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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月
第8章 

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第83話 許されぬ恋心

 小気味よい馬蹄(ばてい)の音が大地を揺らす。


 白馬パトリシアの背に身を預け、ガーネットとコールは木々の間を疾風のごとく駆け抜ける。


 ガルシア領を越え、名もなき大森林の川沿いの小径(こみち)を進んでいた。


 すると、頭上の葉がパラパラと弾けるような音を響かせる。

 コールはそっと視線を上げた。


「ん……雨が降り出したな」


 前に座るガーネットも顔を上げ、穏やかな声を重ねた。


「そうみたい。葉が覆って、傘みたいに遮ってくれるなんて、いいタイミングね」

「……ああ」


 上(うわ)の空(そら)な返事を返しながら、コールは何か言いたげにガーネットに視線を送った。

 かと思うと視線を逸らし、ちらちらと視線を何度も彷徨(さまよ)わせる。


 そしてようやく、はにかんだ声を漏らす。


「なあ、姫様。今日はその、ありがと……」


 そっと首だけ振り返り、ガーネットは可憐に小首を傾げた。


「え? 私、コールに感謝されるようなことをしたかしら」

「したかしらって、はは……姫様らしいな。まずさ、父さんの気持ちが母さんにあったって気づけて、それだけで嬉しかった。母さんが父さんのことを本気で愛してたのは、子供の頃から知ってたから……」


 唇に弧を描きながら、コールは言葉を重ねていく。


「それに俺も、当主争いをするために生まれてきたんじゃないと知れて、すごく……すごくさ、心が楽になった」

「ふふ。ガルシア卿の呼び方が偶然耳に残っただけなのだけど。コールの心が少しでも安らげたのなら、私もとっても嬉しい」


 ガーネットのあたたかな声が、コールの耳元に触れる。


 降り出した雨で肌寒さを覚える中、ガーネットの背中から伝わる温度がやけに近く感じられる。

 その温度を逃がさぬよう、コールは手綱(たづな)を握る腕に力を込めた。


 姫様の存在は、暖かな焚火のように俺の冷えた心を溶かしていく。

 姫様がいるだけで、俺の心はこんなにも温かくなる。


 姫様の傍にいたい、もっと触れたい、もっと……


 そう願ってしまうのは、護衛としてあるまじき、だよな。


 胸に芽吹いた感情を引き出しにしまうように、コールは瞳を閉じた。

 そして、別の引き出しにしまい込んだもうひとつの本音をそっと漏らす。


「本当のことを言うと、ガルシアに帰りたくなかったんだ。姫様も知っての通り、俺はあそこじゃ当主の座に一番近い厄介者。寝ても覚めても命を狙われる」


「……だから、姫様が傍にいてくれて、すごく安心した」


 ガーネットの瞳が、花がほころぶように見開かれた。


「それならよかったわ! 厩舎に寝泊まりして、コールを見張った甲斐があったというものよ」

「あー、そういやそうだったな……」


 コールの脳裏には、厩舎に泊まるガーネットを密かに護衛し、疲れ切ったゲオルグの姿が浮かんだ。


「それは……ゲオルグ先輩が死にかけるから、もうやめてくれ」


 しかし何も知らないガーネットは眉を寄せ、コールをじっと見つめる。


「え、どうしてゲオルグが出てくるの?」

「えーっと、それはだな…………ん、何だ⁉」




 雨音に紛れ、蹄(ひづめ)が地面を叩く音が後方から届いた。


 馬蹄(ばてい)の音はひとつではない。

 コールはすぐさま振り返った。


 遥か後方――

 黒馬(こくば)に跨(またが)った集団が雷撃のような轟音とともに迫っていた。


 何者だ?

 1、2、3……5人いるな。


 黒馬に乗った全身黒づくめの怪しい集団。

 身なりからして、通りすがりの旅人じゃないようだが。


 さっきから剥き出しの敵意を飛ばして、殺意を隠す様子もない。


 兄上の、手の者か……?


 下唇を噛む。

 痛みに思考を落ち着かせながら、ガーネットに声をかけた。


「姫様」


 ガーネットの耳元に顔を寄せ、男たちに気取られぬよう告げた。


「振り返らないで聞いてくれ。後ろの奴ら、明らかに俺たちに狙いを定めてる。パトリシアの速度を上げるから、姫様はしっかりパトリシアに掴まっていてくれ」


 危険の渦中にいると即座に感じ取り、ガーネットは小さく頷きを落とした。


「ええ、わかったわ」


 握っていた手綱を持ち直し、コールはパトリシアの脇腹を軽く締める。


「パトリシア、急ぐぞ!」


 ヒヒィィィンッ!


 パトリシアが軽やかに加速した。

 その途端、後方の男たちも黒馬の腹を乱暴に蹴りつけた。


 ヒヒイ゛イィィンッッッ‼


 痛みに理性を失ったような馬の嘶(いなな)きが森中にこだまする。

 その痛みが呼び水となるように、黒馬たちは速度を上げた。


「パトリシア、もう少しだけ頑張ってくれ」


 パトリシアには、ガーネットとコールの2人分の重さが預けられている。


 それに対し、男1人をそれぞれ乗せた5頭の黒馬は荒々しい蹄音(ていおん)を轟(とどろ)かせながら、距離を削ってきた。


 気づけば、獰猛(どうもう)な黒馬はすぐそこまで迫り来る――!


 黒馬の集団の先頭を陣取る男が、怒気を叩きつけるように声を張り上げた。


「おい、止まれぇ! 止まれば命だけは助けてやるッ!」


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