第33話 炭鉱労働
(……何が、起こったの?)
気がつくと、私はどこか見知らぬ暗い洞窟のような場所に押し込められていた。
両手は後ろ手に縛られ、うまく身動きが取れない。
倒れていた身体をなんとか捩じって周囲を見渡すと――自分以外にも、数人の男女が座り込んでいることに気がついた。
どうやら彼らも同じように拘束され、ここへ連れてこられたらしい。
「ここは……一体……」
眠気眼で呟くと、そばにいた数人がこちらに気づき、私が起き上がるのを手伝ってくれた。そのまま後ろ手に縛られていた拘束を、解いてくれる。
お礼を言いながら、周囲の人々に状況を確認しようと口を開きかけたときーー。
「ようやく気がついたようだな――」
洞窟の入口の方から威勢のよい声が響き、私はびくりと身体を震わせる。
振り返ると、そこにはガラの悪そうな顔つきをした、粗野な男が一人、目の前に立っていた。
「お前たちは主から“売られて”ここへ飛ばされてきた。今日から俺がお前たちの主人だ。自由になりたけりゃ、俺のために足繁く働け」
その言葉に、周囲がざわめいた。
「そんな……」
「旦那様が、私を見捨てたっていうのか……」
「こんな薄暗い洞窟で、一体何をさせるつもりだ……」
周りにいた人々は口々に不安や不満を口にした。
よくよく見えば、彼らは皆、貧しい身なりの使用人や労働者が多い。
私のような貴族、しかも幼い娘など――周りには一人もいなかった。
私は怯えながらも、できるだけ相手を刺激しないように言葉を選んだ。
「あの……私も状況がよくわかりません。
一体、ここはどこなのでしょう。どうして私まで連れてこられたのですか?」
震える声を抑え、洞窟に囚われたまま私は“新しい主”を名乗るその男にそう尋ねた。
だって、私はただ、エルミールの置き手紙どおりに“話がある”と言われて納屋へ向かっただけなのだ。
どうして、自分がこんな場所にいるのか。何かの間違いだと思うのは当然だった。
「お嬢さん、まだ状況が理解できてないようだな。お前も“売られた”んだよ」
粗野な男は、あざ笑うように続けた。
「匿名で依頼があったんだ。屋敷の納屋に現れる娘を、言い値で売ってやるから連れ去れってな」
「そ、そんな……!
一体誰がそんなことを……」
(まさか…呼び出したエルミールが?
でもそんなことをするなんて……いくらなんでもありえない…)
「とにかく、これは何かの間違いなので
私をここから出してください。」
私は必死に訴えかけたが、男は鼻で笑い、取り合ってくれなかった。
「帰りたけりゃ、お前たち一人ひとりを“買い取った額”を働いて返してもらう。まあ……役に立たねぇお前らがどれだけ足掻いたって、数年はかかるだろうがな」
その言葉に、周囲の人々は泣き喚き、絶望を吐きだしていた。
辺りを見渡せば、ここに連れてこられたのはどれも労働者階級の、貧しい身なりをした人ばかり。
貴族の、それも年の若い娘など、私しかいなかった。
「その……労働とは、一体どういったことをするのでしょうか?」
混乱しながらも、私は男に問いかける。
恥ずかしながら、私は労働の経験がほとんどない。
屋敷で簡単な仕事を引き受けたことはあっても、“働く”という実感がよくわからなかった。
「ここはな、昔は宝石の採掘所だった洞窟だ。
危険すぎて今は立ち入り禁止だが……俺には関係ない」
男は嘲りを含んだ声で言う。
「お前たちにはここで“採掘”をしてもらう。
運よく宝石を掘り当てられりゃ、借金返済の足しになるだろうよ」
「採掘……? 採掘とは、具体的に何をすればよいのですか?」
周りの囚われ人たちは一斉に嘆いたが、私はここでもいまいち要領が掴めないでいた。
「……お嬢さん、おまえは何も分かってねぇんだな。
まあ、温室育ちなら無理もねぇ」
「宝石ってのは“岩の中”に埋まってるんだ。
だから、その岩を砕いて掘る。
硬い岩盤を――一日中叩いて砕き続けるんだよ」
男はニヤリと口の端をもたげた。
「休むことは許されねぇ。休めば、その分“借金”が増えるだけだ」
ーーなるほど。つまり、これは奴隷労働だ。
私は、ようやく理解が追いついた。
人を買い取り、拘束し、強制労働させる行為は王政府によって禁止されている。これは本来は違法行為のはずだった。
ユリウス様がどれほど誠実に領地を統治していても、その目をかいくぐり、このような悪事は未だに蔓延っているらしい。
「俺は誰であろうと容赦はしねえ。
お嬢さんも、ここにいる連中と同じように働いてもらうんだよ。貴族のお嬢様だろうが働けねぇやつは、ここで野垂れ死ぬだけだ」
男はゾッとするような笑いを浮かべ、手に持った鞭を振り下りおろした。
しかし、その様な危機的状況に対して、わたしはなおも場違いなくらいに冷静でいることに気づく。
それどころか、私はここで余裕の笑みを浮かべて一歩前へ躍り出た。
「要するに、この洞窟にある岩をどんどん砕けばよい訳ですね、それなら簡単です」
「……何言っているんだ、お前。自分の状況が分かっていないんだな」
「いいえ、私は正気ですよ
こう見えてもわたし、“破壊するの”は 得意なんです!」
「……お前、馬鹿か? そんな簡単にいくわけないだろう。世間知らずのお嬢さんに、この労働の過酷さを教えてやる。……こっちへ来い」
周りの人々が怯え、奥へと縮こまる中、私は一人、牢の外へ連れ出されてしまった。
***
細く狭い洞窟の通路を進んでいくと、やがて昔採掘が行われていたらしい、半ば崩れかけた小さなくぼみに辿り着いた。
そこには古びた道具や荷台が散乱しているが、とても使い物になるようには見えない。
男は私をそのくぼみに連れて行くと、そばに転がっていた斧を拾い、投げるように手渡してきた。
「ほら、これでそこらの岩壁を掘り進めるんだ。こんな非力な小娘にできるなら、やってみろってんだ」
私は一度だけ斧を受け取ったが、すぐに放り出した。
「こんなもの、私には必要ありません。この先を掘り進めれば良いのですよね? 早速やってみます。危険ですから、少し下がっていてください」
私は腕まくりをして、硬い岩盤の前に一歩前に踏み出した。
「……はあ?」
男は"何を言っているんだこいつは"という顔になった。
だが私はそんなことは気にせず、目前の岩壁に意識を集中させる。
私はこんな状況にもかかわらず、妙に張り切っていた。理由はひとつ、今回が人生初の“本格的な労働”だからだ。
私には働いた経験がない、あるとしてもそれはこの前突発的に行った屋敷の手伝いをした程度。どんな仕事が向くのかも分からない。
でも、ユリウス様との仮初めの婚約生活ががいつまで続くか分からないわからない今。もしまた婚約破棄されて、更に家族にも見放されたら、私はこんどこそ一人で生きていくしかない。
そうしたら働き口がいる、自分で収入を得て自立していかなければ行けないのだ。
だからこそ、今こうして“不本意ながらも労働の機会”を得られたことが、むしろ嬉しくも思えた。
(それに……この仕事なら、私の魔力を存分に活かせる)
何かを生産したり、作り上げたりするよりも簡単だ、それに破壊するといっても、生き物や何かを傷つけるのではないので、魔力による危害もそこまで心配する必要はない。
私は岩壁へ向けて魔力を集中させると、魔法を発動させた。
“ぎゅっとして、ドカーン!”
「ドカーン!! ドドドッ!!」
けたたましい音とともに、目の前の岩壁の一部が豪快に吹き飛んだ。土煙がもうもうと上がるが、私は平然とその場に立っていた。
(ただ壊していればいいだけなんて……私には天職だわ)
そばにいた男は、尻もちをついたまま、口を開けて呆然としていた。




