四宝は神も屠れるとお伝えしましたね?』
『……まさか神の因子を継いでるから、とか言わないわよね?』
『いえ。四宝は屠るだけ――』
「レイさんですか?」
話にのめり込み過ぎていた所為で周囲の気配が疎かになっていた。
いつの間にか銀髪の青年が背後にいた。
風にさらわれる長い髪が太陽の光で輝いて綺麗。
アディア君と似た尖った耳が隙間から見える。
どこからどう見ても男にしか見えないけど、これだけ美形だと顔ぐらい覚えていそうなんだけれど。
「どこかで会ったかしら?」
「初対面ですよ。ですが僕たちは君を知っている」
和服のような服を着込んだ青年は、服の隙間から細く四角い金色の入れ物を取り出した。
すっと指を入れ物に滑らせるとそこから紙が出てきた。
「ファネス帝国女帝メルセデスより受け賜った書状です。君を首都クリスタルパレスへ連れてくるようにと」
「あらそう。クリスタルパレスならその内行かせていただくわ」
「君は何か勘違いしているようですね。これは女帝からの命令なのです」
「今すぐ来いって言われても無理よ。私にはやることがある」
「そのやることは四宝集めですか?」
「それが?」
「それを集めても無駄です。各地で異変など起こっていない」
どういうこと?皇子は異変が起こったから四宝を集めろって言った。
魔王を倒す為の手がかりとして私たちは探しているけど、もしも青年の言う言葉が本当だとしたらなぜ彼は嘘をついてまでそう言ったんだろう?
必死さを感じるけど、やはり政治的理由なのだろうか。
青年が嘘であるとすれば、彼もまた命令に従わせるのに必死だけれど。
いずれにせよ、この世界は私と一哉君の故郷ではないしどう利用されるか分からないのだ。
信頼はしていても信用はしていない。
勿論、アディアやミリアでも信用してない。
「悪いけれど、そういうことは私が判断するわ」
「何を言っているんですか!君は四宝を集める理由を知っているのですか!?」
「魔王を倒すためじゃ――」
『御主人!背後から敵が!』
人の話を邪魔するのが好きだなこの世界の人たちは。
どこのか分からないが紫の軍服を着た兵士が瓦礫の上でボウガンを構えていた。
本を開いて結界を発動させる。
あと少しで完成するという時、足元で展開していた術式陣が消える感覚がした。
いきなり力が抜けたような。
「い゛っ!」
一哉君なら簡単に避けられただろうけど、こちらはそうそう上手く出来ていない。
左の二の腕に刺さったところが脈打つたびにじくじくと痛む。
あまりの痛みにフェルマーの書を落としそうになる。
やっぱりこの世界の人間は信用できない。
刺さった矢を無理にでも引き抜いたらそれなりの量の血がぼたりと地面に落ちた。
これも青年の策略?そうじゃなくても、今はこの場から逃げるけれど。
「ちょっと、なんで付いてくるのよ」
「お忘れですか?僕は君を連れてくるよう命令されているのですよ」
「じゃああれはあなたの敵?」
「当たり前じゃないですか!あれはエレヴァン軍兵士ですよ!」
「なんですって?」
「しかもあれは皇室直属の親衛隊だ!」
「嘘でしょ……!?」
皇室親衛隊って、守護が目的じゃないのね。
そんな感想はどうだっていいけど、このことを早く一哉君に知らせないと。
『フェルマー!一哉君に現状を説明してちょうだい!』
『御意に』
「あ、待ちなさい!そっちは行き止まり……!」
しくじった。
兵士に誘導されていたようで、行き着いた先では先程よりも多い兵士がそれぞれ武器を構えていた。
「レイ様ですね。クレイ皇子より帰還命令が出ております」
「他三人の帰還命令は?」
「その質問に対して我々はお応えできません」
傷のせいで上手く頭が回らない。
抵抗するのも段々面倒になってきた。
知りたいことはあるけれど、エレヴァンの兵が荒々しいのは分かった。
「これはこれは……隣国の王子が我が領土へ何用で?」
「個人的な旅行です」
「おかしいですね。このトゥリオン雪山は我が領土内でも許可を持つものだけが入れるはずですが」
「迷子になっていましたのでそれは気付きませんでした」
「ではあなたも我々と首都まで来て頂きますがよろしいですか?」
「どうぞ」